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廃競馬場探訪記 その3 上諏訪温泉競馬

写真は上諏訪温泉競馬場跡地を見る。

諏訪湖の近く、上諏訪温泉。

この地に競馬場があったのは昭和9年から昭和35年までの間。
戦争や不正問題もあって中断期間を挟んではいるが、おおよそ26年ほど存続したという。

浅野靖典著「廃競馬場巡礼」によれば、競馬場跡地は今、中学校になっているという。
その記述に従い、諏訪中学校周辺に向かう。

国道20号線を北上し、標識に従い細い道を入っていく。

するとまず目につくのが、諏訪実業高校。

古い地図などと照らし合わせると、この辺りが1~2コーナーに当たる模様。

この区画を回りこむように進んでいくと、続いて市営のグラウンドが。

この辺りが3コーナーの監視塔だった、という。

そして、上の写真右の建物が諏訪中学校。

つまり、中学校・高校・市営グラウンド・体育館として、旧競馬場跡地が活用されている、ということになる。

川向うの集落から競馬場跡地に向かう橋。

その名も「けいばじょうばし」

つまり、競馬場があった土地である、ということを色濃く残している。

その点、浅野氏の著作の中にも問題になる記述は残る。

『その後の上諏訪温泉競馬場跡地は値段がいくらになったのかは知る由もないが、立派な中学校になっている』

公共利用されている土地→公共利用されている土地、という転用で、売却されたという痕跡はなさげ。
さらに、中学校だけでなく高校、グラウンドと活用されている。

『過去、この地にこんな出来事があったなんて、生徒たちは知らないだろうなあ』

けいばじょうばし、なんて名前の橋を渡ってくる生徒が、ここに競馬場があったこと知らなかったら驚きだわ。
八百長で廃止になったとか、そういう黒歴史部分なら知らされないかも知れないが。

にしても、気になるのが「けいばじょうばし」という名前。
つまり、競馬場ができて初めてこの川に橋がかけられた、と。
橋の向こうに集落あるのに。そこまで昔、ここに橋がなかった理由ってなんなんだろうね。

というわけでいつもの投げ銭仕様にしておきます。この下に内容はないよう!!

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