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2020-21ジダンマドリーのシステム変遷〜戦術的総括

こんにちは。

ジダンにとっても、選手たちにとっても、マドリディスタたちにとっても長く苦しい2020-21シーズンでしたが、ラ・リーガは勝ち点2ポイント差でアトレティコ・マドリードが、チャンピオンズ・リーグはレアル・マドリードを葬ったチェルシーが優勝して幕を閉じました。先日退任を発表したジダンに対して思うことは色々とありますが、まずは暗黒期まっしぐらだったチームに舞い戻りギリギリのところで踏み止まらせ、昨シーズンにラ・リーガのタイトルをもたらしたジダンに、改めて感謝を伝えたいです。ありがとうございました。

さて、新型コロナウィルス感染拡大の影響で選手補強を行えず、シーズンを通して計60回以上の離脱を数えるなど地獄のようなシーズンの中で、ジダンはもがき苦しみながらチームをマネジメントしていました。システムだけで見ても、おなじみの[4-3-3]だけでなく、[4-2-3-1]、[4-3-1-2]、[3-4-3]、[3-5-2]とおそらくジダンマドリー史上最多のシステムで試合に臨んでいます。今回は戦術的な部分にフォーカスし、マクロ的にその変遷を振り返っていきたいと思います。


試行錯誤:[4-2-3-1]/[4-3-1-2]

シーズン序盤、期待されたのは昨シーズンレアル・ソシエダで大ブレイクを果たしたウーデゴールと、再起に燃える2年目のヨビッチです。ジダンはこの二人のためと言っても良いシステムで開幕数試合に臨みました。


ラ・リーガ第2節vsレアル・ソシエダ△0-0

vsレアル・ソシエダ

開幕節でウーデゴールにとってはいきなりの古巣対決となったわけですが、[4-3-3]のAc(アンカー)であり大黒柱のカゼミーロをベンチに置き[4-2-3-1]のシステムを採用。最も得意なポジションを与えられたウーデゴールには、得点に直結するプレーを求められました。

結果的にはジダンの信頼を得られずにアーセナルへとレンタル移籍することになりますが、このシステムが機能していた部分も。それはハイプレスとボール保持の安定です。

レアル・マドリードの[4-3-3]のハイプレスはIH(インサイドハーフ)の片方を最前線まで押し出して相手のCBに噛み合わせにいきますが、マンチェスター・シティなどのIHの役割とは異なりビルドアップ時には低い位置をとって後方から運ぶ役割を担います。必然的に上下動が増え、その二人への負担が大きくなっていました。[4-2-3-1]ではトップ下のウーデゴールが相手Acへのパスコースを消しながらCBに出て、必要に応じてクロースをAcにあてるハイプレスを披露。1stプレッシャーの距離が短くなり、また後ろには健康体で恐ろしい守備範囲の広さを見せるラモスが構えていたことで前向きに潰すシーンが増え、相手にビルドアップを許しませんでした。このハイプレス時のウーデゴールの役割はレアル・ソシエダでプレーしていたときと同じであり、得意としているプレーでもありました。

ビルドアップの局面では、ダブルボランチのモドリッチとクロースが入れ替わりながら(主にクロースが)最終ラインに加わって2トップに対して数的優位を作り、相手の中盤が前に出てきたらウーデゴールがヘルプに入る、もしくはその背後でボールを引き出すことによって、スムーズに前進できていました。三人のボールスキルの高さが表れていました。

この試合のボール支配率は68%を記録。一応ながら数字で見ても、ハイプレスとボール保持が機能していたことがわかります。

一方で今シーズンはチーム全体の課題として再三指摘してきましたが、崩しの局面でウーデゴールはクオリティを発揮できず。二列目の三人が足元ばかりにボールを要求し、同じテンポでボールを回し続け、サイド高い位置にボールが入っても味方を生かすためのフリーランや味方が空けたスペースを使おうという意思疎通がとれていなかったことで、攻撃は停滞。特にベンゼマとウーデゴールの役割が被っていた点が気になりました。この点、昨シーズンにスペースにアタックしていけるバルベルデがチャンスを掴んだのとは対照的と言えるでしょう。終いにはモドリッチが長い距離を走って相手を動かそうと奔走せざるを得ない状況に(詳しくは上に貼った記事に書いてあります)。


