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「私、何を望んでるの?」子どものころの服で決まる恋愛

服はセルフイメージだった…


小学校の入学式の時、私が何を着るのか、で父と母の意見が分かれました。

その時生まれて初めて「私はどうしたらいいの?どうあるべき?私は本当は何を望んでいるの?」

と、自分のことがわからなくなったのです。

6歳だったので、心の中でここまで言語化はできていなかったけれど

たしかに親と自分のズレみたいなものを感じた出来事でした。

私には3歳違いの兄がいます。小さい頃の写真を見ると兄のおさがりっぽい

ズボンとかトレーナみたいなのを着ています。

「全然かわいくない」小さい頃は、そんな服装の自分の写真が嫌いでした。

私は昭和の生まれです。そのころには近所に、ユニ○ロも、西○屋も、しま○らも、ありませんでした。

小さい頃 母親は兄には良い服を買っていました。

母は三人姉妹の末っ子で伯母たちにも娘しかいなかったんです。

兄は、母方の親戚中でたった一人の男の子で注目の的でした。

それで母も鼻が高くて良い服を着せたかったんでしょうね。

一方で私は、兄のおさがりばかりでした。

「とってもいい生地なのよ、女の子も着られるわよ」って、母は言ったけれど

子供にしたら生地の良し悪しなんかよくわからないでしょ。

私は「女の子らしい、かわいい服が欲しいな」ってずっと思い続けていました。

うちは、そのころ貧乏でもなかったけれど、親が慎ましかったせいもあって

兄の良い服 → おさがりっていう決まりになっていたのね。 
 
「そんなもんなんだ」ってその時は思ってた。
 

それが小学校の入学式では自分の
 
ワンピースを買ってもらえることになって、私は嬉しくてドキドキしたの。
 

 はじめて感じた親とのズレ


百貨店の子供服売り場に行くって聞いて、小学校よりもランドセルよりも
 
入学式の服のことを、想像してはうっとりしていました。
 
百貨店に行く日はめずらしく会社帰りの父も一緒で、とっても嬉しかったのを覚えています。
 
 
そう、そこまでは嬉しかったのに…。
 
 
子供服売り場で、ベロア生地に小さなレースの襟が付いたワンピースが候補にあがりました。
 
形も可愛いし、何よりワンピースってだけで私は嬉しくてドキドキしていました。
 
「こんなにかわいい服が着られる。嬉しい」と夢のようでした。
 
 
ところが…。
 
私はそのワンピースの薄いピンクがよかったのに
 
父は「緑がいい」と言い、母は「黄色がいい」と言ったの。
 
店員さんは黄色と緑の2枚を試着させてくれました。
 
私は、どぎまぎしながらも「ピンクがいい」と言いました。
 
すると「ピンクはありきたりだからダメ」と母はあっさり言いました。
 

そのころ親に従順だったんだね、私。私は、持っていたピンクのワンピースを手放したの。
 
緑も黄色も着てみたけれど、私はピンクがよかった。
 
だからピンクじゃなければ、もうどうでもよかったんです。
 
 
結局母の意見が勝ちました。
 
母は「ケイコちゃんは、黄色がよく似合うわよ」と言ってくれたけれど
 
自分に黄色が似合うかどうかわからなかった…。
 
 
ただ
 
「親がそう言うんならそうかもしれない」と思った記憶があります。

せっかく買ってもらった服が全然嬉しくなかったけれど、

母は喜んでいるので「黄色でよかったんだ」と自分に言い聞かせました。
 
その時も言語化は出来ていなかったけれど…。
 
私は「ピンクはダメ。黄色が似合う」と自分の潜在意識に刷り込んでしまったのです。
 
 
小学校の2年生くらいまで、好きな服着たい服を却下され続けました。
 
そして高学年になると、みんなジーンズとか
 
パンツスタイルになり私はずっと憧れていたピンクのスカートを着ることなく成長してしまいました。
 
そして
 
ある程度大きくなると、それこそピンクのスカートをはきたいと思うことも、無くなったのです。
 
小さい頃の服のことはすっかり忘れていたのです。
 
けれど、そう言ってはいられなくなりました。


閉じた女性性


 
 
