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【長編小説】魔力(4)

こんにちは、keiです。

魔力4回目の投稿になります。

前回から1,500文字での投稿にする、としていましたが、再び3,000文字での投稿に戻します。

よろしくお願い致します。

魔力(4)


「そう言っていただけると有り難いです。無理なお願いをしてしまってすみません。どうか一つ、よろしくお願いします。それでは」

慇懃に頭を下げたあと、大平は足早に応接室を出て行った。

「気に入らないですね。自分の学校の生徒が殺されてるんですよ。なにを考えてるんだ」

三浦は大平の態度に溜飲が下がらないといった感じだった。

「校長が言っていることも分からないこともないさ」

「金田さんにはあの校長の気持ちが分かるって言うんですか?」

 懸命に冷静に話そうとしていた三浦だが、いまだに校長への怒りが収まらないようで、語尾が荒く、目にはっきりと怒りが浮かんでいた。

「そういう意味で言ってるんじゃない。事件のことが知れ渡って学校の評判が落ちれば、生徒の数が減る。生徒の数が減れば、ここで働いている人達はどうなる。人員削減ってこともあり得るんだ。そう考えれば、校長が言っていることも間違いじゃないってことだ。もっとも、あの校長が働いている職員のことまで考えているとは思えんがな」

「どういうことですか?」

「結局、人なんてものは一番大切なのは自分自身なんだ。自分以外がどうなろうと知ったことではない。みんながそうではないだろうが、俺はそう思う。特にあの校長は自分のことしか考えていない感じだな。学校の評判が下がれば、自分の今後に関わってくるとでも思ってるんだろう」

「なんて野郎だ。でも、だからって……」

三浦が言いかけたところで栗原が応接室に入ってきた。

「すみません。遅くなりました。クラスの保護者から電話があって、事件のことについて聞かれてまいってしまいました」

「もう、事件について電話があったんですか」

予想以上に早い。事件について聞いたとすれば、現場周辺の聞き込みを行っている班のほうに、学校の保護者がいて、そこでの可能性が高い。噂で広がるにしても早すぎる。

「はい。事件のことをどこで聞いたのかわかりませんが、まだ犯人が捕まっていないのであれば休校にすべきだと言われました」

 こういうことに対応しなければならないことは予想以上に大変なことであろう。栗原の蒼白した顔がそれを物語っていた。

 その時、応接室の開いた扉の向こうからこちらを見る大平の姿があった。栗原の電話でのやり取りを聞いていたのであろうが、愁眉な表情を浮かべ、これからのことを危惧しているようだった。

「先生、青木佳奈さんと同じクラスの生徒さん達にも話を伺いたいのですが、出来ますか」

「今日はもう、ほとんどの生徒が帰宅してしまって、教室には誰もいません」

栗原が言うには学校は放課後の部活動が行われている時間で、部活に所属していない生徒達はほとんどが帰宅してしまっていた。

「青木佳奈さんは、部活はなにを?」

「ブラスバンドです。部活でもクラス同様にリーダーのような存在だったみたいです。うちのクラスには同じ部活の子が多くて、いつも頼ってばかりで悪いとよく話してました」

 部活でもそのような存在であったとは、相当に頼りにされていた生徒だったことだろう。またそういったことをいっさい苦に思うような子ではなかったに違いない。青木佳奈がクラスや部活だけでなく学校全体にとっても模範のような生徒であったことが想像できた。

ブラスバンド部も練習中だと聞いたので、生徒達に話を聞くことができるか伝えると、栗原はちょっと待っていてくださいと言って職員室の奥のほうへ歩いていった。
男性教師の前で止まると、男性教師はペンを止めて栗原のほうに顔を向けた。そして、男性教師が一言、何か言うと栗原は頭を下げて、再び応接室のほうに戻ってきた。
どうやら男性教師はブラスバンド部の顧問らしく、栗原は部員達に話を聞いていいか許可をもらいに行ってくれたらしい。

