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発信者情報開示命令の裁判に併合請求の管轄は認められるか【裁判例】

2022年(令和4年)10月に施行された、発信者情報開示命令の裁判手続(非訟事件)には未解決の論点があります。
裁判の管轄について東京高等裁判所の決定(確定)がありましたので、裁判例として紹介します。

1 併合請求の管轄がなぜ問題か

⑴ 併合請求における管轄(民事訴訟法7条)とは

「併合請求における管轄」は民事訴訟法7条に規定されています。
複数の人を被告として訴えを起こす場合、うち1名について管轄権が認められる裁判所に起こすことができます(細かい要件は割愛します)。
とても簡単にいうと、大阪府に住む原告が、東京都に住むAと沖縄県に住むBを両方被告にして訴訟をする場合、Bについて管轄権を有する那覇地裁を選択して訴訟を提起しても良い、ということです。

民事訴訟法 第7条
一の訴えで数個の請求をする場合には、第四条から前条まで(第六条第三項を除く。)の規定により一の請求について管轄権を有する裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。

⑵ 典型例は匿名掲示板内の誹謗中傷

発信者情報開示請求事件では、どういう事例が想定されるでしょうか。
以下のようなケースでは、実際の開示請求の「訴訟」でも、併合請求の管轄が認められているようです。

設例
Xは、匿名掲示板のあるスレッドで実名を晒され、同スレッド内の3件の投稿によって名誉権を侵害された。
掲示板の運営側から開示された情報により、投稿の1件が東京都、1件が愛知県、1件が大阪府の通信会社から発信されたと判明した。
Xは、各投稿の発信者の氏名・住所を特定するため、通信会社3社を被告とする発信者情報開示請求の訴訟を、東京地裁に提起した。

なお、全く無関係の投稿を結びつけてぜんぶ被告にして「併合請求における管轄」を主張することはできません(民訴法7条但書、同法38条前段)。
例えば、Twitterと5ちゃんねる上で匿名者から誹謗中傷を受けた場合において併合請求の管轄を主張することは困難といえます。

⑶ 新たな「発信者情報開示命令」の裁判ではどうか

では、令和4年10月に導入された「発信者情報開示命令」の裁判手続でも併合請求の管轄を活用できるかというと、残念ながら簡単ではありません。
プロバイダ責任制限法(正式名称や手続概要は過去記事参照)には、民訴法7条を準用する、との規定がないからです。とはいえ「民訴法7条は準用しない」とも書いていないので、裁判所の解釈に委ねられた論点です。

令和3年プロバイダ責任制限法改正については、総務省の逐条解説書(総務省総合通信基盤局消費者行政第二課『第3版プロバイダ責任制限法』)と、立案担当者の解説書(小川久仁子ほか『一問一答 令和3年改正プロバイダ責任制限法』)があります。
両者とも「発信者情報開示命令」の申立てで民訴法7条を準用できるのか解説はしていません。後者には、発信者情報開示命令の裁判手続において応訴管轄(民訴法12条)を認めない理由は書いてあります。

2 東京高等裁判所令和4年11月9日決定

それでは今回の決定について簡単に説明をします。
5ちゃんねるのスレッドで複数の誹謗中傷を受けた人(申立人=抗告人)が、各投稿のIPアドレスを、5ちゃんねる運営から得ました。
その後、KDDI(東京都)とオプテージ(大阪府)を相手方として発信者情報開示命令の申立てをしたところ、東京地方裁判所は、オプテージに対する申立ては同地裁に管轄権がないとして、事件の一部を大阪地方裁判所に移送するとの決定をしました。
一部移送決定に対して申立人が即時抗告したところ、東京高等裁判所(永谷典雄裁判長)は、以下のとおり、即時抗告を棄却しました。
※ 許可抗告も不許可となり、同決定は確定しました。

東京高裁令和4年11月9日決定です(一部マスキング・省略)

上記決定文(抄)のpdfファイルです。

3 問題点と今後

今回の決定により、発信者情報開示命令(非訟事件)では民訴法7条は準用されないということで、裁判所の判断は決まりました。

併合請求の管轄を活用できないとしても、新たなプロバイダ責任制限法10条3項によれば、東日本は東京地裁、西日本は大阪地裁に一括申立てができます(「競合管轄」といいます)。そのため誹謗中傷被害者にとって大きな不都合が生じるというわけではありません。

とはいえ、プロバイダ責任制限法の令和3年改正の趣旨は「迅速・簡易な開示手続の実現」であったわけですから、(申立人側にとって便利な)民訴法7条の準用を否定する理由はなかったと思われます。新プロバイダ責任制限法には、合意管轄の規定(10条4項)も盛り込まれており、「管轄の創設は相当でない」という高裁決定の論理には疑問があります。
通常の訴訟では使われている手段を、新しい裁判手続では認めないというのであれば「制度の後退」と評価されても仕方ないでしょう。

誹謗中傷対策は今後も立法のバックアップを得て進められるでしょうから、総務省及び関係者には、管轄規定の見直しもお願いしたいです。

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