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不在と偶発の創造現象 洗濯の失敗、16年の休憩

2024年6月、fOULの過去作がサブスク解禁されました。

それを受けて……ということでもないですが、2021年に仲間内でやっているサークル、不毛連盟の『ボクラ・ネクラ 第四集』(品切れ)に載せていた文章を、若干の修正を加えたうえで公開してみたいと思います。

執筆の動機の一つは、同2021年9月公開の映画『fOUL』を観たことにあります。

『ボクラ・ネクラ』がミステリ評論誌という体裁になっていることと、それ以前に自分自身の当時の興味関心事から、殊能将之とfOULを紐づけていたり、別にfOULが中心というわけでもない、よく分からない変な内容になっているのですが……、個人的にはとても思い入れのある文章です。

なお、2022年7月にfOULは活動を再開。その経緯などはこちらの記事に詳しいです。

それでは次節から本題に入りたいと思います。よろしくお願いいたします…!

不在と偶発の創造現象 洗濯の失敗、16年の休憩


 映画『fOUL』の大部分はライブ映像だ。2021年9月公開の同映画は1994年結成、2005年に活動を休止した日本のハードコア・パンクバンドfOULのドキュメンタリー。休止から実に16年の歳月を経て、その映画は突如として現れた(ように、少なくとも筆者からは見えた)。新たに撮影された本人・関係者のインタビューはごく僅か。大半を当時のライブ映像が占め、曲名や日付、場所を示すテロップすらもない。だが、fOULの特異性を伝えるにはそれで十分だった。少なくとも、観終わった後で「何故、今このバンドの映画を?」と疑問を抱く余地は何処にもないと、言うことができる。谷口健(G,Vo)、平松学(B)、大地大介(Dr)、彼らの佇まいがそうさせるのだった。

 「佇まい」などと書いてはみたものの、結局のところそれは何なのか? fOULの音楽性は形容が難しい。独特な歌唱、難解な歌詞、鉄壁のベース&ドラムに比して浮遊物のようなギター、掴みどころのない旋律。かなり奇妙だが、何故か強く惹かれてしまう。その「何故」を言葉を用いて紐解くことは、ひとまずは音楽批評の領域といえるだろうか。

 2021年3月、音楽メディア・音楽批評の「現在/未来」を考える一冊の本が出版された。加藤一陽『音楽メディア・アップデート考―批評からビジネスまでを巡る8つの談話』は、音楽に関連する8人の書き手・編集者に『音楽ナタリー』元編集長の経歴を持つ加藤がインタビューするという構成だ。いま起きている問題は何か。そもそも音楽メディア/批評は必要か。変わるべきものは何か。各人の語りから、幾つもの新たな視座が投入されていく様には大いに刺激を受けた。全員が全員、それぞれのあり方で熱を帯びていた。一方、少しばかり気になった箇所もいくつかあった。以下は柴那典[i]の発言から引用。

先日、とあるライターが「自分の美学として、お金をもらわないと文章は書きたくない」って言っていて、「だっせえ」って思ったんです。「営みとして書くでしょ」って。[ii]

 こうしたスタンスは珍しいものでもなければ、自ら表明することに何ら批判の余地もない。間違いなく背景には、書き手としての矜持がある。それを分かったうえで、僅かに引っかかりを覚えてしまう。

中2のときにはもう「この世界に行く」って決めちゃったんですよね。書きたいことが山のようにあるから、大学に行く4年間すらもったいない。[iii]

 石井恵梨子[iv]の言葉だ。音楽について書く、それで生きていくと決め、本当に実現させる。その信念に敬服し、畏怖の念を抱く。しかし読了後、そこには打ち消し切れない惑いが残った。山のように書きたいことがある。書くことを営みと出来る。そうでないあり方とは、すでに少なくともこの「音楽批評」という場からは、無くなりつつあるのか?

