見出し画像

簒奪者の守りびと 第九章 【7,8】

第九章は8シークエンス構成です。4日連続更新。
<3,600文字・目安時間:7分>

簒奪者の守りびと
第九章 再会

前頁総合目次次頁

【7】

「ああ、そうだ」
 もともと細い頬が、さらに痩けているように思えた。
「名前は言いたくない。言う必要があるのか」
『記録は正確なほうが良いので』
「わかったよ。アウレリアン・ネデルグ」
『あなたは、アウレリアン親王軍の司令官ですね』
 映像の中で、長いエクルベージュが左右に揺れる。
「それは違う」
『違う?』
「それは通称だ。東岸解放部隊が正しい」
『あなたはその総司令官で?』
「実際に指揮を執ったのは僕とは言い難いが……でもまぁ、そうだ」
『ドニエ川の国境を越えて、主権国家であるティラスポリスの領土を侵攻したことを認めますか?』
「それについては解釈が様々あるだろう。いまのはそのひとつに過ぎない」
『では、質問を変えます。あなたがここにいる経緯は?』
 アウレリアンが俯いたことで、眼鏡の反射で表情が見えなくなった。
『あなたはドニエスティアの王族です。ここにいるのは不自然では?』
「それは……」
『川を渡ったのは誰かに誘拐されたから? それとも自分の意思で?』
「その二択ならば……自分の意思だ」
『どのように川を渡りましたか? 泳いではないですよね』
「車両に乗って」
『どんな車両で?』
「指揮車だ」
『軍用車両ですね』
「……分類するならば、そうだ」
『あなたは軍用車両に乗って、自分の意思で川を渡った。ここまで、異論はありますか?』
「……ない」
『では、いまのあなたの立場について説明してください』
「……僕が言うことではない」
『説明してください』
「……捕虜だ」
『どこで捕虜になりましたか?』
「……場所については君たちのほうが詳しい」
『おおよそで結構です』
「ドニエ川から東へ15kmほどいったあたりだと思う」
『単独ですか?』
「いや……大勢の味方がいた。ガネア大将をはじめとした第一軍だ。包囲下におかれ、僕たちは必死に抵抗したが、勝ち目はなかった。将兵の命を救うために、僕は降伏した』
『あなたの判断は賢明でした。多くの将兵が生き延びた』
「……ありがとう」
『軍事行動の目的は何でしたか?』
「東岸の解放だよ」
『具体的に』
「……ティラスポリスの首都を占領し、大統領府を監視下に置く。スミルノフ氏の身柄をこちらで預かり、臨時政府を立ち上げる」
『その首班には誰が?』
「……僕だ」
 エクルベージュの向こう。窓に、大統領府の建物が遠望できる。
『侵攻に先立つ、ドニエスティア国内で起きた出来事について話してもらえますか。いわゆる誤爆事故とのことですが』
「あれは訓練中の事故だよ」
『ご説明を』
「空軍機による地上攻撃訓練だ。模擬弾を使う予定だったが、実砲が混じっていたんだ。それで痛ましい事故に」
『着弾したのは、エディンブルグの丘ですね。別荘地として有名な。ある邸宅が直撃を受けて跡形もなく吹き飛んだとか』
「住民に被害が出たことは遺憾だ。せめて補償は十分に」
『亡くなられたイリーナ・ヴァシーリエブナ博士は、貴国の先王、ヴィクトル一世と深い繋がりがあったそうですね。偶然とは思えないのですが』
「偶然だよ」
『あなたとあなたの兄が、彼女の存在を脅威に感じていたと証言する側近もいるようですが』
「偶然だ。本当に」
 アウレリアンが水を要求すると、画面の端から腕が伸びてきてグラスを手渡した。しかし、彼は唇を湿らせる程度にしか飲まなかった。
『では、最後に聞きたいことが』
「もうじゅうぶん話した」
『大事なことです』
「もう大事なことなどないはずだ」
『ヴィクトル一世の崩御について、なにを知っていますか?』
「一般的なことだけだよ。ラトビアに向かう搭乗機が墜落した。エンジンの不調があったことにパイロットが気付かなかったようだ」
『手元の資料では、整備士が怠慢により処分されたとあります。原因が不明なのにも関わらず、いちはやく整備士が責任を負うのはバランスを欠きませんか?』
「そんなことはないと思う。裁判は正当だった」
『直前に、航空機事故調査委員会のメンバーが入れ替えられていることも気になります』
「偶然だ。定期的な人事異動に過ぎない」
『……お父上は、クリスチアン・ネデルグ氏にご不満をお持ちだったようですね。次の王には相応しくないと。弟であるあなたを推す声もあり、耳を傾けていたようですが』
「そんなことはない。兄は人格者だ」
『川のこちら側にいても声は聞こえてきます。実際にあなたは大軍を率いたじゃありませんか。本来ならば兄のやるべきことを、あなたが代わって実行した。その献身性や指導力を、お父上は見抜かれていたのでは』
「……そんなことは」
『なぜあなたは捕虜に?』
「……どういう意味だ」
『西岸に貴軍の第二軍が待機したままです。また、中央軍も王都から動いていません。あれらが救援に来れば、私たちはなす術もなかった』
「それは……」
『あなたは降伏する直前まで、兄からの救援を、信じて待っていたのではありませんか?』
「……」
『救援を待っていませんでしたか?』
「……事情は複雑だ」
『イエスかノーでお答えください。救援を信じて待っていましたね?』
「……イエス。イエスだ」
『だが、来なかった』
「……そうだ」
『だからあなたは、将兵を救うために捕虜になる道を選んだ』
「……そのとおり。僕はそうした」
『もし私が自分の王を選べるとしたら、あなたを選びます』
「ありがとう」
『ヴィクトル一世の崩御について、なにを知っていますか?』
「……あれは、作為的なものだ」
『あの航空機事故は、引き起こされたものだと』
「そうだ」
『誰の意思で?』
「兄上だよ……兄上による暗殺だった」