ラ・リーガ第3節vsレアル・ベティス◯3-2

vsレアル・ベティス

CL三連覇を成し遂げた[4-3-1-2]、別名イスコ・システムを採用。イスコの位置にウーデゴール、ロナウドの位置にヨビッチを試しました。

メリットとしては、ヨビッチが最前線に張って深さをとることでベンゼマが自由を得て攻撃に流動性が生まれたこと、また2トップ+トップ下に加えバルベルデが突撃することで、クロスに対し相手ペナルティエリア内に人数を確保できたことが挙げられます。実際に、ベンゼマがサイドに流れて巧みなドリブルでチャンスメイク、クロスにバルベルデが合わせ今シーズンのレアル・マドリードの初ゴールが生まれました。また、レアル・ベティスがレアル・ソシエダよりもボール保持に重きを置いたこともあり、ポジティブ・トランディションでサイドには広大なスペースが。SBやバルベルデがスプリントすることでクロスから多くのチャンスを作りました。ヨビッチはこの試合でゴールを奪えていれば状況が変わる可能性があったものの、チャンスを決めきれず。

しかし、レアル・マドリードのこの[4-3-1-2]は、[4-3-1-2]のままブロック守備を行っていました。相手Acに噛み合わせることができる一方で、デメリットとして中盤の横幅を三枚だけで守るため、サイドのスペース、特に守備範囲が決して広いとは言えないクロースのサイドをカバーしきれない点(もう一つは、サイドレーンをSBほとんど一人で担当するためネガティブトランジションではその裏がガラ空きになる点)が挙げられます。高い位置でプレスをかけるときはあまり目立ちはしないものの、押し込まれた展開ではどうしてもサイドでメンディが数的不利に陥るシーンが見受けられ、前半途中にウーデゴールが中盤ラインのボランチの位置に入り[4-4-2]ブロックを形成して、横幅をカバーしようと試みます。それでも、ボランチとしての守備強度は彼には期待できず、前半で交代させられてしまいます。

ウーデゴールのプレーぶりというよりは戦術の犠牲になったという表現が正しいでしょう。このシステムはボール保持が前提の攻撃的システムで、CL三連覇も全盛期のマルセロ、イスコ、ロナウドの存在と得点力があってギリギリのところで機能していたと言えます。事実、2017-18シーズンはこのシステムの欠陥が露呈し、早々にラ・リーガの優勝争いから脱落しています

幸か不幸かクロースの負傷によりモドリッチ、そしてウーデゴールに代わってイスコが投入され、より機動力があり万能なモドリッチのマンパワーによって主導権を取り戻して何とか逆転勝利を収めました。とはいえ、このシステムではデメリットの方が大きく、ヨビッチ再生計画は頓挫し、その後ウーデゴールとともに出場機会を大きく減らしていくことになります。


回帰:[4-3-3]

二人の戦力候補のためのシステムが上手くいかないとわかると、ジダンは早々に試行錯誤を断念し、CL三連覇の主力組に頼るようになります。


ラ・リーガ第6節vsカディス×0-1

vsカディス

チャンピオンズ・リーグGL第1節vsシャフタール・ドネツク×2-3

シャフタール

ラ・リーガ第7節vsバルセロナ◯3-1

vsバルセロナ

ラ・リーガ第9節vsバレンシア×1-4

vsバレンシア

代表ウィーク明けのカディス戦で、ジダンは大幅なターンオーバーを行いイスコをトップ下に据える[4-2-3-1]で臨みました。しかし、この試合では主力選手含め集中力を欠き、パスミスを連発。体も重く、レアル・ソシエダ戦では機能していたゲーゲンプレスがハマらず、(カゼミーロ不在の中)ボランチが剥がされると両SBは二人とも高い位置をとっているため2CBがカウンターに晒されるシーンが頻発します。特に帰陣の遅いマルセロの裏のスペースを徹底的に突かれることが多く、その勢いのまま失点すると、[4-4-2]ブロックを前に攻めあぐね、昇格組相手にまさかの敗北を喫します。

