R-1グランプリの予選に出た日に記憶を2度飛ばした物語
昨年の11月末、例年のごとく吉本からR-1グランプリ予選の案内メールがきた。
4年も芸人をやっていると、だいたいの芸人は1回ぐらいは出場したことがあると思う。
目の前にチャンスがあるのに飛びつかない方がおかしいから。
ピンネタに自信がなかったとしても、とりあえず出るだけ出てみようでエントリーする芸人は多いはずだ。
でも、僕は今まで一度もR-1にエントリーしたことがない。
なぜなら、ピン芸人に多大なるリスペクトがあるから。
芸人として一人でやっていく覚悟を決め、一人でネタを考えて一人で舞台に立つ。
これは僕からするととんでもなく異常な行為で、相当な覚悟と勇気がないとできないことだ。
普段コンビで漫才をやっていて、ろくにピンネタも作ってないやつがとりあえずで出ていいものではない。
とりあえずとかそんな甘い考えで出るのはピン芸人に対して失礼だと、R-1はピン芸人がスポットライトを浴びなければならない場所だと、そう思って今まで出ていなかった。
まあなんかかっこつけたことを言っているがそれを理由に勝負から逃げてるだけだろと言われればグーの音も出ないのだけれど。
コンビを組んでいてR-1にも出場して功績を残し、そのおかげでR-1自体が盛り上がったりもしているので、エントリーする人に対しては別に何の文句もないのだが、エントリーするからには本気で取り組んでほしい。
とりあえず出てみるとかいう甘い考えは捨ててほしいのだ。
普段からピン芸を磨いてないやつがとりあえずで出て勝ち上がれるほど甘い世界じゃないことは確かで、それなら僕はその時間を使って漫才に打ち込んだ方が絶対に良いと思っていた。
僕は漫才師だから、漫才以外やらないとかっこつけていた。
でも、今は違う。
今年はれっきとしたピン芸人だ。
ピンネタも何本かあるし、作家さんや同期の前で披露したりもしている。
これはもうR-1にエントリーするしかないじゃないか。
よし、今年はエントリーしよう。
そう思ったのも束の間、ここで1つ問題が発生した。
実は、お客さんの前で1回もネタを披露したことがないのだ。
作家さんや同期の前でやったことはあるにしても、お客さんの前でやったことがあるのとないのとでは天と地の差。
でも、予選日までまだあと1ヶ月以上もある。
僕がこの1ヶ月でピンネタをどんだけ叩けるかにかかっている。
よし、やってやろう。
僕は、勢いに任せてR-1をエントリーした。
エントリーさえ先にしとけば自ずとネタを叩くだろう。
エントリーしたことでR-1に出なければならないという焦りが僕のケツを叩いてくれるだろう。
そう思い、メールがきた次の日にエントリーをした。
そして、何もしないまま1ヶ月が過ぎた。
あれ?こんなに1ヶ月って早かったけ?まだなーんにもしてないんやけど?なんで?
1/10が僕の予選日だったのだが、気付けば1/4になっていた。
言い訳をさせてもらうと、とにかく忙しかった。
男の言い訳ほど見苦しいものはないのでこれ以上は言わないが、とにかく忙しかったとだけ言っておく。
仲の良い同期にR-1の予選日が1/10だということを伝えると、その同期が予選を見に来たいと言い出した。
知ってるやつが見に来るとめちゃくちゃ緊張するので見に来るなと言ったが、それでも行きたいと言われた。
じゃあわかったと、もし満足いくようなネタが今からできたら見に来てもいいよと、そう伝えると、ネタができてなくても見に行くと言われた。
しかもそいつの相方もいっしょに連れていくとのこと。
もうめちゃくちゃムカついたのでそこからそいつのLINEは無視した。
僕は、同期が見に来るとなってからやっと自分のケツを叩きだした。
下手なパフォーマンスはできない、なんとしてもおもしろいものを届ける、そう言い聞かせながらそこから5日間を過ごし、修正に修正を重ねやっと納得のいく漫談ができた。
よし、これならいける、待ってろ。
そして当日、僕は肩で風を切りながら予選会場に向かった。
会場に着き、舞台裏で待機していると、全くと言っていいほど漫談をする芸人がいなかった。
というのも、芸人にとって漫談でウケをとるのは非常に難しい。
R-1の予選はただでさえ空気が重めなことで有名で、そこをひとりでベシャリだけで笑いをとるなんて相当な技術が必要になってくる。
なので、誰も漫談をやりたがらないのだ。
少なくとも僕の前後20人くらいに漫談の人はいなかった。
流石に1人か2人くらいはいていいだろうとは思ったが、案の定すぎた。
でも大丈夫、納得のいくネタはできたし何度も練習をした、もう僕にこわいものはない。
そう暗示していると、ついに出番がやってきた。
スタッフさんの合図をもらい上手からいざ出陣。
センターマイクの高さを整え顔を上げると、僕の目線の真正面のど真ん中の席に同期がいた。
同期がいたのだが、見に来ると言っていたやつの相方だけが座っていた。
隣には誰もいない。
あれ?あいつは?なんで相方の方だけ?どこいったあいつ?
