飲み物から考察する「時間」

飲み物から考察する「時間」

飲み物に幾度となく魅せられてきた。

フランスへ来て直ぐの頃にワインに魅せられ、その翌年「お茶をする」という日本語のたおやかな響きに何故だか突如ハッとなり紅茶にハマった。それからまた一年が経ち、イタリアで何気なく飲んだカプチーノがあまりに美味しくてコーヒーに取り憑かれた。他にも日頃、ちょっとした時間に好んで飲む飲み物もある。炭酸水や白湯。

これら「人類の飲用する液体物たち」の何が一体そんなにも魅力的なのだろうと、チラと考えてみた時に、一つ浮かんだのは、溶け合っているから。飲み物の、食べ物との違いは、ここからここまではニンジンでこっからここまで鶏肉エンドウ豆云々等と目に見えて明らかに区分できる要素が少なく、様々な成分が一挙に溶け合い一つの色を呈している。あぁ不可解で、視覚の理解の範疇をすっかり超えてしまっている辺りが、なんとも魔法的で魅力的じゃない?(※ところで、食べるのは食べるのでまた違った意味で大好き、困ったことに...)


しかし、そうした飲料の中でも、初めに挙げたいくつかが僕にとってとりわけ魅力的である理由をより深く考えてみるとそこにはまた一つ別の共通点があることに気付いた:「速く飲むことができない」
僕は日頃、時間効率ということにばかり囚われて生きてしまっている不器用な人間で、例えばオレンジジュースをコップ1杯与えられるとコップ1杯一息に飲み干してしまって終わりだ。その方が摂取効率がいいと脳が言っているから。しかし、コーヒーやお茶などはその温度感やカフェインが含まれること、また味にある程度の抵抗があることも相まって一気飲みなどできないし、ワインもまた、ゆったり味わいたいというこだわりは一旦除いたとしてもやはりアルコールの関係で、一気飲みができない。炭酸水も白湯も、同じような特性を持つ。
そこでこれらの飲み物を前にして、私達の眼前に突如現れるのが"時間的制圧"である、そして「世のタスクは迅速にこなしてしかるべし」という世界観から私達は強制的に脱することができるのだ!!(オレンジジュースを飲み干すことが世の中でタスクと呼ばれているのかどうかは分からない)

すなわち、ただひたすらに止め処なく連なってしまっている、とても手には負えぬ気難しい概念「時間」に対して、こうした魔法の液体に頼ることで、我々はひとつの目印を与えることができる。コーヒーカップを前にすれば、例えば20分なら20分、それを前にゆったり"しなければならない"というのは、ひとつの素晴らしい恩恵だ。

そうしてやっと、20分を、しっかり20分だと認識しながら捉えることが、不器用な僕でも最近少しだけできるようになった。時間とは難しい。


ところで、時間芸術と題される「音楽」に携わるものとしては、その時間的目印は本来とても大切だ。演奏は、何月何日何時何分に「はいどうぞ」と、舞台に放り出され、そしておおよそ何分間ですべてを弾き終えてしまうかを予め分かっているから、それは怖くて仕方がないのであるがしかし、覚悟を持ってその時間に精神を捧げる、だから何かがそこで起こり得るのであって、その制限がなく無限となってしまった段階で、音楽は、ただだらしない  どこにでもある音  となってしまい得る。6分間のノクターンには6分間の区切りがあって、その点が時間的無限性の中にたたずむ絵画作品との相違である、言い換えればその6分間を味わうことを聴衆はある種強要されていて、だからその6分間は時に素晴らしい時間となる。
それは練習時に於いても結局同じことで、ある30秒のパッセージには30秒だからこその意味があり、その30秒の質量を手に取るように僕らプロフェッショナルは分からなければならないのに、気づけば、僕はすぐに音にのめり込み、時間も忘れてわけもわからず沢山の音を弾き飛ばし、はい練習終わり!となってしまう。
そうしていつも反省して、コーヒーを飲むのである。「時間とは、なんなんだ...」
そして、全くばかなことに、コーヒーを飲んでいるうちに、少しだけ冷静に時間について分かった気に、僕はなって、ウキウキしてもう一度練習に戻るのです。

ひとは没頭すれば没頭するほど、時間を忘れてしまい、しかし緩やかに生きているとまた、時間を無駄にしている。そのバランスを司り時間を 掴む のは、ほんとうに難しい。

結局「時間」について我々は何も知らぬのだろう、しかしそこになんらかの制限を与えればそれはようやく "ととのう" かもしれない、そんな微かな希望を持っている。果てしなく続く、気の遠くなる程に広大な「時間」の概念の中で、思考が迷子となって分散し、若しくは行き先を失って暴走してしまうのを、未然に防ぎけじめをつける為、今日も僕はコーヒーを飲む。ワインを飲み白湯を飲む。
そんな時間の分からなさに加え、現代社会は急げ急げと気づけば毎日のように我々を駆り立ててくる。まったくてんやわんやな日々だけれど、上記魔法の液体の力を借りて、どうにか、今日は少しでも時間を”捉えて“過ごそう。


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それでも言葉というのはむずかしい。
ピア二ストの務川慧悟です。