「今のは部活の顧問の方ですか?」

「はい。高平先生です。あの、刑事さん達がよろしければ高平のほうも一緒に行くと言っているのですが、どうでしょう」

そうしてもらえると話がはやい。

「是非、お願いします」

「わかりました。では、呼んできます」

精悍な顔つきをしたブラスバンド部の顧問の高平は、白シャツに下はジャージとラフな格好だった。
そして、本当にブラスバンドの顧問なのかと疑いたくなるほどに体躯の良かった。胸板が厚く、白シャツの上からでもわかるほどだった。
めくったところから見える腕は太く、ところどころ血管が浮き出ていた。短く切りそろえられた髪を見ていると運動系の顧問かと思ってしまうほどだ。肌は色白だった。

高平への挨拶を済ませたあと部室まで案内しますと言われたので、栗原と三浦と三人で高平のあとに続いて職員室を出た。

職員室を出たあとは高平と栗原が我々の前を歩いた。

ふと、栗原の指に目を向けると、指輪がしてあった。彼女は結婚していたのかと思い、結婚生活がうまくいっているのか、もしうまくいっているのであれば、どうやればうまくいくのか聞きたくなった。
だが、当然のごとく言いだせるような雰囲気であるはずがないので、ただ二人のあとをついて歩いた。

四階建ての校舎の一階部分の右端にブラスバンドの部室があった。部活の時以外は音楽の授業で使われているということだった。

ブラスバンドの部員数は全部で三十人在籍していたが、正直十人程度の部員数を思い浮かべていたので、人数の多さに驚いた。
勝手な偏見だが、ブラスバンド部といえば男子生徒よりも女子生徒のほうが人数が多いイメージを持っていたが正にそのイメージ通りの部活だった。三十人中、男子生徒は五人しかいなかった。

まず最初に高平が教室に入って、我々が話を聞きたい旨を生徒達に伝えてくれた。生徒達の承諾をもらうと一人一人話しを聞いていった。

その結果、生徒達が言うには、どうやら事件があった日、青木佳奈はいつものように練習をして帰宅していたようだった。
ただ、週末のコンクールのために普段よりも長い時間練習をしたために、帰りは遅かったと思うと協力してくれた生徒達の全員が言っていた。

誰かに付きまとわれて悩んでいるだとかそういった類の相談を部員の誰かにしたことはなかったらしく、青木佳奈にはなんらいつもと変わった様子はなかったと皆が同じ回答だった。
しかし、話してくれた生徒の誰もが途中から涙を流していた。女子生徒だけでなく男子生徒までもが涙を流していた。同じ部活の女子生徒を守ってあげられなかった事に悔しそうにしていた。
嗚咽まじりではっきりと聞き取れないながらも懸命に答えてくれる生徒もいて、最後には必ず犯人を捕まえてくれと懇願してくるのであった。
頬をつたわる涙を見ていると、青木佳奈が皆から愛されていたことが痛いほど伝わってきた。

生徒の中で事件当日に青木佳奈と一緒に下校した村田という女の子にも話を聞くことができた。綺麗に整えられたショートの髪で小柄な女子生徒だった。
村田が言うには青木佳奈とは下校の途中で別れていた。
下校の際、青木佳奈に怯えた様子や緊張した様子がないか細かく聞いていった。村田はその一つ一つに丁寧に答えてくれたが、途中で別れるまでにそういった様子は一切なかったらしい。

事件当日に下校を共にした村田からは何か聞けるのではと期待していのだが、内容から事件に繋がるようなことを聞くことはできなかった。

しだいに村田も他の部員と同じように泣きながら犯人逮捕を懇願してきた。二人が部活内でも特に仲が良かったこともあって、何度も頭を下げられた。
村田の泣き声がブラスバンドの部室中に響いていた。
その様子は、あの日、最後まで一緒に帰ってやらなかった自分を責めだしそうな勢いだった。

生徒のそれぞれの鞄には共通のキーホルダーがついていた。
刺繍されて手作りのようにも見える。村田に聞くと、青木佳奈が全員分を作ってきてくれたのだという。青木佳奈はどこまでも他人想いの生徒だったようだ。

顧問の高平にも話を聞いた。青木佳奈の印象について聞いてみたが、栗原が話した内容と大きな違いはなかった。
青木佳奈は部活内でも率先して先頭に立っていたようで、部長よりも部長らしかったようだ。高平も部をまとめる上であの子には助けてもらっていたと栗原と同じことを言っていた。
話を聞いていくうちに高平の目が潤んできているのがわかった。
引き締まった体躯から流される涙は、妙に美しく見えた。

魔力(4)終

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