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HRテックとフィランソロピーDX

はじめまして。シードVCのジェネシア・ベンチャーズでインターンをしている水谷圭吾(Twitter)と申します。

本記事では、フィランソロピーを活用したHRテック領域の事業アイデアについて、海外スタートアップの事例も織り交ぜながら私なりの仮説を共有します。

本記事を内容をまとめると

  • 今後、従業員の働きがいやエンゲージメントを最大化するHRサービスの重要性が高まるはず

  • 働きがいやエンゲージメントの最大化には、社内で良好な対人関係が築かれていることが条件

  • ボランティアや寄付(≒フィランソロピー)を起点として、社内コミュニティ形成や従業員同士の深い理解を促すサービスって面白そうじゃないですか?

という話をしています。

本記事の中盤以降で私が提案する事業アイデアは、より多くの人にとって働きやすい環境の形成に寄与するサービスです。
個人的に、多くの人がメンタルヘルシーに働き、かつ働きがいを感じられる社会を強く望んでおり、また「幸福は何によってもたらされるか(幸福学??)」について学問的な関心を持っているため、この領域のサービスには特に注目しています。従業員の働き方をアップデートするサービスに関心がある方、企業の人事部やPeople Experienceチームの方、ぜひディスカッションさせてください。

HRテック概要

HRテックとは、日本ではfreeeやSmartHRに代表されるような人事業務を効率化するテクノロジーのことです。
昨年Scrum Venturesより発売されたHRテックスタートアップのレポートでは、HRテックを

  • 「How We Find Work / Talent」- 仕事探しから採用プロセスまで

  • 「Where We Work」- どこで働くか?働く場所のテクノロジー

  • 「How We Collaborate」- オンラインのコラボレーションツールなど

  • 「How We Work Better」- プロジェクトマネジメントツールなど

  • 「How We Stay Engaged」- 社員教育や評価のツール、福利厚生システムなど

  • 「Cross-industory Tech」- AIやロボットなどインダストリー横断のテクノロジー

の6つに分類しています。

https://scrum.vc/ja/2021/03/08/press-release-2021-03-09/

HRテックはユニコーンが無数に生まれている領域でもあり、2020年のHRテックへの投資額はアメリカ国内だけで$11B(約1兆2000億円)を超えているとの報告もなされています。
上記のカオスマップで言うと、左やや下の「Onbording/Payroll」内にある、グローバルチームへの給与支払いを効率化する【Deel】が昨年$425Mの調達を行っていたり、右上の「Employee Benefits」内にある、HR領域全般の効率化に加え従業員のデバイス管理やSaaSアカウント管理を自動化する【Rippling】は昨年$250Mの調達を行っています。

Ripplingのサービス

余談ですが、今年1月に発表されたラクスルの第4の新規事業【ジョーシス】はRipplingのIT Cloudサービスとかなり近そうです。

HRテックの潮流

現在、HRテックの中で最も多くの資金が集まっているのは、【採用】【給与支払い】【タレントマネジメント(従業員の管理)】であると認識しています。
従来の人事業務の自動化・効率化のニーズは今後も当然存在し続けると思いますが、テクノロジーがHR業務にに新たな価値を生み出すとすれば、それはどんなものでしょうか。
HRテックに求められる要素を考えるとき、メルカリのHRグループのミッションが参考になりそうです。

メルカリのHRグループのミッション

https://mercan.mercari.com/articles/2016-06-07-123000/

結局、どんな組織であれ、HRグループのミッションはこの3つのポイントに集約されるのではないでしょうか。今後もこの3つのポイントの達成に貢献するHRテックが強く求められていくのだと思います。

私はこの3つのポイントの中でも特に、【2. メンバーが思い切り働ける環境をつくること】に貢献するようなHRサービスに注目しています。
思い切り働ける環境とは、従業員が十分に働きがいを感じ、企業に対するエンゲージメントも高い状態でこそなり得るものだと考えています。従業員の感じる働きがいやエンゲージメントを最大化するような、Work Experience全体を改善するサービスが今後日本でより重要視されると予想しています。

優秀な人材の獲得にはどこの企業も苦労されていると予想しますが、日本でもジョブ型雇用が普及し人材の流動性が高まる将来において、従業員に会社を好きになり、働き続けてもらうことの価値はますます高まっていくことは間違いありません。

また日本は他国に比べ、仕事に熱意をもって働く人の割合が少ないと言われています。多くの人々が生き生きと働けていない現状があるとすれば、Work Experienceの改善は大きな社会的意義も持つはずです。

働きがいを最大化するためのドライバー

では、働きがいは何によってもたらされるのでしょうか。
毎年働きがいのある会社ランキングを発表しているGreat Place To Workは、働きがいは働きやすさとやりがいによって構成されると説明しており、私もこの説明に共感しています。

また、ハーズバーグの二要因理論を用いると、やりがいは動機付け要因、働きやすさは衛生要因に分類されます。

上の図の様々な要素は働きがいを得るためにどれも大切ですが、長く働いてもらうという観点で重要であり、かつテクノロジーによって改善がしやすい要素として、仕事上の対人関係、特に社内の対人関係が重要なドライバーではないかと考えています。