 全編に渡ってとは言わない。しかし本書では、ある価値観が支配的であるように見えた。それは、音楽メディア/批評の未来を牽引しうる存在は「黙っていても、無償でも書き続ける人」「書かずにはいられない人」である、という価値観だ。多くのインタビュイーが、アマチュアの書き手の存在について言及していた。ブログ、ZINE、note、あるいは文章表現にとどまらない。Podcastで、YouTubeで、個人発の批評的コンテンツは日夜無数に生まれている。こうした状況は、音楽に限った話では全くない。あらゆる分野、領域で発生する個人発の批評的コンテンツは、既存のメディアが掬い上げていくのか。あるいは何らかの新興メディアが、いつかそのうち「驚きの方法」でマネタイズを可能にする仕組みを立ち上げるのか。いずれにせよ、そこに希望の一つは見いだされる。営みとして文章を、音源を、映像を、生み出し続けることができる人達。換言すれば、コンテンツを作ることが“苦ではない”人達。未来は彼らが作る、それは間違いない。しかし仮にそうだとして、その「未来」から捨象されてしまうものは、本当にないのか。

なにかを書こうとして、白紙のファイルに向かって孤独にフリーズしているならこの本のページを繰ってほしい。ぼくらも同じように、それぞれの書けなさを抱えながら悩み、苦しみ、もがいている一人の執筆者なのだから。[v]

 2021年7月に出版された『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』は冒頭、山内朋樹[vi]が書くこの文章から始まる。山内、千葉雅也[vii]、読書猿[viii]、瀬下翔太[ix]からなる4人の対談、実践的文章で構成された「書けない悩み」を主題とする同書が画期的だったのは、仮に商業出版に関わる第一線の書き手であっても、書くことへの「苦しみ」を少なからず抱え、文章を絞り出しているという当たり前の事実に、正面から向き合ったことだ。書くことは苦しい。それが全てではない。だが「書くことは楽しい」も、それと同程度に、やはり全てではない。同書の本領は、苦しみを伴う執筆という行為に対し、活動領域を異にする4人の書き手が、対話を通じて別なるあり方に辿り着こうとする、変容の過程を見せたところにある。彼らの変容はそして、本書の後も続いているだろう。各人のスタイルに正解はなく、ともすれば終着点もない。しかし4人が苦しみを抱えながら、あえて書くことを選択し、これまでも続けてきた試行錯誤をこれからも続けていく。それ自体に希望を見ることもできる。

 時に(あるいは、一度たりとも)書くことに楽しみを見いだせなくとも、執筆という場から退場する必要はない。それは当たり前の事実のはずだが、しかし改めて明確に言わなければならない。書くことが楽しい、書くことに全てを捧げられる。そうした書き手と、単純に生み出す文章量で競争、あるいは居場所の取り合いとなれば、そうでない書き手に勝ち目はない。両者がそもそも陣営に分かれ、競争をする羽目になること自体が、間違いの始まりだ。それは避けられるべきものだ。では、競争から一線を画す書き手のあり方とは、如何なるものだろうか。

 殊能将之の個人ブログ「Mercy Snow official homepage」は氏の没後、その一部が『殊能将之 読書日記 2000-2009 The Reading Diary of Mercy Snow』として刊行され、第47回星雲賞ノンフィクション部門の参考候補にもなった。同書はブログの中でも「reading」というカテゴリ内で掲載されていた、数々の書評をもとに編集された内容だ。

 一方、書籍にまとめられなかったブログのテキストはさらに多い。氏のブログには身辺雑記を記した「memo」や、夢日記が記された「dream」他、深い洞察と遊び心に満ちた、膨大な量の文章が掲載されている。これらはその一部を、ウェイバックマシンから今でも読むことができる。
 以下、その中から、かなり長いがあえて引用する。「memo」は月の前半と後半ごとにページが分類されており、以下は「2004年8月後半」[x]内のものだ。

