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ライフエンディング領域(DeathTech)での起業をじっくり考える

はじめまして、シードVCのジェネシア・ベンチャーズでインターンをしている水谷圭吾(@keiggg_gv)と申します。

本noteでは、起業家や起業を検討している方向けに、現状あまり陽の目を浴びていないライフエンディング領域(DeathTech??)について、国内外のスタートアップ事例を踏まえながら、そこに眠る事業機会や領域ならではの特徴について、現時点での考えをまとめました。

特に「ライフエンディング領域での起業の勘所」では、自分なりの仮説を多く盛り込んだため、ぜひ一度目を通していただきたいですし、「いや、自分はこう思うけどな」といった批判的思考を持ちながら読んでいただければ、起業を検討されている方にとってある種の頭の体操にもなるかと思います。

私がこの領域に注目したきっかけは、親を亡くした際の知人の話を聞いたことです。悲しみにくれる中で、遺族がこなすべきたくさんの、しかも古めかしいタスクに辟易し、非常に大変だったと話されていました。

大切な家族を亡くしたことによる精神的苦痛は多くの人が感じるものです。家族の喪失は頻繁に起こるものではなく、さらに、その悲しみを共有できる人は限られるため、遺族は経験したことのないような悲しみに自力で立ち向かうことになります。

そんな悲しみの中で、様々な手続きに奔走することは容易でないことは明らかです。もしそれらのタスクをテクノロジーによって簡易に、より効率的に、より安価にできれば、それは多くの人の大きなペインの解決に繋がると思うのです。

ライフエンディング領域のマーケット概況

令和2年版 厚生労働白書によると、国内の年間死亡者数は2040年まで増え続けることが見込まれています。

また、日本では『終活』という言葉が2009年に登場して以降、死について語ることは特別なことではないという認識が広まっています。自分らしい最後を迎えるとともに、親族にかかる負担を軽減するため、終活を進める方が増えている印象です。

これらのことから、葬儀の小型化などは進んでいるものの、少子高齢化が進む日本にとって数少ない「絶対的なマーケットが大きくなっている領域」と言えます。

令和2年版 厚生労働白書より

マーケットの拡大を受け、2015年より葬儀・埋葬・供養の専門展示会であるエンディング産業展が開催され、毎年2万人以上の来場者と300社以上の出展があるかなり大規模な産業展となっています。

https://ifcx.jp/

エンディングビジネスはマーケットの拡大が非常に明らかな領域ですが、既存のペインを解決するテクノロジーや参入するスタートアップは多くありません(エンディング産業展の出典企業を覗いてみてください)。

日本は世界で最も高齢化が進んでいる国であることは周知のとおりです。これは、エンディングビジネスの国内市場が大きい事を示すだけでなく、課題先進国の日本で生まれた革新的なサービスが将来的にグローバルに使われる可能性も十分あると考えています。

(ライフエンディング領域で包括的に多数の事業を持つ上場企業「鎌倉新書」は終活や葬儀に関する市場調査を行っておられ、市場の全体感を捉える上で非常に参考になります)

DeathTechが解決する課題

ライフエンディング領域の事業を分類すると
・エンドユーザーは高齢者自身か、それともその家族か
・ターゲットとするイベントは何か(終活関連か、遺産相続、葬式、埋葬など遺族の業務か)

によって分けることができます。

「終活」という言葉に含まれる活動には以下のようなものがあります。

  • 生前整理

  • 遺言書作成

  • 資産や財産の把握

  • お墓・葬儀の準備・意思表示

  • いざという時の意思表示(臓器提供など)

近年では「デジタル終活」という言葉も登場しています。これは、あらゆるアカウントのパスワードをどこかにまとめて保管したり、パソコンやスマホに保存している情報のアクセス権をどうするのか、などを確認することです。

同様に、遺族がすべきことには以下のようなものがあります。

  • 葬儀・埋葬の手配

  • 故人の友人・知人への連絡

  • 遺産相続、遺品生理

  • 相続税の申告

  • 死亡届や国民年金の資格喪失届など、あらゆる書類の提出・申請

上にあげたような多くのアクションは、ほとんどの人が未経験であり、手探り状態で進めていく必要があります。
近年、このような終活や遺族のタスクをより効率的に進めるため、デジタル技術を活用したソリューションを提供するスタートアップが少しずつ登場しています。

