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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第1話 攻撃と対立 【3,4】

逆噴射小説大賞2019へのエントリー作品を連載化しました。1話を10のシークエンスに区切っており、5日間で完話します。

1,2】はこちら

【 3 】

「え? ジャンプですか」
『そうです。なにか問題でも?』
 アゲダシドウフと呼ばれた男は、自身の腹回りをさすりながら呟いた。
「あの、私、ジャンプには本当に不適切な身体をしてまして」
『あなたのワガママボディは把握した上で言ってます』
「そうですか」
『はい。八村塁になったつもりで、どうぞ』

 アゲダシドウフは躊躇いがちに膝を曲げた。その姿はバスケットボールプレイヤーというよりは力士といったほうが近いが、しかし、大腿筋に力を入れた瞬間、彼の視界から建物が消えていた。いや、正確には視界の下方にあった。
 気がつけば彼は、ほとんどの雑居ビルを見下ろしていた。七階建のカラオケボックスの屋上でタバコをふかしていた従業員が、ぽかんと口を開けたまま彼を見上げている。
『いまのジャンプ高は33mジャストです。いい景色でしょう』
「え? え?」
 状況を飲み込めないまま、彼は落下に転じた。引力に身を委ねる恐怖にとらわれたのも、わずか数秒のことだった。なんの衝撃も感じないまま着地した彼は、あまりのスムーズさにかえってバランスを崩し、丸い背中でアスファルトに転がった。

「だ、大丈夫ですか?」
 駆け寄ったのはトリカワポンズだった。ナンコツは空を見上げたまま呆然としている。
「わ、わたし、飛びました?」
「飛びました飛びました。八村塁どころか坂上二郎くらい飛びましたよ」
 アゲダシドウフはトリカワポンズに支えられて、なんとか上体を起こしたが、まだ尻餅はついたままだ。
『それがスーツの性能です。皆さんの身体能力を数十倍に高めます。防寒・防暑・防弾も完璧です。もちろん戦闘中の物理的ダメージも吸収します』
「戦闘中の?」
『ええ。思う存分戦ってください』

「えと。質問いいですか?」
『なんでしょう。ナンコツ』
「あの、なにと戦えば良いのでしょうか」
『それも実戦で学べばいいでしょう。実はもうその界隈にいるはずなのですが、街の様子に変化はありませんか』
「変化はあるといえば、ありますね」
『ほう。どのような?』
「道ゆく人たちが皆、わたしたちのファッションを面白がっています」
『なるほど』
「さきほどから『逃走中』のロケじゃないかという声が圧倒的です」
『ふむ。ナンコツのその観察眼。いいですね』
「いいですか」
『実にいいです。その観察眼で、人の流れを見てください。日常とは異なる行動をとっている人がいるはずです』
 ナンコツは周囲を見回した。

【 4 】

 ナンコツは周囲を見回し、観察した。
 ひとりひとりの表情、歩き方、肩の動きを。

「そういえば、あの人、やたらと背後を振り返りながら、歩いてますね。それも早足で」
『そちらに向かってください。なにかを目撃したのかもしれません』
「悲鳴をあげたりは、してないですけどね」
『人間は予想外の事態に遭遇したとき、正常性バイアスがかかります。自分は日常のなかにいると思い込みたくなるので、周囲から浮かないように努めることが多いのです。とにかく移動してください』

 三人は男の声に従って進んだ。銀色の高層ビルがそびえるT字路に立ったとき、坂道を駆け下りてくる数名の男女が見えた。
『どうやらその方向にいるのは間違いなさそうです。少し急ぎましょう』

 三人が坂道を進むにつれて、すれ違う人数が増えてくる。最初は数名づつが早足で。次第にそれが列をなしてゆく。カーブを曲がると、車道も生垣もおかまいなしに、群衆が全力疾走で向かってきた。
『間違いない。人々の流れの起点に、ヤツはいます』

 ハイヒールを脱ぎ捨てたのであろう裸足の女性が駆けてくる。彼女のインナーは、赤い飛沫で意図しないドット柄に変わっていた。そのすぐ後ろの宅配業者のユニフォームの男は、右肩から先がなかった。さっきすれ違ったジャケット姿の男性は、どう見ても助かる見込みのない出血量だ。
「ちょ、ちょっと」
「これ、本気ですか?」
「こういうのって、地獄絵図って」
『雑談はそれまでにしましょう』
 男の声が、低い。
『現れますよ』

 テレビ局と高級マンションに挟まれた路上に、それは姿を現した。
 黒い霧に包まれたように輪郭が滲んでいるが、その体躯は街路樹と同じ高さに達している。しかし最高点にあるのは頭部ではなく両肩だ。極端なイカリ肩をした異形は腕を下るに従って細くなり、先端は長い四本の鉤爪が揺らいでいる。頭はおよそ体の中心部分にあって、そこだけ霧が晴れたように鮮明に見える。それは人間の顔だった。しかし眼球はなく、眼窩から黒い霧が漏れている。

「ここここここれは!」
「ばばばばば化け物!」
「ににににに逃げましょう!」
 三人は踵を返して、脱兎のごとく走り出した。
 スーツの補助を受けてそのスピードは増し、逃げまどう人々を追い越し、タクシーを追い越し、飛ぶ鳥まで追い越して、皇居の内堀でようやく止まった。
「はぁはぁ、ここまで逃げれば」
「ええ、もう、安全でしょう」
「危なかった。ぜぇぜぇ」

 しかし次の瞬間、彼らは赤坂に立っていた。テレビ局と高級マンションに挟まれた路上で、黒い霧の異形を前にしていた。
「なんで、なんで、どうして!」
『転送したんですよ。だって、逃げちゃうんだもん』
「いや、そりゃ逃げるでしょ!」
『逃げたって何度でも転送しますから』
「いやいやいや!」
『覚悟を決めましょう。ヤツを倒さない限り、生きて帰れないんですよ。大丈夫、スーツとサングラスが、皆さんを完璧にサポートします』

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)