高校生の時、まわりの友人たちには彼ができるのに 私にはまったく、そんな兆しがありません。
 
恋愛に興味がないわけではないのに、男子に緊張しちゃってうまく話すことが出来なかったんです。
 
女性としての己肯定感や、女性としての自信がまったくありませんでした。
 
当時は自己肯定感なんて言葉はなかったから、理由がわからないまま
 
「緊張して男子と話せない」みたいな状態が高校の間、ずっと続いたのです。
 
 
そんな私が、ふと気づいたことがあります。
 
 
それはピンクや赤のような、女の子が憧れる色の服を一度も

着たことが無い私は「私は女のコとしてダメなんだ」と、

思い込んでいた、ということです。


 
小さい頃
 
ピンクや赤の洋服を着ている同級生の女の子に
 
コンプレックスを持っていて「自分はかわいくない」と思っていたのです。

服は私のセルフイメージだったのです。
 
 
 
大人になってからも
 
自信が無くて恋愛が上手く行かなかったことが何度もあります。
 
恋愛やパートナーシップが上手く行かないことが多い女性は幼少期の

親との関係が大きいのですが
 
私自身は、ごく普通の家庭環境だったし、両親も兄も私を愛してくれて

いたし、なにも問題は思い浮かびませんでした。


傷ついたインナーチャイルド



何度も過去に遡ってみると、4歳から7歳くらいの私がピンクや赤の洋服を着られずにいたこと、
 
そんな洋服を着ている友達を羨ましく思い、コンプレックスを抱いていたことに
 
やっと辿り着きました。
 
 
女性としての自信の無さは、「親が選んだ服の色」が原因だったことが

わかりました。
 
今思うと、本当に取るに足りないことだと感じます。
 
 
でも、たいした理由じゃなくても
 
小さい子供の心は簡単に傷つけられてしまうのです。
 
インナーチャイルドって呼ばれますが、

過去に受けた「潜在意識への刷り込み」ですね。
 
私の場合、ピンクへの憧れが叶わないことで、小さい頃に女性性を閉じてしまったのです。
 
女性性は第2チャクラのエネルギーと関係しています(下図参照)



 
そしてピンクは胸の第4チャクラの色でもあります。

第4チャクラの色は2つあって
 
 
癒しの緑
 
愛を与えて受け取るピンク、です。
 
 
私は望んだ時にピンクを手に入れられなかったので
 
自分自身への愛が満たされていなかったようです。

そして第2チャクラと第4チャクラを閉じてしまっていました。

これでは恋愛も出来ません。
 
 
チャクラを研究するようになって
 
自分の恋愛苦手意識がやっと読み解けるようになりました。
 
 
今ではピンクに限らず、いいな、と思った色は必ず目に見えるところに置くようにしています。
 
色が持っているそれぞれの波長は各チャクラと同じです。
 
だから色だけでチャクラを元気にすることができます。
 
 
第1チャクラ 赤        自己肯定感・生命力
第2チャクラ オレンジ     セクシャリティ
第3チャクラ 黄色       自信
第4チャクラ 緑とピンク            愛と癒し
第5チャクラ 薄い青         会話
第6チャクラ 濃い青            直感
第7チャクラ 紫         ワンネス
 
となっています。

自分が好きな色は、自分に必要なエネルギーを与えてくれるのです。
 
これは、チャクラも色の力も使わない手はありませんね。
 
 
そして今にして思うと、両親が私に着せようとした色からも
 
両親が無意識に必要としていたものが見えてきます。

母は黄色で第3チャクラの自信、父は緑で第4チャクラの癒しです。
 
チャクラも色の力も 気づかないところで大きな影響を与えています。
 
親が子に選んだ服の色は、実はその親自身が何を求めているのかを

示していることもあります。
 
その色が、子供が無意識に求めている色と違うとそれだけで親子の間にズレが起こります。
 
 
カウンセリングで恋愛のお悩みを聞くことが多いですが
 
過去の家庭環境に問題はない、と思っている方も結構多いです。
 
けれど、ヒアリングを続けていくと必ずどこかで
 
チャクラが傷ついた瞬間に行き当たります。

そこでチャクラとインナーチャイルドを癒すと
 
本当はどんな自分でいたかったのか、これからは

どんな自分で生きていきたいのか、が
 
わかるようになっていきます。

まずは好きな色があれば遠慮せず 身に着けたり 身の回りに置くということをおススメしています。

それだけでも人は元気になれるのです。

あなたが選ぶ色にあなたの本心が隠されています。

はやく、気が付いてあげてくださいね。

【追伸】
私は先日、ピンクのトートバックを買ってハートが満たされています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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