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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第3話 獲得と保持 【7,8】

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1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。第1話 第2話はこちら。

1,2】【3,4】【5,6】はこちら

【 7 】

 四階に着いたジェントルマンは、息を飲んだ。
 その薄暗い空間に展示されていたものは、人体だった。
 天井の間接照明は、丁寧にも、展示物の直上から柔らかい光を落としている。それが薄闇の中に肌の色を浮かび上がらせ、まるでそれぞれが浮遊しているように錯覚する。
 そして、その人体はパーツごとに分かれていた。
「こ……これはいくらなんでも」
 ナンコツが乾ききった喉から、なんとか声を絞り出す。
 彼の眼前に並んでいるのは、人体の頭部。明らかに作り物ではなかった。最も手間にはロングヘアの若い女性、おそらく高校生くらいだ。その隣は中年男性。次はショートヘアの女性、その次は大学生くらいの男性。それが部屋の端までずっと連なっている。
「常軌を……逸してる」
 トリカワポンズの立ち位置から伸びる展示ケースには、左右の腕が順番に並べられている。その奥は脚部だ。
「ここは……ヤバイ」
 アゲダシドウフが震えを隠さずに言った。

『皆さん、聞こえますか?』
 博士の声がいつになく緊張している。
『いますぐ、その建物を出てください!』
「ど……どうしたんですか?」
『やられました。ヤツです』
「い……いまどこに?」
『建物そのものがアルケウスです! すぐに脱出を!』
 博士が叫ぶのとほぼ同時に、建物が大きく揺れた。三人は先を競うようにして階段を降りる。
「早く早く!」
「ちょ、おさないで!」
「アゲダシドウフ! お前の体格で先へ行くな!」
 結局、転がり落ちるようにして、三人は一階へたどり着いた。しかし、あったはずの出入り口は単なる壁になっていた。
「博士! 転送してください!」
 ナンコツが叫ぶ。
『何度もやっています。しかし、ダメなようです』
「ダメってどういうことですか?」
『アルケウスの内側にいるからでしょう。救い出せません』
「肝心なときに役に立たないじゃないですか」
『人を腐りかけの巨神兵みたいに言わないでください』

 そのとき、壁の一部が変化した。黒い壁面がソフトボール大に千切れ、彼らに向かって飛んだきたのだ。
 咄嗟にナンコツが前腕ではじきかえす。はじかれた球形は、壁に衝突するとそのまま吸収された。
「撃ってきた……博士?」
『見てます。図体に似合わず、器用なようですね』
「こうなったらやるしかない。ぜんぶ打ち返してやります」
『あれ? ナンコツ、あなたは元野球部でしたっけ?』
「いいえ……僕は」
 四方八方の壁から黒い球形が射出され、一斉に襲いかかってきた。ナンコツはメガネのブリッジを中指で押し上げる。
「漫研です」
 明らかに初弾よりも弾速が速くなっている。ナンコツはその長身とリーチの長さを活かして、黒い球形が懐に飛び込むよりはやく弾き返していく。アゲダシドウフとトリカワポンズは対応するだけで必死だ。

 もはや視界を覆うほど黒い球形が飛び交っている。弾幕を張らんとアルケウスは黒い球形を乱射し、それをナンコツが弾き返していく。彼の腕の動きはもはや目で追えないスピードに達していた。

【 8 】

 執拗に黒い球体を撃ってくるアルケウスに、ジェントルマンは対処しつつも、実態は翻弄されていると言ってよかった。
「いつまで続けるんだ……」
 トリカワポンズは呆れたように呟いた。
『ナンコツ、聞こえますか?』
「ええ、博士。なにかグッドニュースですか?」
『グッドニュースとバッドニュースとどっちから聞きたいですか?』
「バッドからお願いします」
『バッドニュースは、グッドニュースが特にないことです』
「では、要件は?」
『提案です。ヤツの嫌がることをやりましょう。コレクションボックスを破壊してください』
 顔面に向かって飛び込んできた球体を、右拳で天井に弾き返す。
「なるほど」

 ナンコツは黒い球体を相手にするのをやめて、その場に直立した。
「……なにを?」
 息を飲むアゲダシドウフを一瞥した彼は、そのまま身体を反時計回りにひねる。背の高いナンコツは、スーツの補助による蹴り出しで、高速に回転し始めた。
「……ひょっとして」
 トリカワポンズが呟く。
 ナンコツは右足を前に出した。遠心力が加わり、回転は次第に速度を増してゆく。そしてそのスピードがピークに達したときに、彼は両手を広げた。二本の腕が生み出す揚力が、彼の身体を重力から解放する。
「これは……竜巻旋風脚」
 軸足を蹴り上げたナンコツは、高速回転したまま水平方向へ飛んだ。彼の長い脚がコレクションボックスをなぎ倒す。彼の身体は止まることなく飛行を続け、瞬く間に次のボックスを破壊した。ナンコツが部屋を縦断する間に、すべてのコレクションは床に散らばった。
『素晴らしい! いい攻撃ですよ、ナンコツ!』
 博士の声は、あからさまに高揚している。
『ヤツは明らかに怒っています!』
 建物が大きく動揺しはじめた。黒い壁も、黒い床も、海の三角波のように大きくうねっている。三人は立っていることも難しくなっていた。
「博士。次の手は? 怒らせたあとはどうすれば?」
『ああ……えっと』
 二秒だけ沈黙があった。
『グッドニュースとバッドニュースとどっちを聞きます?』

「大佐」
 扉を開けて、エプロン姿の男が顔をだした。
「ああ、白霧島か。バイトお疲れさんだねェ」
「すみません。おそくなって」
「君の育てたコが頑張っているよ」
 グルグルを見つめたまま、ハイボール大佐はほくそ笑む。白霧島と呼ばれた男も覗き込んだ。二人の顔が、緑色に照らされる。
「捕らえましたか」
「ああ、捕らえたねェ」
「家出青少年やスケベ野郎を食わせてきた甲斐がありました」
「良いコに育てたねェ」
「SNSを活用したら、意外なほど簡単に育ちました」
「さすがだねェ。黒霧島にはできない芸当だねェ」
「ありがとうございます」
「そろそろ、ホムンクルスを投入しようかねェ」
 大佐の右眼の補助具が、エメラルドのように光を反射した。

つづく


電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)