寝ちゃったので、いま知ったが、アテネ五輪女子マラソンは野口みずきが金メダルを獲ったらしい(8/23未明)。これで小出監督も文句は言えまい。

うっかりジーンズのポケットにティッシュを入れたまま洗濯したもんだから、もうたいへんですよ。洗濯物にティッシュがへばりついて、ミイラの呪いみたいになっちゃいました。

ミイラで思いだしたが、へザー・プリングル『ミイラはなぜ魅力的か』(鈴木主税・東郷えりか訳、早川書房)に、ミイラを解剖する解剖学者が登場して、こんなことを言う(記憶で書いているので大意)。
「わたしにとって死体は壊れた自動車と変わりない。だから、自分の母親でも解剖できる」
なるほど、そういうものか、と思った。

睦月影郎『おんな秘帖』(祥伝社文庫)は解剖(江戸時代だから腑分け)の場面を刻明に描写してある珍しい小説で、こういうことが書いてある。

そして玄庵は、最も女らしい丸みを帯びた乳房とお尻も切り裂き、その神秘を覗き込んだ。中はやはり、黄色いヌメヌメした脂肪と、赤身の肉が奥にあるだけだった。
しかし、こうして女体の中味を一つ一つ暴いていっても、やはり栄之助は婦人に対する欲望と神秘性は全く失われていないことに気がついた。
血も肉も脂も腸も、みな男と同じであって、やはり同じではないのだ。それは、汗の匂いが男女でまったく違うように、これが男のものであれば他の弟子と同じように気持ち悪く感じて逃げだしただろうが、美女の発する匂いならば、たとえ屍体であろうとも、それは栄之助の股間をくすぐる刺激的で官能的な芳香なのであった。


死体を見て吐き気を催す人は解剖学者になれないが、こういう欲望を感じる人も、同じように解剖学者になれないだろう。こうしたイメージを排除して、それこそ「壊れた自動車」のように仕組みと機能を観察しなければならないからだ。まあ、詳しいことは養老孟司先生に訊いてください。

本格ミステリには、死体損壊トリックと呼ぶべき系譜がある。ネタバレになるので、作品名はあげないが、島田荘司、高木彬光、鮎川哲也(短編)、クリスチアナ・ブランドなどが代表格。
これらの作品が衝撃的なのは、死体を無惨に切り刻んでいるからではない。もっと異常な死体損壊は、サイコスリラーにいくらでも描かれているし、現実の事件でも起こっている。
ポイントは、死体を切り刻む理由が欲望ではなく、論理に基づいている点にある。死体損壊トリックでは、ある効果を生みだすために死体を切り刻む。いわば死体に付与されたイメージをすべて排除し、ものとして操作・変形しているといってよい。そうした操作・変形の結果に、ふたたび死体に付与されたイメージを持ちこむと、サイコスリラーでは得られない異様さ・異常性がかもしだされる。
これは解剖学者の立場に近いのではないか。本格ミステリ作家には、解剖学者の冷静さと、その結果に恐怖できる感性の両方が求められるような気がする。

野口みずき金メダルの解説は、「とくダネ!」(8/23放送)の小倉智昭と増田明美がベスト。マラソンが好きな人とマラソンに詳しい人の組み合わせだから、実にわかりやすく、愛情がこもっている。
やっぱりほんとうに好きな人は強い。さほど好きじゃない人は人間ドラマに逃げるんだな。

「ミイラの呪い」の太字は原文ママ

 この文章の展開が、ブログという形式だからこそ生まれたものであることは、目に見えて明らかだろう。「うっかりジーンズのポケットにティッシュを入れたまま洗濯した」結果、「ミイラの呪い」のようになってしまった。そんな日常の一場面から、連想されるのはまずへザー・プリングル[xi]『ミイラはなぜ魅力的か』。解剖の話題から繋がって、睦月影郎[xii]『おんな秘帖』から、さらに本格ミステリにおける死体損壊トリック論に辿り着く。「本格ミステリ作家には、解剖学者の冷静さと、その結果に恐怖できる感性の両方が求められるような気がする」、この警句が重く響き渡る。ありがちな洗濯の失敗から、随分と遠いところまで来てしまった。

