【小説】JK芹沢千絵理はかく語りき Op.5『レントより遅く』②
(①はこちら)
「うーん…これはちょっと難しいかな」
早速、生徒会主担当の吉田先生に申請書を持っていくと、意外な答えが返ってきた。
「え、なんでですか?要件は満たしていますし、書類も整っていますよ?」
「いや、まあたしかにそうなんだけどね?」
まずは予算の問題があった。
今年度の各部に割り当てられる予算はすでに確定している。次年度から予算を配分するとしても、部活動全体にかけられる予算は増額できない。そうすると他の部から配分することになり、大きな反発が予想されるのだ。
「なるほど…ではいったん予算は諦めるとして、部室の確保は問題ないですか?」
「うん、それは問題ないと思うけど…でも2人で部活ってどうなんだろうね?」
「生徒会規則によると『複数名の生徒で構成される団体』とあるので、2名で問題ないはずですが?」
なんだか煮え切らない態度である。何が問題だというのだろうか。
「ただ結構うちって保守的じゃない?あんまり生徒が新しいことやるのを認めたがらないと思うんだよね…」
「部費は自己負担ということで生徒達には納得してもらいますし、部活動も含めた生徒会活動は『生徒の自主性を重んじる』んですよね?なんとかできないですかね?」
「個人的には別に構わないと思うよ?でも上がね…」
「わかりました。ではその『上』に納得してもらいます。誰に話せばいいですか?教頭ですか?校長ですか?教育委員会ですか?」
「ちょっと落ち着きなよ、君そんなタイプだったっけ?」
翌日、私は芹沢さん達3人を生徒会室に集め、進捗を報告した。
「なるほど、かなり困難な状況ということはわかりました」
「懸案事項としては、予算、人数、実績の3点。予算は申し訳ないけど、当分は諦めてほしいかな」
「はい、そこは私も仕方ないかなと思いました」
「それから人数だけど…」
「あの、それは私も部員になるってことでどうですかね?」
「会長!?」
意外にも3人の中では一番控えめと思われた彼女が手を挙げたのだった。
「それに自分で言うのもなんですけど、先生からの信頼は厚いので部活発足に有利に働くかと」
「もちろん、歓迎します」
「たしかに生徒会長が部員っていうのはかなり強いですね。ありがとうございます」
「へへ…」
しかし、人数は3人で充分とは言えない。並行して部員は集めた方が良さそうだ。
「それから実績ですね」
「うん、これが一番の課題ね」
「それなんだけど、9月の文化祭で何か催しをやるっていうのはどうかな?」
「お、良いね!」
「外部からも人が決ますし、注目されれば実績と新たな部員が確保できそうですね」
文化祭でやる案を各自考えてきて、来週またミーティングをすることになった。
「へぇ、なんか意外だな」
その週の金曜日、健吾とバーで飲んでいるとふとそんなことを言われた。 彼は大学時代にバイトで知り合った2つ上の先輩である。今は付き合って3年ほどになる。
「意外?何が?」
「いや、塾講師やってたときから何かを教えるのは上手だったけど、あんまり生徒と深く関わる感じじゃなかったからさ」
「そう?」
「うん。今だって部活立ち上げなんてめんどくさいことに関わっちゃったとか言いながら、なんだか生き生きしてるというか、楽しそうだったよ?」
「そっか…ま、そうかも」
「なんか良かったじゃん。正直、高校の先生になるって決まったときは、そこが心配だったんだよね。同期で学校の先生になったやつの話とか聞くとけっこう大変だなって思ってたから」
「え、そんなこと言ってなかったじゃん?」
「だって、けっこう頑固なところあるじゃん。一度決めたら突き進むというか」
「そんなことないよ!ちゃんと人の話聞くし」
「マジで聞くだけだからね?意見は曲げないじゃん、絶対」
「うわ、心外!」
最近は彼に甘えて愚痴が多くなっていたけど、久しぶりに明るい話で酔えたと思う。
健吾がトイレに立ち、カクテルグラスに添えられたチェリーをかじっていると、店内のBGMがクラシック音楽であることに気づいた。ゆったりとしたワルツのリズムと物憂げなメロディが印象的なピアノの曲である。
マスターに尋ねるとドビュッシーという作曲家による『レントより遅く』という曲だそう。
芹沢さんはきっと知っているだろうな、今度聞いてみよう。
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