私はまだ企業で正社員として働いた経験はありませんが、今まで所属してきたアルバイト先やサークルを思い出してみると、その仕事が面白いから続けられたというパターンと、仕事はつまらなかったがそこにいる人が好きで続けられていた、というパターンがあります。

テクノロジーを用いて社内の対人関係をアップデートすることができれば、従業員の会社に対するエンゲージメントを大きく高められないでしょうか。

社内の対人関係が良好であることが社員の定着率に関わることは、現在、大企業/スタートアップ問わず社員同士の交流を深めるために様々な施策が講じられていることからも読み取れます。
社員同士の週1ランチを無料にしたり、最近話題になったサントリーの【社長のおごり自販機】などは社員の交流を深める施策の一例です。

https://www.ssnp.co.jp/news/beverage/2021/10/2021-1020-1144-16.html

社内の対人関係をより良くするテクノロジー

では、社内の対人関係をより良くするサービスとして、現状どのようなものがあるのでしょうか。

ピアボーナス

社員同士で感謝や賞賛の意を換金可能なポイントを介して伝えることができるピアボーナスは、社内の対人関係をより良くするサービスの代表例です。国内ではUniposが2021年に上場しています。

ピアボーナスを導入することのメリットは大きく2つあります。
一つは社員の目に見えない働きが可視化されることです。現在普及しているピアボーナスサービスの多くでは、誰から誰にポイントが送られたのかを他の社員が見ることができます。これにより、今までは他の人には知ってもらいづらかった縁の下の貢献にも光が当てられ、そのこと自体がモチベーションアップに繋がる上、小さな貢献を行うモチベーションももたらされます。

二つ目は、アクションに対するフィードバックが即時的であることです。従来の評価のように、半期に一度や一年に一度などの決められたタイミングではなく、いつでもポイントを送り合うことができることで、アクションに対するポジティブな評価がきちんとなされ、モチベーションアップに繋がります。

海外では、Hey!TacoやBounuslyなどの既存プレイヤーがいる他、最近Awardcoというスタートアップが昨年シリーズAで$65M調達するなど爆速で成長しています。

余談ですが、UniposはもともとUnipos社(元の名前はFringe81)の社内制度として存在していたそうです。10年以上進めてきた主力のネット広告事業を畳み、社名もFringe81からUniposに変更…事業のタネってどこにあるか分からないですね。

https://media.unipos.me/peer-bonus

社内1on1

KAKEAIやTeamUpなどが提供しているのが、社内での1on1を効率化するサービスです。

リクルートでは、リーダーとその部下がカジュアルに1on1する「よもやま」というカルチャーが根付いているそうですね。

https://www.teamup.jp/column/interview/recruit-lifestyle/

社内SNS

社内SNSを導入することによって、同じ会社の人について詳しく知ることができ、コミュニケーションがとりやすくなるでしょう。ただ、社内SNSを日常的に使ってもらうというのは少し難しそうな気もします。

国内ではTUNAGを提供する株式会社スタメンが2020年に上場しています。

https://tunag.jp/ja/feature/

「ピアボーナス」「社内1on1」「社内SNS」を紹介しましたが、社内の対人関係をより良くするテクノロジーにはまだまだ他の方法がありそうです。

ここからは、個人的に日本でも展開可能性があると感じている、ボランティアや寄付活動を起点としてコミュニティ形成を促す新しいサービスを紹介します。

ボランティアや寄付のハードルを下げ、社内コミュニティを形成する【Deed】

Deedは従業員のボランティア活動や寄付を促進するプラットフォームを提供するスタートアップで、本格的なサービスリリースは2020年と最近ながら、既にAirbnbなど先進的な企業での導入が相次いでいます。

Deedは企業が社会的責任を果たすことを通じて従業員のエンゲージメントを高めるという点で画期的なサービスです。

従業員はプラットフォーム上で『〇〇地方の災害に対し寄付金を集めたい!』というように、ボランティアや寄付の案件を立ち上げることができます。 また、従業員は立ち上げられた案件の中から自分の参加したいものを選ぶことができます。他の従業員の参加状況が確認できたり、他の従業員を招待できたりと、本プラットフォームを用いることでボランティアや寄付に対するハードルがグッと下がります。

プラットフォーム上では誰がどの案件に参加しているのかが見える化されるため、社内で共通の課題意識を持つ人を見つけやすくなります。 結果、社内コミュニティ形成が促進され、従業員のエンゲージメント向上が期待できるのです。

個々の従業員にとって社内コミュニティへ所属していることは、従業員の定着に大きく寄与しそうです。 例えばGoogleには複数の社内コミュニティが存在します。メルカリでも、Women@mercariなどの社内コミュニティが誕生し、定期的にミーティングをして日々の悩みを打ち明け合ったりイベントを企画したりしているようです。

現在、リモートワークの普及により、社内に仲の良い人を見つけにくくなってしまい、それが退職に繋がっているという状況も予想され、従業員のコミュニケーションを活発にしたいと考える人事担当者は多いのではないでしょうか。

