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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第3話 獲得と保持 【9,10】

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1話を10のシークエンスに区切りました。本日で完結。第1話 第2話はこちら。

1,2】【3,4】【5,6】【7,8】はこちら

【 9 】

「博士、ベースとなっている人間が特定できました」
「ありがとう、千堂くん。早いな」
「移動しないタイプなので、容易でした」
「ということは……住人か?」
「はい。ゲームショップの経営を継いだ長男です」
「跡継ぎか」
「そうです。父親の影響なのでしょう。長男自身もかなりのレトロゲームコレクターでした。実家暮らしということもあり、収入のほとんどを趣味に費やしていたようです。そして数年前から、幻のレトロゲームを手に入れようと活動していたようです」
「幻の?」
「はい。世界に数本しか現存しないゲームソフト”バッテラ・アイランド”です。マニアの間でかなりの破格がつけられていて、一説によれば三千万とか」
「三千万? ゲームソフトに?」
「そうです。もちろん両親は反対していました。そして父親が亡くなり、店と保険金を手に入れています。続けて母親も」
「なるほど……そしてアルケウス化した、か」
「はい」
「千堂くんは、コレクションの趣味はないよな」
「はい。私の趣味は……空手ですから」
 千堂の正拳突きが風を切り、阿佐ヶ谷博士のメガネが少しだけずれた。
「……なにはともあれ、ナンコツならヤツを倒すのにもってこいだ」

 ナンコツの竜巻旋風脚にコレクションを蹂躙されたアルケウスは、壁から撃ち出すものの形状を変えた。球体ではなく巨大な円盤状にしたのだ。そしてその外縁に、鋭利な傾斜をつけている。
『こいつはやばい。絶対に避けてください』
「スーツは防刃なんでしょ?」
『よく見てください。首は無防備でしょ』
「意外な弱点が露呈しましたね」
『刎ねられたら、四階のコレクションに追加されますよ』
「それは……」
 アルケウスはその黒い円盤を、高速回転させながら射出してきた。
「……絶対にイヤです!」
 首めがけて接近してくるそれを、後ろに倒れこみながらギリギリで躱し、その勢いを利用して、刃のない中央部を蹴り上げる。円盤は弾道を乱し、縦回転を加えながら壁に衝突して吸収された。

 這いつくばって避けていたトリカワポンズとアゲダシドウフは、足元に黒い霧が集まり、人型を形成しつつあることに気づいた。
「ホムンクルスだ!」
「この忙しいときに!」
 現れたホムンクスルが殴りかかってくる。応戦すべく身体を起こすと、目に入るのは、用意された新たな円盤だ。
「次が来るぞ!」
 第二射が放たれた。明らかに速度が増している。ナンコツは身体を折り曲げて躱すが、髪が数本切断された。黒い円盤は、援軍であるはずのホムンクルスを数体巻き添えにして、壁に吸収された。

『ナンコツ。落ち着いて聞いてください』
 サングラスから阿佐ヶ谷博士が問いかける。
『質問です。あなたの前職はなんですか?』
「え? 僕の?」
『ええ。あなたの前職です』
「それはつまり」
『次はあなたが必殺技を使う番でしょう。あなたの理性や職業倫理が強く影響します。ですから答えてください。どんな仕事をしていましたか?』
「僕は……」

 ナンコツの脳裏に、石垣島の白い砂浜が浮かんだ。

「リゾート開発会社、美津野リゾートの……経理部長」

【 10 】

『そう、ナンコツ。あなたは元経理部長です』
 阿佐ヶ谷博士の語気は強い。
『あなたの職業倫理を思い出してください。目の前にいるのは、コレクターです。人間をおびき寄せて、その持ち物も、命も奪ってしまう、異常なコレクターです』
「持ち物も、命も……奪う」
『そうです。そのアルケウスのやり口はこうです。人をおびき寄せて招き入れ、その人の持ち物をコレクションに加えていくのです。人体そのものも』
 ナンコツのこめかみに血管が浮き上がる。
「奪ったものを、自分の財産に……」
 ナンコツの両手に次第に力がこもっていく。

『そうです。ひとつの物や利益を手に入れることが、どれだけの誠実さを必要とすることなのか、あなたは誰よりも知っているはず。委ねてください。あなたの心にいる経理部長に、すべて委ねてください』
「僕の心にいる、経理部長に……」
 ナンコツのサングラスから銀色の光が発せられた。その輝きがナンコツの全身を包んでゆく。

「僕の心にいる、経理部長……」

 輝きが、ナンコツの縦に長い身体を持ち上げた。
 銀色の輝きに包まれたまま空中に静止したナンコツは、両腕を高く掲げ、左の膝を前に突き出す姿勢をとっている。それはまるで、道頓堀グリコのようだった。