DeathTechスタートアップ事例

遺言作成・遺産相続のDX Farewill

2015年創業  累計$35M調達

イギリスで2015年に創業されたFarewillは、「遺言作成」「海外財産の遺産相続・分割のサポート」「葬儀・火葬の手配」をオンライン上で、しかも圧倒的に安く早く完結できるサービスを展開しています。

デジタル遺言の作成には、他にも米スタートアップのEverdaysCakeなどのプレイヤーがいます。日本では、現時点ではデジタル遺言は法的効力を持ちませんが、将来的には法的効力を持つようになると予想できます。

相続について、Farewillがサポートするのはプロベートと呼ばれる海外財産の遺産相続・分割ですが、国内ではAGE Technologiesが、不動産の相続を簡易にする「そうぞくドットコム 不動産」というサービスを提供しています。

デジタル終活支援 GoodTrust 

2020年創業 累計$7M調達

GoodTrustは「デジタル終活」に焦点を当てたスタートアップで、亡くなった大切な人のデジタルレガシーに親族が対処するのを支援するサービスを提供しています。生前に、ユーザーは自分が使っているオンラインサービスをリストアップし、死後、データを消去するのか、誰かに転送するのかなどを決定できます。

毎月数万人の新規ユーザーがGoodTrustに登録しています。基本サービスは無料で、多数のアカウントやドキュメントを持つユーザー向けのプレミアムサービスは、月額6ドルまたは一括払い499ドルとなっています。

高齢者であってもパソコンやスマホを持っていることが当たり前になりつつある現代において、同様のサービスは国を問わず大きな需要があると考えますし、機密情報を多く持つエグゼクティブなどはこのサービスを利用するインセンティブがかなりあるのでは、と思います。

新たな樹木葬の提案 Better Place Forests 

2015創業 累計$72M調達

Better Place Forestsはお墓に代替する新しい遺骨の弔い方を提案し、アメリカでユーザーを伸ばしています。

同社が提案するのは、遺族が墓石ではなく木を選定し、その根元に遺骨/遺灰を巻き、その木を墓石のように扱う、という樹木葬です。同社は森を丸ごと購入し、木を墓石のように売り出していて、大きく太い木であればあるほど高額になります。

何となく自分も死んだら墓石に入るものだと思っていましたが、そこにこだわりは特にありません。今までは選択肢がなかっただけで、今後より安く、より参拝しやすい埋葬法が誕生すれば、いままでの弔い方を踏襲する必要はないと感じる人が多いかもしれません。

新しい弔い方の提案としては、遺灰に含まれる炭素からダイアモンドを作り出すEternevaなどのプレイヤーがいる他、そもそも火葬自体を見直し、より環境にやさしい葬送の手段として「堆肥葬」を提案するRecomposeというスタートアップもいます。

火葬すると、一回当たり200㎏の二酸化炭素(乗用車は1000km走行で130kgほど)が排出されるらしく、より多くの人が環境保全への強い課題意識を持てば、環境への負荷が小さい葬送が今後ますます魅力的になるのかもしれません。

ライフエンディング領域での起業の勘所

ライフエンディング領域での起業を考えるにおいて、他領域と比較した際に特徴的な要素を紹介します。

死という出来事が1回きりであること

近年、あらゆるビジネスは「どう買ってもらうか」という一回限りの購入体験ではなく、「どう継続して使ってもらえるか」を考えることが売り上げを最大化させるために大切になっています。その典型例はSaaS業界で、Life Time Value(顧客生涯価値)が業績を測る上で重要な指標となっています。

言うまでもありませんが、人の死は一回限りの出来事です。
ライフエンディング領域では、購入後や導入後のアップデート及び継続的なサポートにより顧客に価値を感じてもらい、お金を継続的に出してもらうというビジネスモデルの実現は難しいと思われます。

ここから導かれる戦略として
サービスラインを増やし、終活から遺族サポートまで包括的にビジネスを行うことで顧客との接点を増やす
というものが考えられます。

2022年1月にシリーズEで35億円超の大きな資金調達を実施した葬儀ITスタートアップの「よりそう」の事例を紹介します。本調達のプレスリリースの中で、その資金使途について

