【小説】JK芹沢千絵理はかく語りき Op.6『私のソナタⅠ』
私の名前は芹沢千絵理。県立明ヶ丘高校に通う16歳である。
父と母、妹と一緒に東京近郊に住んでいる。JRの各駅停車が停まる駅から歩いて10分ほどの一軒家。特に裕福ではないけれど、多少の不景気でも当面の生活には困らない程度の蓄えはあるようだ。
高校に進学してすぐの頃、早くも進路希望調査が行われた。受験勉強が面倒で楽に受かる高校に入ったのに、もう次の受験である。
進学希望の大学と学部を第1希望から第3希望まで書く。そのとき読んでいた小説の作者の出身大学と学部を第1希望に書いた。その下は学部だけ同じにして、適当に知っている大学の名前を並べた。
「この大学も悪くないけど、国立も視野に入れてみたらどう?芹沢さんの成績なら、充分に狙えるでしょう。国立なら私立よりお金もかからないし。あと、学部も文学部に絞るんじゃなくて、同じ文系でも経済学部とか法学部とかもあるし…」
担任の教師は熱心にアドバイスする。
「考えておきます」
私はそう返事をした。
その後に行われた三者面談でもその話が出た。
「そんなに国立がいいんですか?文学部の何がいけないんですか?」
食って掛かったのは母だった。
中学の頃、友人の一人が週末に家族であるテーマパークへ行った。
私は一度も行ったことがなかった。友人たちはそれをとても不思議がった。他にも、カラオケに行ったことがないとか、ファストフード店のハンバーガーを食べたことがないとか、有名なアイドルの名前を知らないとか、いろいろあった。
別に興味があるわけじゃないからなにも不満はないはずなのだけれど、私は面白くなかった。
「なんでうちは普通じゃないの?」
父に尋ねた。
「普通ってなんだ?なぜ普通じゃないといけないんだ?」
ぐうの音もでなかった。
小学生の頃、家で妹とかくれんぼをしていた。
私は妹がクローゼットに隠れていることをすぐに見抜いたが、背中をもたれて扉をふさいだ。異変に気づいた妹は泣いて助けを乞う。私は強く体重をかけて、内側からの圧力を抑え込む。やがて諦めたのか静かになる。
そこへ母がやってきて「なにやってるの?」と問い掛けた。
私が言い訳を探すために黙って俯いていると、扉の中から妹が出てきた。
「あのね、かくれんぼしてて、ここにかくれてたら、ねちゃったの」
私には明確な悪意があったが、無罪となった。
私は母の腹から出てきたとき、心肺が停止していたそうだ。私を初めて抱いたのは、保育器だった。
私は、幸せな家庭で、両親から愛情を注がれて、なに不自由なく、すくすくと育った。それがたまらなく嫌だった。
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