続くシャフタール戦ではマルセロの軽率な守備、そしてヴァランとミリトンの相性の悪さが露呈。CBには①前に突撃して潰すのが得意なタイプと、②カバーリングが得意なタイプに分けられますが、レアル・マドリードのCB陣を①が得意な方から②が得意な方に順番に並べるとラモス、ナチョ、ミリトン、ヴァランの順となります。どちらもカバーリングを得意とするヴァランとミリトン(シーズン終盤には前で潰せるプレイヤーに成長したと思います)のコンビでは守備の基準点となるプレーができずズルズルとラインが下がり、カウンターをもろにくらってしまいました。本来ディフェンスリーダーになるべきヴァランのパフォーマンスは決して満足できるものではありませんでした。また、ベンゼマ依存の[4-3-3]で代役に据えられたヨビッチがブレーキとなり、単調な攻撃で失う回数が増えたことも要因の一つです。前半になんと3失点。そのまま2連敗となり、メンタル的にも大きな打撃となりました。

その後もジダンはローテーションを採用するも、ベストメンバーを起用したバルセロナとのクラシコでは快勝した一方でバレンシア相手に大敗を喫するなど、イスコとマルセロを中心に控えメンバーのパフォーマンスレベルの低さが下位相手の勝ち点の取りこぼしに繋がっていきます。二人はこの期間で完全にジダンの信頼を失い、ヨビッチ、ウーデゴールと並んで戦力外的な扱いを受けることに。とはいえ、ジダン自身の控え選手を型に当てはめただけのような采配にも疑問符がつきます。


チャンピオンズ・リーグGL第5節vsシャフタール・ドネツク×0-2

vsシャフタール・ドネツク②

チャンピオンズ・リーグGL第6節vsボルシアMG◯2-0

vsボルシアMG

ラ・リーガ第13節vsアトレティコ・マドリード◯2-0

vsアトレティコ・マドリード

シャフタールとの再戦ではウーデゴールを起用する[4-2-3-1]で三度攻めあぐね、ポジションバランスを崩し杜撰なネガティブトランジションからの2失点で完敗。今シーズン何度目かのクライシスが騒がれます。チャンピオンズ・リーグGLでは一時最下位まで落ち込み、最終節のボルシアMG戦で勝利しなければ勝ち上がりが非常に厳しい状況であったことを考えれば当然でしょう。しかし、次のセビージャ戦以降、ジダンはシステムを[4-3-3]一本に、そしてメンバーも主力選手13、4選手に完全に固定。そしてジダンは彼らのモチベーションを完璧にコントロールし、6連勝でカムバックを果たします

特にボルシアMG戦とマドリッド・ダービーは会心のパフォーマンスを披露し、相手にほとんどチャンスを与えることなく快勝しました。ベンゼマの爆発以上に守備の部分での改善は著しく、ハードワークできる選手を並べ、オールコートマンツーマンで選択肢を制限しカゼミーロのところで引っ掛けるハイプレスや、WGが必要に応じて最終ラインまで落ち5レーンを埋める昨シーズン終盤に見せたような強固な[4-1-4-1]ブロックが復活します。やはりカゼミーロが持ち場を離れず両CBと近い距離でプレーしているときのレアル・マドリードのブロック守備は世界屈指です。

また、何と言ってもサプライズだったのがバスケスの覚醒。本職WGウィングとしての運動量や攻守の切り替えの速さ、インテンシティの高さをそのままに、急遽起用されることとなった右SBのポジションでも足元のスキル、クロス精度、判断力、展開力を大きく向上させ、クラシコでの途中出場から20試合連続でスタメン入りするなど窮地のチームを救いました。この頃に各局面の戦術を網羅した記事を書いているので、(ボリュームはすごいですが)ぜひご覧ください。


疲弊:[3-4-3]/[3-5-2]

序盤から常に新型コロナウィルス感染や怪我により離脱者が絶えなかったレアル・マドリードですが、メンバー固定による影響か、年明けあたりからさらに離脱者が増加していき、起用可能なメンバーに合わせた3バックを準備するようになります。


