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【書評】『超入門カーボンニュートラル』(下)

文献:『超入門カーボンニュートラル』(講談社、2020年)
著者:夫馬賢治
担当:佐藤圭(4回生)

 前回、原子力を含むエネルギー産業全体が、カーボンニュートラル化に向けた事業の改革を迫られているとの記事を読み、本書籍を取り上げた。前回はカーボンニュートラル化の流れをESG投資に関わる内容を取り上げたが、全てを網羅出来ていなかったため、今回は先週触れることが出来なかった、カーボンニュートラル化と地政学との関係を取り上げたい。
 

カーボンニュートラルと地政学(各国の政策)


 カーボンニュートラルは、直接的には金融の在り方を転換していくことではあるが、それに伴い、世界の各地域の経済バランスにも大きな変化を引き起こしていくことが予想できる(例えば、カーボンニュートラル化によって減衰する資源に政治経済を依存している地域などは、政情不安を引き起こすリスクがある)。以下は、各地域の予想される動きである。
 まず、ヨーロッパであるが、EUを中心に、世界でもカーボンニュートラル化による産業競争力強化にいち早く乗り出した地域である。特に、イギリスは脱炭素目標達成に向けた法案を提出し、2019年6月には可決させるなど、EUを脱退したとは言え環境政策に積極的な先進国の1つとなっている。EUでは2005年から自主的に二酸化炭素排出量取引制度(EU-ETS)を導入し、二酸化炭素排出量の多い業種の企業に対し、排出量に応じて強制的に課金する制度を開始している。その影響もあり、特に欧州企業ではカーボンニュートラル化を見据えたイノベーションの実現に前向きな傾向が見られている。
 次に、中国だが、温室効果ガス排出量が世界最大である一方、巨大な内需市場がある。また、他の国々とは比較にならない程の大量生産が可能であり、大量生産によるコスト削減が可能になった製品に関しては、高い国際市場競争力を持っている。特に、太陽光パネル、電気自動車、バッテリーは重要産業に位置付けられており、太陽光パネルに至っては世界のシェアを3割弱を占めている。中国では、2060年までのカーボンニュートラル化を目標としており、2011年からEUと同じく、発電所や重工業への排出量課金が始まった。
 最後に、中東である。中東は、カーボンニュートラル化による脱炭素化が進むことによる、地政学的な変化が特に大きい地域と言われている。筆者曰く、サウジアラビア、UAE、イラク、カタールなどは石油や天然ガスで国家財政を賄い、その資金を国民に還元することで、国内での民族や宗教による政情不安を抑え込んできたとある。もし仮に急速な脱炭素化による、石油と天然ガスの需要の急落が起これば、国内での政情不安が高まり、2010年代からの「アラブの春」と似たような現象が起こることが危惧されている。ヨーロッパ諸国は、中東での政情不安には敏感であり(中東・北アフリカ難民の発生が危惧されるため)、中東の政情不安を避けつつ、各国で慎重に脱炭素化を行うスタンスを採っている。

私見と研究への応用


私が本文献を読み、カーボンニュートラル化を見据えた各国の考え方としてはとてもシンプルなものであると感じた。気候変動による金融危機リスクが認識され、世界中で気候変動政策が強化されていくのであれば、時代の潮流を先取りした技術の開発やイノベーションを実現できた企業が強くなるというものだ。その上で、主要な国々では法整備による環境政策の促進などが行われており、今後日本国内においても排出量課金などが進む可能性がある。私は、今後ヨーロッパ諸国の動向に注目したいと考えており、その理由として、直近になってEUが原子力を脱炭素化に貢献し得るクリーンエネルギーと認定したことにある。現在、ヨーロッパにおいてはイギリスやフランスといった推進派とドイツなどの反対派に分かれており、特にドイツがどのような反応を示すかが重要なポイントになると考える。

2022年10月7日

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