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久しぶりに音楽に恋をした話。

「趣味は何ですか?」と訊かれれば、まず「音楽」という言葉を思い浮かべるくらいには、音楽をよく聴く。晴れの日も雨の日も風の日も、いつでも何かしらの音楽が鳴っている。そんな毎日を生きてきた。

だから、音楽無しの人生なんてとても考えられない!「衣・食・住」に「音」も加えたいくらい、音楽は私の生活に欠かせないものになっている。

ただ、私は、聴くのも弾くのも『広くて浅い』。

昔から雑食で、ジャンルも言語も問わず色々な音楽を聴くし、人からオススメされれば何でもまずは聴いてみるし、ヒットチャートの上位にいる曲たちは一通りチェックしている。父がレコードで流した洋楽も、母が子守唄がわりにかけたクラシックも、胸が熱くなるギターロックも、哀愁漂うカントリーソングも、心身を解放するEDMも。勿論、私なりの音の好みはあるけれど、比較的守備範囲は広い方だと思う。

更に、これまで29年生きていた間、「経験できる楽器は何でも触ってみたい!」という想いが常にあって、チャンスを見つけては新しい楽器に飛びつき、これまで鍵盤・管楽器・弦楽器・打楽器それぞれ1〜2種類ずつの楽器を経験してきた。(ちなみに一番歴が長いのはピアノ。やっぱりピアノは弾いていて楽しい。)

…けれど。

その割には、恥ずかしいくらい、音楽の技術も知識も乏しい。例えば、「80年代の○○の影響を受けて云々かんぬん…」と音楽の歴史や用語を交えながら楽曲を分析したりは出来ない。聴いた曲のタイトルやアーティスト名はよっぽど印象的なものでない限りすぐに忘れる。音楽のコアなファンが「あのバンドはいい」「次に来るのはアイツだ」と語り合うようなインディーズの世界に詳しいわけでもない。

そういうしょーもないことに劣等感を感じて、何と無く、人前で「私、音楽が好きです!!!」と声を大にしては言えずに生きている。

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そして、25歳を過ぎたあたりから、新しく耳にする音楽になかなかときめかなくなってしまっていて、気づけば幼少期から学生時代にかけてよく聴いていた音楽ばかりを繰り返し聴いているのも、「音楽が好き」と言うことを躊躇う理由の一つだと思う。

新しく世に出てくる曲たちをとりあえずは聴いてみても、耳障りよく、心地よく、ちょっと切なさのあるメロディや歌詞に、小気味いいリズムに、「あぁこれは流行るよなぁ。みんな好きになるよなぁ。」とは思うけれど、「うっわぁ…どうしよう…私これめちゃくちゃ好きだわ…」とは違う、という微妙な感覚なのだ。
学生時代は、周りにそのアーティストを知っている人が居ても居なくても、とにかく「私これ好きだ!」と、ビビッと感じた音楽を夢中で聴いていたというのに。いつの間にかそういう感覚も忘れてしまった。

以前も書いたことがあるけれど、「中高生のような多感な時期にハマった音楽というのは初恋と同じようなものだ」と思っている。
その後の人生でどんな新しい出会いがあったとしても、青春時代に聴いた音楽は特別で、他とは比べられなくて、大切で、思い出すと胸の奥の方が少しキュッとなる。
そういう意味で、初恋と昔聴いたお気に入りの音楽は似ている、と思う。

だから偶に、私はもしかしたら、音楽が好きなわけではなくて、ずっと初恋を忘れられずにいるのと同じように、青春時代に好んで聴いていた音楽が纏う独特の「懐かしさ」に酔いしれてるだけなのかもしれない…という気になることすらある。

「ノスタルジーに惑わされるな」

映画『ニュー・シネマ・パラダイス』に登場するアルフレードの台詞だ。青年トトはアルフレードからこの言葉を受け取り、故郷から送り出された。トトはその後、数十年、生まれ育った田舎町には一度も戻らず、ただひたすらに映画監督への道を突き進むことになる。
私はこのアルフレードの台詞が好きなのだけれど、かといってこの教えを体現できてはいなくて、ノスタルジーに惑わされ、囚われ続けている…気がする。お気に入りの旧譜を聴いているとき、ふとそんなことを考えることがある。

そもそも、何かを好きになるって、何だ?
どういう感覚だっけ?
中高生の頃の私は、何にときめき、何に夢中になっていたんだろうか?

初恋の例えの延長ではないけれど、まるで、「恋って何?」「人を好きになるってどんな感情?」と少女漫画の第1巻によくあるモノローグと変わらないような問いが、頭の中に浮かんでは消える。

心の中では「自分が良いと強く思う音楽にまた出会いたい!」と思いながら、同時に、「私はもう新しく何かを好きになる事はないのかもなぁ」「昔は自然にできたのに、大人になるほど分からなくなることもあるんだなぁ」「それって、悲しくて、つまらないなぁ…」なんて、どう考えても考えすぎなことをぐるぐると考えていた。

…ところが。

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私は、少し前から、あるアーティストの音楽を夢中になって聴いている。

藤井風さんが、今現在世間でどれだけの知名度と人気があるのか、正直全く分かっていない。
ずっと前からファンだった方も大勢居るだろうし、Spotifyが年明けに発表した【Early Noise 2020】に選出されているくらいなので、もしかしたら「とっくに全国的に大人気だし、みんな聴いてるよ!」と言われるような存在なのかもしれない。
申し訳ないけれど、これについては、本当に、分かっていない。

ただ、そういう世間的な評価はこのnoteにおいては重要ではなくて、「私が彼の音楽にハマった」ということが、今ここでは何より大切なのだ。

これまでに彼が配信リリースした曲たちと、YouTubeチャンネルにアップされている数多くの弾き語り動画を一通り観た後、私は迷わずCDの予約をした。今月5/20、彼の1stアルバムが発売予定なのだ。

ここ数年、昔からCDを集めている特別好きなアーティスト以外全てデジタル(配信)音源で済ませていた私が「CDを買いたい」、もっと言うと「彼の音楽はいつか絶対ライブで聴きたい」とまで思った。それは私にとっては特別なこと。大事件なのである。

ネットでCDの予約申し込みをした時のワクワク感と言ったら、10年前、新宿のタワレコで予約用のカードを記入していたあの時の感覚と同じだった。

早く発売日にならないだろうか。
いや、発売日と言わずフラゲしたい。
ジャケ写は手に取って見たらどんな感じだろう。
未発表の収録曲はどんな曲たちだろうか。
シングルで聴いていたあの曲もアルバムで聴いたらどう聴こえるだろうか。
歌詞カードを見ながら一曲一曲聴いてみたいなぁ。

そんなワクワクで満たされている自分に気づいたとき、私はただひたすらに嬉しくなり、そして、どこか安心した。

私もまだ、何かを新たに好きになれる。何かに惹かれ心揺さぶられることがある。私の心は今もまだ生きているのだ、と。

そのことが嬉しくて仕方がなくて、この想いをnoteに残そう、と思い至った次第です。

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数日前に配信された彼のYouTubeライブで、様々な曲を次々に弾き語る姿を観ながら、「魔法使いみたいな人だな」と思いました。
心の底から拍手。本当に、素晴らしいです。
藤井風さんの音楽、未聴の方は、ぜひ一度、聴いてみてください。

Kei