人や暮らしに丁寧に向き合う芸術家、山根さん
「生きることを、芸術と捉えることもできる」か。
なるほど深い…
この言葉をくれたのは、
人や暮らしに丁寧に向き合う芸術家、山根さん。
1個前のエッセイでは、山根さんの「暮らし」を体験にスポットを当てて書いていきました。今回は山根さんの「人との関わり方」をメインにお話ししていきます。
1個前のエッセイはこちらから。ぜひ、読んでみてください。
より山根さんのよさが伝わると思います。
あらためまして noteに辿り着いてくれたみなさん
こんにちは!
私は名古屋でデザインを学んでいるひなたです。
私は今、南伊豆にある宿「ローカル×ローカル(以下:L2)」の学生インターン3期生として、南伊豆に約1ヶ月間滞在しています。
(投稿日、10月12日現在はインターン終了してます)
L2の夏の学生インターンについてはこちらの記事をご覧ください。
山根さんとの出会い
L2のオーナーであり、私の大学の先輩であるイッテツさんが企画した、「南伊豆くらし図鑑」という南伊豆のくらしの魅力に着目した体験プログラムがある。
詳しい情報はこちらをご覧ください。
この暮らし体験で、山根さんという、
愛知県出身で南伊豆に移住してきた方と出会った。
山根さんは、三児の父で、鍼灸・整体師をメインに活動しているそう。
他にも、お野菜を育てたり。お米を育てて、自給自足したり。家を自分でリノベーションしたり。『やまねこ一座』という芸名で、音楽パフォーマンスをしたり。アートワークショップをひらいたり…引き出しの多い方。
山根さんのやっていることの詳細はこちらをご覧ください。
すんなり入ってくるようで、でも全部を消化するのには時間がかかりそう。
だけどこの考えを味わってみたい、ぐわっと私の中に共感と規制の気持ちがうまれた。
私も似たこと考えたことあって、やっぱり気になるし、考えるの楽しいよねの共感の気持ち。これ以上考えちゃうと、底のない沼にハマっちゃいそうという、自己規制。
それと同時に、山根さんは何を表現しているのか。
山根さんに会ってから、今の今までの出来事を、映画を10倍速で見ているようにぶあ~って頭の中で思い出していた。
「生き方を表現する」という視点から山根さんをみると、
山根さんは丁寧な人だと思う。
それは、「暮らしかた」と「人との関わりかた」という2点から言えると思う。
丁寧な暮らしをする山根さん
山根さんは自然と暮らすことを大事にしている人。
自然と暮らすとは、やかんでお茶を沸かすこと、そのお茶には湧水をつかっていること、つかう湧水をわざわざ汲みに行くこと…
「お茶を飲む。」
こんなシンプルなことに、これだけの手間をかけられる人。極端なことを言うと、お茶を買えば、それで終わる話。でも、そこにあえて手間と時間をかける。
そもそも、「手間をかける余地に気づける力」がなければ、この暮らしはできないのでは、と私は思っている。
丁寧に暮らしと向き合っている山根さんだからこそできること。
こういう山根さんの暮らしに対す姿勢が、丁寧だと思う。
九月の初旬、山根さんの暮らしを体験させてもらった。約半月が経った今でも、時間を使う贅沢の感覚がずっと心の中に残っている。その日のことや、情景を思い出すと、ついついにやけてしまうほど。それくらい、私にとっては大きな出来事だった。
なので、この体験のことは別で記事を書いています。
よかったら、こちらをご覧ください。
丁寧な暮らしをする山根さんの、人との関わり方
先日のこと。9月にもかかわらず、座っているだけでジワジワ汗が出て、日差しが肌にチクチク刺さるような晴れた日。
山根さんに南伊豆のコーヒー屋、moksaさんへ連れて行ってもらった時のこと。ちなみにmoksaさんの店主、ぶんちゃんと山根さんは知り合いらしい。
ぶんちゃんを見つけると、山根さんがひとこと。
「ぶんちゃん、この前大変だったんだって?」
「あー、足っすか。大丈夫ですよ。」
とぶんちゃん。
ぶんちゃんの足を見ると、たしかに、ガーゼをネットで固定していた。
人と会った時、1番に心配できる人ってすごいって思った。話を聞いた直後ならわかる。でも、数日前に聞いたことや出来事を、再会して1番に聞く。
きっとそれだけ心配したり、その人ことを思っていたからできたのではないか、と私は思う。
これを自然にできている山根さんは、それだけ人を丁寧にみているんだと思う。
moksaさんにいる間だけでも、他にも何回かそういう場面を見た。
私をぶんちゃんに紹介してくれたり、名前がわかる人のことは名前で呼んでいたり、一度会ったことあるおじいちゃんも名前で呼んでいたり、一度話しかけてみて返事が返ってこなかったら深追いをしなかったり…
山根さんは、人をひとりひとりちゃんとみている。
決して、上から目線で言っているわけではない。
ひとり、ひとりを見ているからできること。名前で呼ぶ。簡単なことだけど、人してみているか、「その人」としてみているかでは、受け取り方がかなり違う。
今ふと思ったけど、全て山根さん発信の行動ばかり。私は能動的に人と関わるのが得意じゃないのてで、能動的に動けることがすごい。
もしかしたら、能動的に動くというのも山根さんなりの表現なのかもしれない。
そういえば、山根さんの暮らしを体験をした時も、「外は暑いから」と帽子を貸してくれた。
山根さんは暮らしかただけではなく、人に対しても小さいことに気づくセンサーがある気がする。それくらい、丁寧に人をみていると思う。
丁寧な芸術家、山根さん
何気なく過ぎて行ってしまうような日も、「自分が何を見て、何を思っていたのか」を言語化してみると、新たな発見がある。
この文章を書いてる中で、山根さんのよさにさらに気づくことができた。
そして山根さんは、噛めば噛むほど系の人だと思う。(笑)
噛めば噛むほど系というのは、掘れば掘ったぶん、知れば知るほど、惹かれるような人のこと。ついつい知りたくなっちゃう人。
私は、もっと山根さんのように人に興味を持って関わってみるのも良いのかもしれない。人に興味を持つことって、自分発信(能動的に行動)がキーワードな気がする。
たとえば、気になる人がいたら、些細なことでもいいから、自分なりの気づきを伝えてみる。
それだけで、その人との関係が深めることができるかもしれないから。
人や暮らしに丁寧に向き合う芸術家、山根さん。
私はもっと山根さんにみたいに、小さいことに気づくセンサーを持ちたい。
丁寧に世界を見てみたい。
日常を見るセンサーのちょっと精度をあげてみると、もっといろんなことが見えてるかもしれません。
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