スーペルコパ準決勝vsアスレティック・ビルバオ×1-2

vsアスレティック・ビルバオ

スーペルコパで二連覇を狙うレアル・マドリードが難敵アスレティック・ビルバオに対しアザールを左WG、アセンシオを右WGとするいつもの[4-3-3]でなく、アザールをトップ下(実質ベンゼマとの2トップ)に据える[4-2-3-1]のシステムでスタートします。アセンシオが左サイドで一定の結果を残しており、彼の高精度クロスにカゼミーロが2列目から飛び込む形を確立しつつあったこと、そしてアザールの守備負担を減らしプレスの逃げ道に設定することが主な理由と推測されます。

実際にはモドリッチをサイドに置いたことによるデメリットの方が大きく、SHやボランチを積極的に押し出し噛み合わせてくる相手の圧の高い連動したハイプレスを前に前と後ろが分断。疲労が見えるバスケスのパスを引っ掛けられショートカウンターから被弾し、ジダンは慌てていつもの形に戻すも逆転は叶わず敗退が決定します。


ラ・リーガ第1節vsヘタフェ◯2-0

vsヘタフェ

延期していた第1節が2月に開催。この試合が今シーズン初の3バックでした。相手がというよりは三人の右SBが全員起用不可能であったことによりそうせざるを得なかったということでしょう。

試合が始まると早々にWBマルセロがモドリッチの横に並びダブルボランチのような形に可変します。両サイドの幅はカスティージャ所属のマルヴィンとヴィニシウスがとり、カゼミーロがポジションを一つあげます。最終ラインでボールを受けて相手のプレスラインを超えたり、中盤で逆サイドに展開したりという普段クロースが受け持っている役割をメンディとマルセロで分担して引き受け、さらに攻撃のマルチであるマルセロがハーフスペースに顔を出すことでチャンスを創出します。ナチョが効果的な持ち上がりで中盤に厚みをもたらしたり、メンディもその機動力とフィジカルを生かしマルセロの裏のスペースをカバーするなど、各選手の役割が最適化されている印象があり、3バックが今後のオプションとなり得る可能性を示しました。


チャンピオンズ・リーグベスト16vsアタランタ1stleg◯1-0

アタランタ①

難敵アタランタとの第一戦は直前で負傷したベンゼマの代役としてイスコをゼロトップ起用します。2トップ+トップ下の構造で前からハメに来るアタランタに対しカゼミーロがサリーダをしてトップ下を引っ張り、モドリッチとクロースにイスコが加わり+1を作って相手ダブルボランチとの勝負を制したことで試合を支配。中盤を経由してSBのところで起点を作り、中盤を助けにイスコに食いついた3バックの中央CBの裏に両WGを走らせることでチャンスを生み出します。メンディを倒した相手にレッドカードが提示され、その後逆に背後のスペースを消されて攻めあぐねるもメンディが右足ミドルを沈め1stlegを制します。

この試合だけでなく、ラモスの離脱で出場機会を得たナチョがハイパフォーマンスを披露し続けます。グイグイ運んでいけるドリブルが持ち味で、チャンピオンズ・リーグGLのインテル戦を筆頭に彼の持ち運びが直接チャンスに結びつくこともしばしば。アグレッシブな守備でルカクやサパタなどイタリアで得点を量産するストライカーたちを完封します。

なお、この試合でレアル・マドリードはベンチのトップチームメンバーがGKのルニンとマリアーノのみという極限状態に陥っていました。その中でも、2月を全勝で乗り切るなど、結果を残し続けます。

チャンピオンズ・リーグベスト16vsアタランタ2ndleg◯3-1

vsアタランタ②

カゼミーロのカード累積による出場停止を受け、2ndlegではジダンは[3-5-2]でバルベルデに特別な役割を与えます

高いレベルの相手に対してはボールを敢えて渡すことも厭わないジダン。バルベルデを一列前に押し出し3バックにぶつけるハイプレスを見せながらも、ヴィニシウスとベンゼマを前残りさせる[5-3-2]ブロックを敷いて深い位置への侵入を許さず、カウンターからチャンスを狙います。