終活・お葬式・ご供養・相続まで包括的に提供する「ライフエンディング・プラットフォーム」構想を強化するとともに、新規事業創出及び認知拡大に努めます。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000059.000016513.html

と説明されています。現在のメイン事業であるお葬式のマーケットプレイスだけでは、顧客とのタッチポイントがどうしても限られるため。お葬式を軸として、その前の段階である終活や、お葬式後の供養・相続までサービスラインを広げることで、顧客との接点を増やす戦略を策定したのだと思われます。

どこか一つの課題に対するソリューション(Ex.遺族のメンタルケア)となるサービスから始め、ユーザーを獲得するにつれて、その前後の課題を解決するサービスを展開する、という戦略は考えられそうです。

メインのターゲットが高齢層であること

ライフエンディング事業において、そのサービスのエンドユーザーは終活をする高齢者自身か、その親族・遺族のどちらかです。他の領域よりもユーザーが高齢であり、非デジタルネイティブの方々に対しダイレクトマーケティングによってサービスを認知・利用してもらうのは非常に難しいことが予想されます。

高齢層にデジタルサービスを使ってもらうには、2つの戦略が考えられます。
一つ目は、ターゲットとなるユーザーのカスタマージャーニーを描き、ターゲットと必然的に接点を持つ既存のプレイヤーにそのサービスを使用してもらうこと、
2つ目は、高齢者の娘・息子や孫を起点としてサービスの利用を促すこと、
というものです。

一つ目の戦略は、freeeやマネーフォワードが、中小企業の取引先である会計事務所や税理士事務所と組むことで顧客を増やした事例が参考になります。

遺言書には主に自筆証書遺言と公正証書遺言の2種類があり、公正証書遺言を作成するための手続きや必要書類の収集はかなり大変で、行政書士や司法書士・弁護士に作成を依頼するケースがあります。
行政書士事務所などと組むことができれば、行政書士事務所を一種の販売代理店として、事務所に遺言作成を依頼した方にサービスを利用してもらえる可能性が高いでしょう。

行政書士事務所などの他に、銀行・信託銀行もエンディングビジネスにおいて重要なプレイヤーです。銀行や信託銀行は、遺言書作成の相談から遺言書の保管、そして執行まで相続に関する手続きをサポートする遺言信託というサービスを提供しています。遺言信託は、最低でも150万円程度かかるのが相場だそうです。
(2021年だけでもUFJ信託、三井住友銀行、りそな銀行がCMで、相続は面倒→我々におまかせを!というテレビCMを制作しています。このことは、多くの人が相続に対するネガティブなイメージを持っていることだけでなく、金融機関にとって相続周りのビジネスが大きな事業機会であるということも同時に示しています。)

https://www.youtube.com/watch?v=0MRuHevmRc8

家族信託のDXを進めるファミトラは,、2021年12月に14億円の資金調達を実施しました。本調達では東京海上日動火災保険やみずほ銀行が出資しており、プレスリリースの中でもこのような記載があります。

資産管理に悩む方々との接点となる保険会社や銀行、介護事業者、証券会社、不動産会社、資産運用アドバイザー、税理士から強く反響を頂いており、そうした多様なステークホルダーとのより一層の連携施策に取り組み、「家族信託があたりまえの選択肢になる世界」を目指してまいります。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000072234.html

この記載からも、比較的高齢者層にデジタルサービスを認知・利用してもらうためには既存のステークホルダーとの連携が重要であると言えます。

次に二つ目の戦略である、高齢者の娘・息子や孫を起点としてサービスの利用を促すという戦略について自分の考えを述べます。

エンディングビジネスにおいて、終活を進める高齢者自身にマーケティングするのではなく、その子どもや孫に対しマーケティングをかけ、彼らを通じてそのサービスを認知・利用してもらうことで効率よくマーケティングを進められるかもしれません。

また、その中でも一つの戦略として、複数の世代をまるごとユーザーに取り込み、サービスの1つとして終活や遺族サポートを織り込む、というのも考えられます。

複数の世代が共通で使用するサービスといえば、子どもの写真や映像を共有する「みてね」などが浮かびました。子どもの写真の共有がメインであるサービスがライフエンディングに関するサービスも始める、というのはさすがに抵抗が大きい気がしますが、将来的に家族間のあらゆる情報を共有できる連絡アプリのようなものが普及すれば、その中のサービスの一つとして終活や遺族サポートのサービスがあってもおかしくないな、と思いました。

