第73弾「あした」
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第73弾「あした」

ハーイ!みんな元気?あたしけいご。

73曲目はこれ。あした。佐賀県の山域で撮影しました。月が、綺麗だったから。九州界隈では『家族風呂』ってお風呂があって、新潟(あたしの地元)では一回も聞いたことがないんだけど、九州では一般的みたい。カラオケのように、個室のお風呂を貸し切りにするの。で、そこに、みんなで入る。別に家族に限らず、友達同士とか、男女グループでも入ったりするらしいから、南の人はオープンだなあって関心した。あたしも、昨日、入った。

「あした」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

あしたになれば 優しさに なれるかな
話したいことが あるのに 聞いてばかり

伝えたいことが あった はずなのに
君の顔 見たら もう なにも 思い出せない

忘れないように 手のひらに 寄せる 熱  
これからも ぼくの そばにいてください と

雨の降る 音に 揺れて 流れる
もう一度 君に 会いたいと 言えぬまま

あしたになれば 笑えることも

雨の降る 音に 溶けて 流れる
たしかに あの日を 生きていた ぼくたちを

あしたになれば 忘れることを

昨日は佐賀県の『山ぼうし』という温泉に行った。佐賀で一番人気みたいで、待ち時間があった。その隙間を縫って「動画撮ってきます!」と脱走し、山奥の茂みにダイブしてこれを撮影しました。段違いに空気がよくて、自然は最高だなあと思った。地方都市で出会うひとには、その背景に「田んぼ」だったり「かえる」だったり「鈴虫」だったり、たくさんの命を感じる。でも、都会で出会うひとには、その背景に「コンクリート」とかしか、感じない。だから、田舎で出会うひとたちには、たくさんの命を感じる。

この曲は、前回の「月に向かう」の裏面、とでも言える曲。というか、あたしの場合、全部の曲が「他の曲と関連している」曲になります。だから、どんな順番で音楽を聞いても、必ず、なにかしらの連結を感じる。そういう作風になっています。よかったら、前作の『月に向かう』も聞いていただけるとうれしいです。これを聞いてくださった方から「さかつめさんの音楽は、ドームで聞くのもいいけれど、海とか月の光のなかで聞くと、すごいよさそうですね」って言ってもらえた。うん。あたしも、ホント、そう思います。

前作の記事で「6歳の女の子の絵本がやばい!」って話をしたけど、今回は、三冊中の二冊目をご紹介させていただきます。こどもって、本当、素晴らしい存在。おとなよりもおとなな瞬間がある。昨日だって、あたし、6歳の男の子に「おれはいま75円もっているからなにかを買ってあげるよ」とか言われて、じゃあ、ブラックサンダーを買ってくれって言ったらほんとうにブラックサンダーを買ってくれた。6歳のこどもからいろいろもらっているあたしは大丈夫なのか、とか、ちょっと思うけど「いいんです」と仕切り直して、ありがたくちょうだいいたしました。誰かになにかをあげるのって、愛情表現よね。それを断るのは、愛を拒絶することと、同じなのよね。

それでは、6歳の女の子の絵本、ご紹介させていただきます(注・右から左に読む感じになります)。

ゴミをぽいぽい

つかえるのにぽいぽい (わるいの?)
ごみはすてるとごみしゅうしゅうしゃがはこんでもやすの

もやしたはいはねえどこいくの?

やまの中に

すてるよ
すてたらそこに雨ふって
みずたまりができた

パラパラ

やまのこうじで みなにげた

やまからにげてきた (たすけて)

おしまい。

・・・やばくない?これ、やばくない?またしても鳥肌たたない???最後のキツネの表情とか、なんかもう、すごくない???しかもね、この絵本は「逆から読むこともできるんだよ」だって。上から下に読んでもいいんだけど、下から上に読んでも物語になるんだって。半端なくない???この、発想力!!前の絵本は『仕掛け絵本』って言って、飛び出す絵本みたいな細工を彼女は編み出しました。そして、今回は、逆から読んでも作品として成立する絵本を生み出したのよ!!そして、この、内容!!きゃー!!すげー!!この女の子、すげー!!(そして半端ない美貌の持ち主でもあります)