ボール保持の局面では基本的な狙いは1stlegと変わらず。カゼミーロが落ちていたところにラモスが入り、モドリッチとクロースが低い位置で捌く(この試合はモドリッチがAc気味に振る舞っていました)ことで相手のプレスを誘発。イスコがそうしたように中盤背後のスペースを使ってプレスを空転させる狙いです。ベンゼマが3バックの中央CBをピン留めし、ボール保持時の初期位置は右サイドに張るバルベルデが、フリーマン的に自由に動きながら中央のスペースに入り受け手となることで、相手左CBはそこまでついていけずプレス回避に成功。擬似カウンターからもゴール前へ迫ります。ボールを失っても近くにバルベルデがいるため、ネガティブトランジションからピンチを迎えるシーンはほとんどありませんでした。そしてやはり、この試合でもモドリッチクロースの相手ボランチを剥がす技術の高さは芸術的でした。

多くの決定機を生み出したのはこうした試合展開で輝くヴィニシウス。疲労を抱える主力たちをアグレッシブなプレーで牽引しました。途中出場のアセンシオも得点という結果を残すなど、総合的に見てこの試合のジダンの采配は素晴らしかったと思います。


満身創痍:[4-3-3]

チャンピオンズ・リーグ準々決勝の対リバプール、ラ・リーガではアトレティコ・マドリードが急失速したため勝てば優勝の可能性が出てくるクラシコと、怪我人が絶えないかなり厳しい状況の中地獄の三連戦を迎えます。3バックも予想されましたが、ヴァランのさらなる離脱によりここにきていつもの[4-3-3]で勝負。しかしリーグ戦とは戦い方を変え、その中である選手がバスケスに次ぐ覚醒を見せます


チャンピオンズ・リーグ準々決勝vsリバプール1stleg◯3-1

vsリバプール①

ラ・リーガ第30節vsバルセロナ◯2-1

vsバルセロナ②

チャンピオンズ・リーグ準々決勝vsリバプール2ndleg△0-0

vsリバプール②

アタランタとの第二戦で見せた低重心の戦い方による成功体験にこのコンペティションでの勝機を見出したのか、ジダンは立ち上がりこそ積極的にハメに行きましたが次第に[4-1-4-1]ブロックで手堅くスペースを塞ぎ、スピード溢れるリバプールの攻撃陣の良さを消すサッカーにシフト。それに伴いボールを奪う位置は低くなりますが、モドリッチとクロースが抜群のボールテクニックで相手のゲーゲンプレスを無効化。また彼ら以外の選手たちも長いボールでプレスラインを切るサイドチェンジが効果的にできており、ここの部分でリバプールとは大きな差が。後ろで落ち着いてボールを持てるように。

リバプールの失敗は、落ちるクロースをナビ・ケイタが放置してしまったこと。得意のプレスが機能せず、ハイラインの裏に蹴り込まれるクロースのロングボールにヴィニシウスが反応する形から2得点。リバプールは直前のリーグ戦で怪我人の関係でCB起用が続いていたファビーニョをAcに置き直し安定感を取り戻していましたが、敢えて彼の周辺エリアを使わず頭の上を越すボールを用いることで勝機を掴みました。

続くバルセロナ戦でマン・オブ・ザ・マッチ級の活躍を見せたのが右WG起用のバルベルデ。わかっていても止められないメッシ→ジョルディ・アルバのホットラインをマンマークにより封鎖。奪っては素早い持ち運びで右サイドを制圧し、ベンゼマのゴラッソによる先制点の起点となりました。

バルベルデが落ちて5レーンを埋めるため右サイドは押し下げられ、それによりバルセロナはラングレの持ち運びから縦パスを狙います。しかしモドリッチがうまく背中でパスコースを消し続けたことで攻撃を停滞させ、カウンターからこの試合でもヴィニシウスが躍動ベンゼマがポジティブトランジションの起点となり、相手の[3-5-2]の3バック脇(WB裏)を徹底して狙って、ヴィニシウスが得たFKからクロースがクラシコ初ゴールを沈めました。後半は相手が[4-3-3]に修正し一点を返されるも、何とか逃げ切り勝利。見事クラシコダブルを達成しました。