 こうした洞察が、野口みずき[xiii]の話題の間に挟まれているのだ。「さほど好きじゃない人は人間ドラマに逃げるんだな」という言葉は、あくまでマラソン解説に向けられたものだろう。だがこうした直接には無関係なはずの言葉すら、先程までの論と結びついているような錯覚を覚えてしまう。あるいは実際にそうなのかもしれない。解剖学者の冷静さと、もたらされる結果に恐怖できる感性。その両方を持たない作家は、「人間ドラマに逃げる」……テレビ番組を見ながら、あるいは、ティッシュを入れたまま洗濯してしまうこと。そこから批評が始まる。あるいは、批評はそこからしか始まらなかったのかもしれない。死体損壊トリック論の部分のみを取り出せば、そこまで強く内容に特筆性があるわけではない。しかし、その前段で解剖学者に関する思索が展開されるために、この文章は奥行きを増す。本格ミステリに求められる性質を語る内容に、新たな説得力が生まれる。そしてこの話を生み出したのは、洗濯に失敗したことでもたらされた、ミイラ化したティッシュなのだ。なんのことはない。もといた日常、すなわち野口みずきの話に最後はまた、戻っていく。

 これは恐ろしい達成であるかもしれない。少なくともブログという形式無しに、このテキストは生まれ得なかった。身の回りの出来事と、ミステリ・SFへの深い思索と。雑多かつ底の見えない膨大な知識が、飛び飛びに結び付く。ひとつひとつを切り離して読むときと、全体を通して読むときとで、また印象が変わっていく。そこには間違いなく、スリリングかつ無二の読書体験がある。

 殊能将之は寡作に分類される作家だろう。1999年『ハサミ男』で第13回メフィスト賞を受賞、以降2013年に没するまでの14年間で、発表した中長編は7本。最後の長編『キマイラの新しい城』は2004年刊行、雑誌初出が2008年の短編「キラキラコウモリ」を除けば作家的活動は約5年と、寡作というよりは実創作期間の短い作家と言えるかもしれない。一方で殊能はブログ、Twitterの精力的な書き手でもあった。それらの更新は『キマイラ』を出版した2004年以降も続いた(ただし、後年はTwitterにより軸足が置かれていった)。新作を待ち続ける読者からすれば、それは時にもどかしい思いを抱えながら触れるものであったろう。結局書かれなかった小説、未だ書かれずにいる小説の存在は、それを待ち続ける者の胸を苦しくさせる。一方、そうした存在が珍しくないこともまた事実だ。殊能が受賞したメフィスト賞関連の作家に限っても、“第0回”受賞者の京極夏彦『鵺の碑』(注:2023年9月、百鬼夜行シリーズの新作を“17年ぶり”に刊行)、清涼院流水『双子連続消去殺人事件』(2024年6月現在、“新作ミステリ”を準備中であるらしい)、浦賀和宏の萩原重化学工業シリーズ最終作、舞城王太郎の奈津川サーガ、佐藤友哉の鏡家サーガ、これら新作長編……。今挙げた例の中には、この先いつか読むことのできるものも含まれているかもしれない。しかし、殊能の新作(と、浦賀の新作)は、もう読むことができない。もしも、と一人の読者は考える。ブログやTwitterに費やされた時間の一割でも小説の方に使われていれば、ことによるとあと一冊くらいは、新作が読めたのではないか?