見に来るなと言ったのにそれでも見に行きたいと我を貫き通してきたあいつがどこにもいないのだ。
僕は、その時点で頭が真っ白になった。
真っ白になった瞬間これはやばいと思い、なんとか頭をカラーに戻そうとした。
声を発し、なんとかいつもの自分を取り戻し、普段通りネタをやれていたのだが、ネタの序盤の大事なところで爆噛みしてしまった。
そこからの記憶はあまりない。
あまりないのだが、誰も漫談する芸人がいないこともあってか、心なしかお客さんは僕に優しいように見えた。
漫談の時点でもう笑う準備をしてくれていたというか、ちょっとお客さんに話しかけただけで笑っくれるというか、とにかく漫談の人に対して暖かいような雰囲気があった。
だが、大きなウケはないまま僕のR-1一回戦は終わった。
悔しすぎた。
悔しすぎて舞台裏で5分くらい顔を伏せてうなだれた。
もっとやれたと思った。
いつものパフォーマンスの半分くらいしか出せれてなかったと思う。
受かる受からない関係なくいつものパフォーマンが出せなかったのが1番悔しかった。
あのウケじゃ通過は厳しいだろうとも思った。
お客さんは優しかったのに掴めなかった。
掴めそうで掴めない、これは完璧に自分の実力不足によるものだった。
完璧に自分の実力不足だったのに、これはもうなぜか会場にいなかったあいつに全てをなすりつけよう、うんもう全部あいつのせいにしよう、あいつが悪い。
そう自分を慰め、伏せていた顔を上げた。
会場を出て、真正面で見てくれた同期にLINEをした。
連絡をとりすぐに合流すると、そいつは僕のエッセイのグッズを着ていた。
これ。
僕は、同期が僕のグッズを着てくれている驚きとベストなパフォーマンスができなかった悔しさともう1人の同期がなんでいないかという疑念で一瞬だけ頭がフリーズした。
とりあえず冷静に1つずつ処理していった。
1人で見にきてくれたこととグッズを買ってくれたことへの感謝を告げた後、とてつもなく悔しいということを伝えた。
その同期はおもしろかったよと言ってくれた。
こいつだけは一生大切にしようと思った。
そして問題のもう片方の同期だが、シンプル遅刻とのこと。
なんなら僕がネタをやる直前ぐらいに起きたとのこと。
もうまじで全部こいつのせいにしてやろうと思った。
ふみ神フリースを着ている同期ととりあえずカフェに行った。
席に座り、同期がふみ神フリースを脱ぐと、その下にもう一枚フリースを着ていた。
フリースの重ね着は最先端すぎるなと思った。
漫談の途中から記憶が曖昧なので、僕のネタと同期の記憶をひとつひとつ重ね合わせ、どこか飛ばしたとこはないか確認した。
どこも飛ばしてなかった。
なんなら噛んだとこ意外は完璧にやれてたっぽい。
完璧にやれてたのに掴めなかった。
余計に実力不足をつきつけられた気がしてやるせなくなった。
でも大丈夫、これも全て遅刻野郎のせいだ、今日はそういう風にしておこう。
お互いタバコを5本ぐらい吸ってカフェを出たあと、遅刻野郎と合流した。
遅刻野郎は遅刻したくせにすごく元気だった。
まあいっぱい寝れたからだろう。
とりあえず3人で違うカフェへ。
僕がテラス席へ座ろうとすると2人とも嫌そうな顔をしていたが、見て見ぬふりをしてテラス席に腰を据えた。
そして、ネタが上手くできずネタ中の記憶があまりないことをとりあえず遅刻野郎になすりつけた。
すっごい元気に謝ってきた。
遅刻したくせに。
遅刻するのは全然いいが、僕が見にくるなと言ったのにそれでも無理矢理見にくると言ってきやがったくせに遅刻して自分が誘った相方をひとりで見させるという所業が極悪すぎた。
しかもめっちゃ元気。
このことを極寒のテラス席で軽く説教させてもらった。
外に備え付けてあるヒーターに暖まりながらこれまた元気に謝ってきた。
人から説教されているときにヒーターで暖まるなとは思ったが、それに関しては何も言わないであげた。
遅刻野郎がカフェ代を全部支払ってくれた。
もっと高いのを頼んどけばよかったと後悔した。
ふみ神フリースがバイトに行かなければいけない時間になったので遅刻オカッパと2人で見送った。
そのあと遅刻色黒チビとラジオを録り、公開説教をしたあと飲みにでた。
別の同期2人と合流し、4人でたくさん飲んだ。
たくさん飲みすぎて全然ご飯を頼んでいないのに、居酒屋で会計がひとり8000円もいってしまった。
かぼちこハイボールが美味いくせに酒が濃ゆすぎて飲む手が止まらなかったせい。
酒は濃ければ濃いほどすすむのは僕の悪い癖だ。
居酒屋を出たあとの記憶があまりないのだが、気づけば4人でキャバクラにいた。
本日2度目の記憶喪失である。
1度目は板の上で、2度目はふかふかのソファーの上で。
キャバクラを出たあと、何故か4人ともバラバラになりはぐれた。
ドラゴンボールみたいに各地に散り散りになったのだ。
なんとか3人は合流できたものの、もう1人はいつまでたっても合流できなかった。
僕たち3人は朝の5時頃まで飲んで帰ったのだが、あと1人の同期は朝の8時まで道玄坂の路上で寝ていたらしい。
僕の記憶ではとてつもなく寒かったはずだが、お酒とは恐ろしいものだ。
兎にも角にも、僕の初R-1物語はこれにて終了した。
次の日に結果を確認してしっかり敗退していたのと、キャバクラの領収書が ¥101,500 だったのを見て記憶がまた飛びそうになった。
来年は必ずリベンジします。
もちろん漫談で。
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