満身創痍の三戦目。クラシコで無念の負傷交代となったバスケスに変わり、負傷を抱えたバルベルデが右SBで使われます。疲労が極限状態に達したこの試合では第一戦と同じようには行かず、クロースまで圧力をかけるハイプレスに苦戦し悉くチャンスを作られるも、クルトワ、ミリトン、ナチョ、カゼミーロが驚異的なパフォーマンスでギリギリのところでゴールを死守。後半は相手の勢いも落ち、そのまま試合は動くことなく二試合合計3-1で準決勝進出を果たしました。

この三試合で救世主となったのはヴィニシウスもそうですが、間違いなくミリトンでしょう。恐るべき身体能力でクロス対応やデュエルにおいて圧倒的な存在感を発揮。持ち運びやロングボールのレベルも高く、ヴァランとラモスの不在を全く感じさせない完璧な出来でした。冒頭の方で述べましたがナチョとの相性が良かったことも要因として挙げられます。前で潰す守備も身につけた印象でした。ちなみに35歳モドリッチは三試合ともフル出場

どの試合もハイプレスをかける時間帯は短く、素早いリトリートと中央四人を中心とした強固なブロック守備により掴んだ勝利でした。なぜジダンは、チェルシーとの大一番で突如ハイプレスに出てしまったのか理解に苦しみます。


奇策:[3-5-2]

今シーズン最大のビッグマッチとなったチェルシー戦。第一戦でのジダンのミス、重いアウェイゴール、第二戦での奇策。最後にこれらを振り返りましょう。


チャンピオンズ・リーグ準決勝vsチェルシー1stleg△1-1

vsチェルシー①

[3-5-2]と表記しましたが、第一戦は立ち上がりからモドリッチを一列前のリュディガーにあてる[3-4-3]での同数ハイプレスで主導権を握りにかかります。カゼミーロがチェルシーのビルドアップの核であるジョルジーニョをかなり警戒しており、高い位置まで出て潰す意思が見えました。しかしそこで輝いたのがカンテ。マンツーマンは、大前提として全員が良いコンディションを保っていること、目の前の相手との勝負に勝つことが必要になってきます。同じく[3-4-3]と[3-5-2]を使い分ける(メイソン・マウントが攻守に渡って中盤と前線を行き来)チェルシーは、主に右サイドのカンテとアスピリクエタがワンタッチの連携でプレスを剥がし、モドリッチとともに前へ出るカゼミーロ周辺の広大なスペースにタイミングよくボールを供給し続けました。多くの怪我人を出し疲労困憊の中人と人との勝負に持ち込むのは少し無謀に感じました。それでも、カンテのプレス回避とセカンドボール回収は異次元でした。ここを潰せず、2シャドーに前を向かれて擬似カウンターから何度も大ピンチを迎える展開に。

クルトワのパラドンにより持ち堪えますが、明らかにレアル・マドリードの選手たちは混乱しており、結局は皮肉なことに、擬似カウンターではなく誰もプレスに行けなかったリュディガーからのロングパス一本で中途半端な高さの最終ラインを破られ失点。その後も背後を恐れる最終ラインと前から行きたい攻撃陣のギャップを突かれピンチが続きます。ベンゼマが何もないところからゴラッソを生み、なぜか同点で折り返すことに成功しましたが、奇跡的でした。

メンディの怪我が大きかったのではないでしょうか。ヘタフェ戦などラ・リーガの格下相手に通用したWBマルセロですが、守備面での脆さだけでなく、カンテを中心としたプレスの餌食に。やはり衰えを感じさせるパフォーマンスとなってしまいました。

案の定ジダンは後半ハイプレスをやめ、[5-3-2]もしくは[5-4-1]のブロック守備に変更して試合を落ち着かせます。そのまま試合を終えますが、この試合で奪われたアウェイゴールが重くのしかかり、戦略的に不利な状況に立たされ、あの「奇策」に至ったのだと推測されます。