事業のネタ [総合遺族サポートアプリ] 

自分もライフエンディング領域での事業のネタを考えてみました。

事業のネタ概要

私が提案するのは、
遺族のすべき煩雑な手続きを一部代替し、週ごとのタスク管理を行いながら、遺族のためのメンタルケアも受けられる総合遺族サポートアプリです。

人が亡くなったとき、遺族は悲しみの中で煩雑な手続きに追われることとなります。必要な手続きには以下のようなものがあります。

1 死亡届出の提出
2 火葬許可申請書の提出
3 世帯主の変更
4 健康保険の資格喪失届出
    医療保険制度の概要
    協会けんぽ(全国健康保険協会)の相続手続
    国民健康保険の相続手続
    後期高齢者医療保険の相続手続
5 国民年金・厚生年金の資格喪失届出
    国民年金の相続手続
    厚生年金の相続手続
    年金受給権者死亡届の提出
6 住民票の除票の取得
7 遺産分割前の預貯金の払戻し(※必要があれば)
8 その他の相続の手続き

https://xn--eny02btzkf1v.family/posts/souzoku-tetsuzuki/27より

この中で、死亡届出や健康保険の資格喪失届出などは提出期限が短く、悲しみの中で遺族は手続きに奔走することとなります。
また、以上の手続きは最低限のものであり、実際には退院手続き、葬儀・火葬の手配、親戚・知人への連絡などの業務を並行して行う必要があります。
さらに、これらの業務はデジタル化されていないものが多く、一つ一つの手続きにかなりの時間を要することが予想されます。

今すべきタスクを週次ベースで管理して、そのタスクの実行を促したり支援したり、あるいは代替するサービスは、悲しみの中でやったことのない手続きに奔走する遺族にとって利用する価値があるのではないでしょうか。

また、専門家にいつでもチャットで相談できる機能や、他のメンタルヘルスケアアプリと連動し、いつでも心理的サポートが受けられる機能などがあっても面白いと考えています。

今後、そうぞくドットコム不動産のような、遺族の手続きを代替するサービスが登場したり、Better Place Forestsのような新しい埋葬の形式が登場すれば、マーケットプレイスとしての役割も果たせそうです。

収益源としては、このサービスの継続利用そのものに利用料をとるか、マーケットプレイス型で送客につき単価の数%をもらう、あるいは掲載料をとるといったものを想定しています。

タスク管理からグリーフケアまで行う海外スタートアップ Empathy

この事業アイデアは、イスラエル発スタートアップのEmpathyのビジネスを参考にしています。Empathyは2020年7月に創業し、アメリカでユーザーを伸ばして創業後数カ月で$13M調達、累計$44M調達している急成長中のスタートアップです。

↓週ごとにすべきタスクを提示してくれる機能や

↓GoodTrustのような、故人が利用していたアカウントやサブスクサービスの停止をサポートしてくれる機能もあります

まとめ

今回はライフエンディング領域の事業機会についてお伝えしました。まだまだ勉強不足で見当違いな内容もあるかと思います。ぜひコメントやDMでご意見をお聞かせください。
また、この領域での起業を検討されている方などいらっしゃいましたら、ぜひお気軽にDM(@keiggg_gv)いただき、お話させていただきたいです。私はしがないインターン生ですが、ジェネシア・ベンチャーズのキャピタリストにお繋ぎすることももちろん可能です。

さいごに

ジェネシア・ベンチャーズからのご案内です。もしよろしければ、TEAM by Genesia. にご参加ください。私たちは、一つのTEAMとして、このデジタル時代の産業創造に関わるすべてのステークホルダーと、すべての人に豊かさと機会をもたらす社会、及びそのような社会に向かう手段としての本質的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の実現を目指していきたいと考えています。TEAM by Genesia. にご参加いただいた方には、私たちから最新コンテンツやイベント情報をタイムリーにお届けします。

最後までお読みいただきありがとうございました!

#起業 #VC #スタートアップ #事業機会 #ライフエンディング #終活 #DeathTech

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