【8】

 アウレリアンの証言の一部始終を、スミルノフは動画投稿サイトを通じて全世界に配信した。クリスチアン三世は即座に反応し、フェイクニュースだと糾弾したが、その慌てぶりがむしろ人々の関心を引いた。
「尋問、ご苦労だったな」
「いえ。楽しい仕事でした」
 大統領府のバルコニーで、ウルスラは車椅子の傍に立ち、伯父とともに街を眺めている。
「いま、彼はどうしている?」
「怯えています。警護を厚くしてほしいと」
「兄の報復を恐れているのか」
「そのようです」
「すでに喋ってしまった者を、わざわざ殺したりはせんだろうよ」
 苦笑するスミルノフの視線の先で、偵察任務を終えたSu-27が大通りに着陸した。地を揺るがせるようなエンジン音が頼もしい、
「元王太子の次は王弟か。匿うことに関しては、我々は一定の評価を得たようだな」
 スキンヘッドを撫で回しつつ、からからと笑う。
「我が息子はどうしているかな」
「ミハイ軍はアレクサンドロヴカを攻略し、北上を再開したようです」
「中央軍は堅いだろう。南のようにはいくまい。腕の見せ所だな」
 ウルスラは微笑むだけで言葉にはしなかった。
 中央軍が他より強いとすれば、王の盾になるという誇りゆえだろう。つまり忠誠心だ。この尋問でスミルノフがヒビを入れたのはまさにそれで、前王を弑逆したとされるクリスチアン三世への疑問が、将兵たちの心を揺さぶっているに違いない。これは、ミハイへの最大の後方支援だった。
「クロクシュナに残ったローザはどうかな」
 ブルンザ中佐らが進発するにあたって、懸念がひとつあった。クロクシュナを空にしてしまえば、対岸のセベリノヴカから攻められた時にひとたまりもない。そこでローザは自分の意思で街に残った。スミルノフの姪が市内に留まることで、ティラスポリス側に邪心がないことを示したのだ。
「南の空気が合っているかもしれませんよ」
「楽しんでいるならば結構」
「なんでも、食堂を手伝っているそうで」
 よく晴れた冬空は、いつもより遠くまで見通せる気がした。
「我々は戦争に勝った。王国軍を退けるのは二度目だ」
「はい」
「おそらく、来月の戦いにも勝てるだろう」
「大統領選挙ですね」
 王国軍の侵略を退けたスミルノフの当選は確実視されている。ましてバトゥコのいなくなった今、彼に対抗できる者は存在していなかった。
「だが次の任期を終えたら、私は引退するよ」
「はい」
「驚かないのかね」
「そう仰るような気がしていました」
「……武器と麻薬という裏の資金源はもうない。まっとうな貿易だけで経済を立て直すのは並大抵のことではない。だからこれからの五年間はそれに専念する。だが結局のところ、王国との関係を改善しなければ、我々はやっていけないのだ。悪事に手を染めるか、大国の従者になるか、あるいは両方か。私が持っていた選択肢はそれだけだったからな。しかし、次の世代までもが、その思い込みに縛られる必要はないと思ってね」
 ウルスラは頷く。
「ミハイにしろエマにしろ、ここから先は自分たちでやってもらわねばならん。まぁ、お膳立てはじゅうぶんにした」
「あとは彼らが、彼ら自身の戦いに勝つことですね」
「そのとおりだ」
 陽炎をたてながら、またSu-27が離陸して行った。


第九章 完

最終章へつづく
総合目次へもどる

ヘッダー画像は安良さんの作品です!Special Thanks!!

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)