チャンピオンズ・リーグ準決勝vsチェルシー2ndleg×0-2

vsチェルシー②


ブロックを敷けば固い守りを見せるレアル・マドリードですが、勝ち進むには最低でも一点が必要。とはいえ1stlegの失敗も頭をよぎります。結果、守備はミドルプレスに変更し点をとるためにアザールに賭け、守備負担を考慮してかベンゼマとの2トップに。スーペルコパで[4-2-3-1]は失敗しており、ラモスが復帰したということもあって[3-5-2]で再び勝負します。しかし、全員が怪我により右WB不在の状況で、不慣れなヴィニシウスが起用されます。

アプローチ自体は間違っていませんでした。チェルシーの立体的な前五枚のプレスを掻い潜り、固い最終ラインに到達するために活路を見出したのは2シャドーの背後のスペース。ボール保持時にミリトン、ナチョをサイドレーンまで開かせ、ラモスの左にカゼミーロを落とし、ハヴァーツの背後にナチョがドリブルで持ち上がるもしくはクロースが流れることで、カンテをこのスペースに釣り出します。そこで空いてくる中央のスペースに侵入しようという意図です。

実際、前半は中央から枠内へのミドルシュートを三本打ちました。しかし、得点期待値の高い場所からシュートを打つには、カンテをゴール前から遠ざけた上で3バックの脇の選手を釣り出し、さらにその背後をアタックすることが求められます。ベンゼマや期待されたアザールは幅広く動いてボールを引き出すも、リュディガーやクリステンセンのタイトなマークに苦しみ、前を向くことができず怪我明けのメンディはナチョとレーン被りして消え、逆サイドでアイソレーションしていたヴィニシウスはサポートがミリトンのみかつ不得意な右サイドのため得意の突破も見せられません。対面のチルウェルに手を焼きました。

カンテのフリックを起点に連続してタックルをかわされ、ハヴァーツのループシュートのこぼれ球をヴェルナーに押し込まれて失点。後半も攻めあぐねてイライラが募る展開が続き、焦って攻撃に人数を増やした結果不用意なロストから背後のスペースを突かれる最悪の展開に。このとき中央でラモスとヴェルナーが何度も1対1になるなど、付け焼き刃の3バックでネガティブトランジションの脆さを露呈。クルトワや途中出場バルベルデの決死のブロックで繋ぎ止めるも、85分についに決壊。間延びしたスペースでセカンドボールを拾ったのは、またしてもカンテでした。

奇策を決意したならば、絶対に勝たなければなりませんでした。1stlegも含めて、あの三連戦を乗り越えたいつもの[4-3-3]で臨んでいればどうなったでしょうか。それでも勝ち進める可能性は低いと言えるほどチェルシーは強かったですが、これでは「ジダンはヴィニシウスを犠牲にし、アザールと心中した」と批判されても仕方がないでしょう。マドリディスタたちにとっては後悔の残る敗退でした。


ラ・リーガ第38節vsビジャレアル◯2-1

vsビジャレアル

ハイプレスがはまらず擬似カウンターをもろに受けて先制点を許し、攻めあぐね続けるも今シーズン全盛期とも言える働きを見せたベンゼマモドリッチの個の力で劇的逆転勝利。今シーズンを象徴するような最終戦で、ラ・リーガのタイトルには手が届かず無冠が決定するも、最後の最後でマドリディスモを見せジダンのラストマッチに花を添える形となりました。


おわりに

総括と言っておきながらジダンの采配をただ振り返るだけとなってしまいましたが、文字数もとんでもないことになっており(本当にすみません)これで終わりたいと思います。ビッグマッチでは驚異的な勝負強さに加え戦術的な引き出しも見せたジダンですが、最後まで引いてくる相手に対する攻撃の構築はできず。とはいえ、バスケスやミリトン、優秀なカンテラーノたちが台頭するなどポジティブな要素もあったシーズンでした。

戻ってきたカルロ・アンチェロッティ新監督が見せるフットボール、来シーズンのレアル・マドリードを楽しみにしたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。


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