そう、半端ない美貌の持ち主なのよ。6歳なのに、色気があるのよ。お母さんが誰かの悪口を言ったときとか、ちょっと言葉遣いが悪くなったりすると、この女の子は「お母さん、タンスに耳あり、障子に目ありだよ」とか耳元でささやくのよ。お母さんに抱っこされながら、時々、大人顔負けの言葉を使うのよ。その瞬間の、色っぽさったらないのよ。最近の6歳ってどうなっているのよ。あたしにブラックサンダーを買ってくれたり、あたしに絵本を贈呈してくれたり。あたし、生物の魅力にはインテリジェンス(知性)がとても大事だと思っているのだけれど、それが、すでに備わっているのよ。

あたし、音楽をはじめて数ヶ月、最初は下手でも「場数を踏めばうまくもなろう!」って思って、1日1曲作っているのね。毎日やれば、クオリティもあがると思っていたのよ。でも、実際にやってみて、感じるの。クオリティ、あがるどころか、さがっているのよ。なんなのよこれ。おかしいじゃない。よく、小説家とか「処女作を超えられない」とか言うけど、同じことなのかしら。やり続ければうまくなると思ってたのに、やり続けるほど、なんなら「クオリティがさがっている」と感じるこの現象、いったい、なあに???

これは絶望でもあり、希望でもある。クオリティ、全然あがらないことは絶望にして希望。なぜなら、それは「最初からすでに備わっている」ってことだと思ったのよ。無論、やり続ければ、技術的には向上するし、腹も据わるし、こうすればもっと声が出るとか、こうすれば問題が起きても対処できるとか、そういうことはなんとなくわかってくる。でも、そういう技術面を抜きにすれば、自分の魅力なんて、最初から最後までずっと同じなのよ。不増不減。最初はダメでも、やがて、とか、ないのよ。あたしはずっとあたしのままなのよ。表面的には色々変わっても、内面は永遠に同じなのよ。って。そう思ったらね、なんだかひらけてくるものがあった。なあんだ。自分なんて、ずっと、自分のままなんじゃないか。と。だったら、誰かになろうとするよりも、誰かに認められようとするよりも、自分を、自分のまま、未熟なら未熟なまま「これがあたしです」って、臆面もなく差し出していけばいいのだ。と。

最初から、みんなあるのよ。魅力が。能力が。才能が。よく、巷では「自分を売り込むための8つの方法」とか、そんな感じの文面を見るけど、あたしに言わせたら「ふざけるな」って感じよ。売り込むだなんて、自分を商品みたいに扱ってどうするのよ。なにそれ。バカじゃないの。人間を商品みたいに扱うから、人間が消費されちゃって、人間が使い捨てにされちゃって、人間がどんどん人間から離れてしまうんじゃない。こんな言葉に惑わされたらダメ。絶対。人間は商品じゃないのよ。人間は道具じゃないのよ。人間は奴隷でもないし、人間は機械でもないし、人間は家畜でもないのよ。人間は、人間。そのことを思い出すために、あたしは、音楽をやっているのかもしれない。

じゃあ、またね。愛してるわ。バイバイ。

坂爪圭吾 keigosakatsume@gmail.com

【イベント情報】

6月30日(日)15時~16時@神奈川県横浜市「ごちゃまぜの家」

音楽活動開始宣言をしてから、およそ4ヶ月が経ちました。音楽初心者が、一年でどこまでいけるかを見てみたい。そのためには、本気でやる必要がある。そう思って、1日1曲を目安に音楽を作ったり、できる限り場数を踏むためにライブ活動(人前で演奏すること)も経験したいと願っています。もし、人前で演奏できる機会を設けてくださる方がいたら、ご連絡いただけたら最高にうれしいです。交通手段さえどうにかなれば、あたし、どこまでも行きます。会場も規模も問いません。ひとりでもいれば、あたし、行きます!!

粛々と行われた福岡ドーム(前)ライブの模様はこちら。


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坂爪圭吾

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あんたのこと、うち、めっちゃすっきゃねん!
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