事業アイデア:フィランソロピーSaaS

Deedと同様のサービスは日本でも十分展開可能性があると思います。ここからは、Deedのプロダクトを参考にした事業アイデア【フィランソロピーSaaS】を提案します。

日本では企業の規模に関わらず、フィランソロピーやメセナという名前で様々な社会的活動がなされています。フィランソロピーとは企業の社会的な公益活動全般のことを指し、メセナとはその中でも文化的活動に対する支援を指します。企業が美術館を所有したり、コンサートを主催したりするのはメセナの典型例です。

現在、フィランソロピーやメセナのために割かれている予算の使途は社内のどこかの部署が決め、他の多くの社員は使途の意思決定に関わることはまずありません。

私の提案するフィランソロピーDXでは、予算の使途は従業員に委ねられます。従業員により提案され、従業員による投票で選ばれた支援先に、会社からお金が流れるのです。
この従業員による提案・投票を行うプラットフォームが今回提案する事業アイデアです。

UXはDeedとかなり似たものを想定しています。従業員はそれぞれプラットフォーム上でボランティア先や寄付先を提案することができ、他の従業員は提案された案件に対し参加や賛同を表明できます。
ボランティアに関しては人が集まればそのボランティアが決行され、会社側はボランティアに係るもろもろのコストを負担します。
寄付に関しては2つのパターンを想定していて、一つ目は各従業員が決められた額の仮想ポイントを持っており、その寄付先に投じられた総ポイント額が会社から寄付される、というものと、もう一つは各従業員が自分の好きな金額を自分の給料から実際に寄付することができ、例えば従業員からの寄付の総額の同等のお金を会社側からも寄付しますよ、というものです。後者は【マッチングギフト】と呼ばれる寄付のスタイルで、欧米企業では一般的だそうです。

Deed同様、プラットフォーム上で誰がどのボランティアに参加しているのか、誰がどこに寄付しているのかが見える化されることで、コミュニティ形成の促進が期待されます。
また、自分がボランティア先や寄付先を提案すれば、自分が何に興味を持っているかを社内に示すことができます。

このサービスを導入することによって社内コミュニティが形成され、おかげで退職者を減らすことができれば、採用に係るコストやチームへもたらす損失を回避できる、ということをセリングポイントにして導入を促す形になります。

企業がフィランソロピーやメセナを実施する目的は、地域社会への貢献や企業の認知向上・イメージアップなど、社外に向けられたものばかりでした。
そんな社外のための活動を社内にも向け、従業員同士の関係改善が期待できるとすれば、取り組まない手はないのではないでしょうか。

フィランソロピーSaaSの戦略仮説

同様のサービスが広く普及するためには、『これを導入すれば本当にボランティアへの参加や寄付がなされるのか?』という導入企業側の最大の懸念点に答えることが必須でしょう。
日本ではアメリカに比べボランティアや寄付がそれほど一般的ではありません。導入したところで誰も使ってくれなければ、もちろん企業がお金を払って導入する意味はありません。
うすれば本サービスを使ってボランティアや寄付がなされ、社内コミュニティが形成されるのかを考え抜き、プロダクトの磨き上げることがやはり一番重要になってきそうです。

プロダクトを作る上で大切だと感じるのは、
①誰もが感覚的に使いやすいようUI/UXを磨き上げること
②ボランティアや寄付の豊富な選択肢を用意すること
③今までボランティアや寄付になじみがない人でも参加したくなる仕組みを作ること
の3点だと思います。

③今までボランティアや寄付になじみがない人でも参加したくなる仕組みを作ること
について、例えばdeedでは、個人単位や部署単位で参加状況がランキングで発表されるようなゲーミフィケーションの要素を取り入れており、ボランティアや寄付に対する動機づけを行っています。

まとめ

今回の記事をまとめると

  • 今後、従業員の働きがいやエンゲージメントを最大化するHRサービスの重要性が高まるはず

  • 働きがいやエンゲージメントの最大化には、社内で良好な対人関係が築かれていることが条件

  • ボランティアや寄付(≒フィランソロピー)を起点として、社内コミュニティ形成や従業員同士の深い理解を促すサービスって面白そうじゃないですか?

という話でした。これからもHRテックのリサーチは続けていきます。私の事業アイデアについての感想など、どんなコメントでも良いのでお待ちしています。(筆者のTwitter)

また、特にHR領域で起業を検討されている方など、ぜひ一度お話させていただいて、一緒に勉強させてください。

ジェネシア・ベンチャーズからのご案内です。もしよろしければ、TEAM by Genesia. にご参加ください。私たちは、一つのTEAMとして、このデジタル時代の産業創造に関わるすべてのステークホルダーと、すべての人に豊かさと機会をもたらす社会、及びそのような社会に向かう手段としての本質的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の実現を目指していきたいと考えています。TEAM by Genesia. にご参加いただいた方には、私たちから最新コンテンツやイベント情報をタイムリーにお届けします。

最後までお読みいただきありがとうございました!



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