 彼は、なかば無意識なまま、必殺技を繰り出していた。


実地棚卸し


 その激しい発光は南池袋全域に及んだ。
 光は一階の天井を突き抜け、最上階まで貫いた。そのまばゆい発光に包まれ、二階以上のコレクションボックスは粉砕され、粉々に吹き飛んでゆく。白い粉末がダイヤモンドダストのような煌めきを発しては、光に飲み込まれて消滅していった。納められていたコレクションは、床に転がった。

『素晴らしい! 帳尻が合わない在庫を洗い出したんだ!』

 サングラスはまだ銀色の光を放っている。

『ナンコツ! 次を放ちましょう!』

 空中で静止したままのナンコツは、さらに必殺技を繰り出した。


不動産取得税


 アルケウスが震え出した。それはつまり建物全体が振動していることに他ならない。内部にいるジェントルマンは、オフロードを走るトラックの荷台にいるかのように激しく揺さぶられた。やがて、一階の天井に円形の穴が空いた思うと、それは次第に大きくなり天井全体に広がった。続けて二階の天井、三階の天井と開いてゆく。最後に最上階の天井が開くと、そこに青空が広がった。

「こ、これは……」
 トリカワポンズが呟く。
「まるで……言い逃れ?」
 アゲダシドウフが汗を拭う。

『脱税容疑を恐れたのでしょう。屋根を取っ払うことで、これは建物じゃない、ただの壁だと逃げるつもりです。怯えている証拠です!』
 博士は興奮を隠さない。

『さぁ、ナンコツ。収集癖のバケモノにトドメを刺しましょう。そいつが最も嫌がることをやるんです』

 導かれるように地上に降り立つナンコツ。もはや障害物のなくなった一階フロアをゆっくりと歩き、消費者金融のポケットティッシュを拾い上げると、それを右の手のひらに乗せた。空を見上げるナンコツに太陽が降り注いでいる。

 そして彼はポケットティッシュを握り潰し、最後の必殺技を放った。


除却



 南池袋は三度目の強い光に包まれた。光の中で、アルケウスは二度大きく身をよじる。それが最後の動作だった。

 アルケウスだった黒い壁は、下からめくれ上がるように霧になって散ってゆき、あとにはなにも残らなかった。

「終わったか……」
「終わりましたね……」
 ホムンクルスも消え去っている。

 元あったゲームショップの残骸であろう、崩れ去った木造建築物の瓦礫のうえに、ジェントルマンは立っていた。アルケウスの集めたコレクションはその下に埋没している。このあと警察がやってくれば、それでようやく大きな事件になるに違いなかった。

 気が付いた時には、三人は阿佐ヶ谷研究所の地下室に転送されていた。
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
 頭を下げる千堂の背後で、アクアリウムは三日ぶりに透明に戻って、穏やかに揺らいでいた。

 グルグルを覗き込んでいたエプロン姿の男は、その感情をぶつける先に困り、ただ拳を強く握った。
「おいおい。連敗かよ」
 野球のユニフォーム姿の男が、嘲笑する。
「うるさいな。お前だって”攻撃と対立”はあっさり敗れたろ」
「連敗はしてねぇ。だいたい白霧島は手が込みすぎてるんだ」
「黒霧島のは単純すぎる。猪突猛進型しかいないじゃないか」
「へへ。人間ってのは進歩するんだぜ」
 黒霧島は鼻の下をこすった。
「次に用意しているヤツはすげぇからよ」
「どうだか」

 それまで静かにグルグルを見つめていたハイボール大佐が、視線をふたりに向けた。右眼の補助具がピント合わせのためにわずかに動いている。
「正直なところ、少し悔しいねェ」
 ふたりは無意識のうちに、背筋を伸ばしていた。
「君たちがうちに来てくれてから、しばらくは上手くいっていたけどねェ。新しいジェントルマンが組織されてからは、一度も勝ててないねェ」
「すみません。大佐」
「アルケウスが欲望を満たさないと、結晶化しないんだから。これではグルグルを発動するには、まだまだ結晶が不足しているよねェ」
 ハイボール大佐は、グルグルに穿たれた五つの窪みのうち、ひとつに指を突っ込んで、ざらざらと中身をかき回した。
「破壊を望むコなら、存分に破壊させてあげて、収集を望むコなら、飽きるまで収集させてあげないとねェ」
 黒霧島と白霧島のふたりは、思わず頭を下げた。
「はっ、次こそは妨害を排除して」
「アルケウスを結晶化してご覧に入れます」
 大佐は優しく微笑んだ。しかし機械化された右眼が冷たく光っている。
「あいつのほうが一枚上手だなんて、私は認めるつもりがないからねェ」
 そのとき、ハイボール大佐のスマホに通知が届いた。
「あ、配達依頼が来たねェ」
「バイトですか」
「そうだねェ。ちょっと行ってくるから、留守番たのむよ」

 そう言い残すと、大佐はUber eatsの配達バッグを背負って、部屋を出ていった。


第3話 承認と顕示 完


電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)