 そうした一面も、実際にはあるかもしれない。だが、代わりに殊能が残した膨大な「身辺雑記」にも、きっと無視できない豊かな創造があった。殊能がむしろ多作であったなら、存在できなかったかもしれないある種の豊饒が。そして、少なからぬ読者がこの俗と教養の入り混じったブログ記事から沸き立つような人間性と作家性を感じ取り、好んでいたのではなかったか。

大石 : 正直もともとの素材がすごい少なくて。健さんが所持していた素材と、ずっとfOULのPAをやっていた今井(朋美)さんが持ってる素材を主に構成していて。あとは持っていそうなかたに声をかけて。最初に健さんの素材が100本ぐらいデータで来たんですけど、全部使えないぐらい音が割れていて。かろうじて音として使えるものを探していくというのをずっとちまちま1年半くらいかけてやっていて。そしたらその後に今井さんから素材が70本くらいやってきて。画は下北沢SHELTERの固定カメラなんだけれど、音はPAアウトの音が入っていたり、DATで残っていた音データだけという素材もあって。そうやって集めた映像と音を完全にパズルしていった感じなんです。健さんの素材の方は音が使えないけれど、今井さんの方は画が使えない。でもこれとこれはMCで言ってる内容が同じだなみたいなものがあって、もしかしたら同じ日だぞみたいな(笑)。そういうのをどうにか繋げてったっていう感じだったので、今井さんが音の素材を持ってなかったらこういう風にはならなかったと思います。[xiv]

 映画『fOUL』の監督大石規湖は、fOULのギター/ボーカル谷口健を前にしたインタビュー記事で、制作の様子をこのように振り返る。ライブ映像の素材はほとんどが、そのままでは使えないものだった。音と映像をパズルのように再編成し、ミックス作業を通して完成を見た。この映画が世に出る前、fOULの映像はあまりに少なかったのだ。2005年「fOULの休憩」を宣言、活動休止に入ったバンドは以後、2021年の現在に至るまで16年にわたり休憩を続けている。fOULの「新作」は、活動再開はありうるのか(もし手段があれば、是非映画を見てほしい)。この文章を書いている2021年10月の時点では、まだ何も分からない。一方、この16年間の「休憩」が無ければ、映画はこういう形で生れ出ることはなかった。十分な映像素材が無かったからこそ、僅かな残存物が繋ぎ合わせられ、映画はそれ自体がライブになった。16年間活動が継続されていれば、16年分の映像素材が増えていたはずだ。ライブだけでなく、インタビューやプライベートなどの映像も。それらがあれば、映画は全く違う形を見せていただろう。映画『fOUL』は16年間の「休憩」、バンドの不在が生み出した、一つの達成であった。活動しないことで、また別の創造が生まれる。それは活動をすることからでは生まれ得ぬ何かだったのではないか。そこに、殊能とfOULの共通項を見いだしても良い。

 寡作であること、実質の活動期間が短いことは、その者の創造性の低さを意味しない。殊能は多くの小説をものす代わりにブログを書いた。それも先述のような批評的展開は、全体の分量からすると極一部でもあった。大半を占めたのは、通俗的なテレビ番組評、自炊報告、暑さ、寒さへの愚痴といった、本当の身辺雑記だ。しかしそれを書いていくさなか、思考が偶然に深く潜り込むことがあった。そこで不意に筆が走った。恐らくは、そういう書き方であればこそ、続けることができたのだ。それ以外のやり方では、活動が破綻してしまいかねなかった。殊能が病弱であったという事実を、ここで敢えて持ち出す必要はない。自分のペースで書くことを続けること。不意に書くことが浮かび上がること。その不意を、待つともなしに待っていること。執筆活動には、こうした類の“営み”も含まれる。創造を行わないこと、そのものが別種の創造を生み出す。それをfOULも証明してはいなかったか?

