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【読書】不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか

ナレーターの野坂尚也が大学の後輩なので、彼が読んでいるAudible作品は基本的に聴くことにしています。
ナレーションについてはそういう贔屓目もあるし、パブリシティというかより多くの人に聴いてもらいたいというのはそういう意味での動機もあることはお断りしておきます。

しかし今回、まずは鴻上尚史の著書であるというだけで読みたいと思わせる要素になるし、とりわけこの特攻隊についての本はいずれ読みたいと思っていたので、Audible化されてサブスクリプションで聴けるのはありがたかったですね。
オーディオブックは、家事などの時にながら聴きできるので読書量を増やすのにお大いに役立ちます。

本書は、陸軍特攻隊として9回にわたり出撃しながら生還した佐々木友次氏がテーマ。
鴻上氏が調べたことのまとめ、佐々木氏本人への直接のインタビュー、鴻上氏の特攻、戦争、日本の「世間」に対する意見などが語られるかなりボリュームのある内容でした。
特攻という自殺戦術がなぜ生まれたか、それが現場にどう展開され実行されたか、十分な戦果もないのになぜ継続したか、多くの資料を通じて語られます。
陸軍の特攻の最初の部隊にいた佐々木氏が、「特攻に成功」したと報じられ地元で葬式まで出されたのに、実は生還していて何度も出撃命令を出されます。
最後には「死んだはずの特攻兵」が生きていては不都合だからと殺害命令まで出されるというわけで、彼ひとりに注目するだけで、その不条理さがよくわかります。

戦後の各種の資料の中で、特攻兵の多くが喜んで死んでいったかのような描かれ方がされてきたことについても、実際の場面では決してそんなことはなかったこと(優遇されたとの言説にも多くの反証があること)も描かれます。
効果的ではない戦法に、熟練したパイロット、あるいは未熟な若者を投入しては損耗することに対しては多くの兵・士官が批判的であったようです。
これは結構リアリティのある話だと思いました。
死にたくなくてうろたえることが人間らしさの証みたいに思われがちですが、そういう問題じゃなくて、戦勝に寄与しないんだからやめたほうがいいんじゃない? が、現場の感覚。
それに対し、精神論に頼って自殺攻撃を命令し、そのうち目的と手段が逆転して、死ぬことだけを要求するような軍上層部のあり方が明らかになります。

しかも、「命令」ってことにしたくないから「志願」を暗に要求、それだけでなく記録をきちんと残さないことで責任を逃れようとする軍上層部の態度には、「卑怯」という言葉がまさにお似合いです。
爆弾だけを投下して生還した佐々木氏に対して将校が「卑怯」と罵りましたが、その言葉が一番似合うのは将校たち自身でした。

鴻上氏が言いたいことの一つに、このような組織のありかたは現代の日本にも通じるのではないかということがあります。
例として挙げているのは高校野球ですが、現代の政治や企業などのある部分は、こうした無責任な構造をいまだ保有しているのではないかと思わされます。
亡くなっていった特攻兵たちを基本的には否定することなく被害者と考えつつも、こうした反省のもとに考え方や行動を改めるべきとの鴻上氏の考えには大いに同意できるものです。

その意味では、軍のあらゆる不条理にさらされながらも、生きて帰ることを実現した佐々木氏の存在に希望を見出し、何を学べるかを模索する鴻上氏の切実な取り組みにも感じ入るものがあります。
2015年、入院中(にして、亡くなる直前)だった佐々木氏に話を聴くインタビューのやりとりには、なんとも言えない迫力がありました。
大文字の「意見」など述べず、下士官としての当時の率直な感覚を語る佐々木氏から何を学ぶかは人それぞれかもしれません。
でも、自ら死ぬことの美しさより、生き続けることのリアルな感覚が語られることで感じ取れる強固な「個人」、近代西欧的な個人とかではなく、その人がその人であるというだけのことに力強さを感じました。
「とにかく、飛ぶことが好きだった」と何度も語る佐々木氏の魅力もあります。

同時期に観ていたドラマ『マスターズ・オブ・ザ・エアー』の中で、敵軍のナチスの兵士の中に子供同然の若者がいて、まともな装備も持たされず戦場に投入されている描写がありました。
負けてる国ってこうなるよなあ……とも、こんなことやってて勝てるわけないよなあとも思いましたね。
戦争自体が否定されるべきではありますが、それ以上に、目的達成の役に立たない方法に固執し、やった気になるのを避けるべき。
先の大戦からの、極めて重要な教訓ですね。

戦争当時の佐々木氏、晩年の佐々木氏、当時の将兵やその妻など、多彩な人物が登場してそれぞれの言葉が語られますが、声色を変えてその口調を再現する野坂尚也のナレーションもさすがのもの。
女性の口調をまねて滑稽にならないように読むというのも大変だろうなあと。
時には泣かされそうにもなります。
全体の真剣な文体にあわせた口調で、本書のトーンを再現しようと試みるナレーションの技術には驚きです。

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