 通常の意味でのアウトプットを生み出し続けられる者同士の、飽くなき生産競争。限られたスペースの奪い合い。そこへと至る道程しか、ある種の業界において指し示されていないのであれば、ここでは別の地図を描きたい。表立った活動をせず、しかし人生を続けることもまた、創造に帰結していく。そこに競争ではない、共存への道程を見ることはできまいか。谷口健はfOULの休憩以後、BEYONDS[xv]での活動を行いつつも一方、一般企業での勤務を続けてきた。谷口が歩んだ道は、誰一人通ったことの無い道かもしれない。Yシャツを着てステージに立ち、特異な位置を占めたパンクバンドの一員として。企業の幹部候補として。スクリーンの登場人物として。あらゆる要素が一人の人間を形成している。休憩のあとも、映画のあとも人生は続く。

 人生全てが創造であると言ってしまうことは簡単、そして乱暴だ。そうではなく、求められたアウトプットを行わないでいる期間を、息抜きやインプットに資する時間であるといった「直接的な」効果を得る目的で設けるものとしないこと。不要な、無為なものと捉えないこと。思いがけず、偶然、見いだされる「やるべきこと」を待ち、それに動かされること。そうして生み出された物、そのようにしか生み出せない人にとっての場所が、残されていてほしい。ささやかな願い、しかし切なる望みとして。


以下脚注
[i] ライター、編集者、音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て2004年独立。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)。
[ii] 『音楽メディア・アップデート考~批評からビジネスまでを巡る8つの談話』リットーミュージック、2021年、P53
[iii] 同P111
[iv] 音楽ライター。1997年から活動をスタート。著書に怒髪天・増子直純自伝本『歩きつづけるかぎり』(音楽と人)、『東北ライブハウス大作戦~繋ぐ~』(A-Works)『僕等はまだ美しい夢を見てる 〜ロストエイジ20年史〜』(blueprint)。
[v] 『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』星海社、2021年、P3
[vi] 庭師。京都教育大学教育学部准教授。庭や街のフィールドワーク研究を軸に、現代の庭の可能性を理論と実践の両面から探求。訳書にジル・クレマン『動いている庭』(みすず書房)。
[vii] 哲学者。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。領域横断的な執筆を展開する。著書に『動きすぎてはいけない——ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出書房新社)、『勉強の哲学——来たるべきバカのために』(文藝春秋)、小説『デッドライン』(新潮社)他多数。
[viii] 読書家。メルマガ「読書猿」から書評活動を開始。著書に『アイデア大全』(フォレスト出版)、『独学大全』(ダイヤモンド社)など。
[ix] NPO法人bootopia代表理事。批評とメディアの運動体「Rhetorica」の企画・編集を行う。共編著に『新世代エディターズファイル 越境する編集——デジタルからコミュニティ、行政まで』(ビー・エヌ・エヌ)。
[x]出典「Mercy Snow official homepage」2004年8月後半のページより。2021年10月16日最終閲覧(
http://web.archive.org/web/20041009234237/http://www001.upp.so-net.ne.jp/mercysnow/LinkDiary/index.html
[xi] サイエンス・ライター。歴史、考古学、人類学の分野で活躍。サイエンス誌、ディスカヴァー誌、ニュー・サイエンティスト誌などに寄稿し、数多くの賞を受賞。著書に『ミイラはなぜ魅力的か―最前線の研究者たちが明かす人間の本質』(早川書房)。
[xii] 官能小説家。奈良谷隆名義で戦記やアクション小説、ならやたかし名義でマンガやイラストも。日本文芸家クラブ会員。日本出版美術家連盟会員。日本漫画家協会会員。著作は2021年時点で630冊を超える。
[xiii] 女性陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。女子マラソンの日本記録、アジア記録保持者。
[xiv] 出典「ファールをホームランに変える、愛と執念のフルスイング──大石規湖 × 谷口健が語る、映画『fOUL』」2024年6月23日最終閲覧(
https://ototoy.jp/feature/2021100102/1
[xv] 1990年結成。1993年レコードデビュー後、全国・海外でツアーを行う。US直系のメロディック・ハードコア・パンクを日本で最初期に取り入れ、90年代初頭のライブシーンを牽引。1994年活動停止、2005年再結成。以後は活動に波がありながらも、2021年6月に7インチ新作『Serpentine』をリリースした。

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