鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記(17)
「ここで待っているように言っていたのですがね。あの男はいつも時間に対していいかげんで困ります」
言いながらガリル・ザウァーの視線は棚の武器類に釘付けになっていた。
アメリカのBARより軽くて扱いやすいイギリス製ブレン軽機関銃やヴィッカーズ機関銃、20ミリ砲などが所狭しと並んでいる。
そのひとつひとつを確認するように眺めながら、壁沿いを移動するガリル・ザウァー。
したり顔のアミも、手を後ろに組んでついてゆく。
「これはドイツの機関銃MG42じゃないですか。毎分千二百発を発射できるという優れものですよ」
「えむじい?」
「ええ、ええ、優秀な銃です」
「ガリル・ザウァーがドイツをほめるなんて珍しい。わたしはドイツは嫌いだ」
「ええ、ええ、貴女はそれこそ殺人レベルで射撃が下手ですからね」
「だって、わたしの手がダメになったのはドイツのせいだから」
「ええ、ええ、ハチミツをパンに塗ったら美味しいですね」
「えっ、なに?」
「えっ? 何ですか」
噛みあわない会話を交わすアミとガリル・ザウァー。
「うぐぅ、頭が痛いよ……」
二人に背を向け、ラドムはよろよろと梯子に戻った。
「どうかしたか、ラドム?」
目敏く見付けて追いかけてきたアミに「息苦しいから外の空気吸ってくる」と言い置いて開け放たれたままの扉を出る。
縄梯子にしがみつくようにして、上へとよじ登った。
地上に出た少年は、へなへなと地面に座り込む。
アミに言ったことは嘘である。
額に滲む脂汗を、握り締めたハンカチで拭う。
その手は小刻みに震えていた。
「MG42……?」
そんな名前は知らない。
しかしその銃には見覚えがあった。
ワルシャワに居たころ、彼の祖父を撃ち殺したのはあの機関銃だった。
「落ち着け……。思い出すな。ここはフランスだ。理由なく殺される心配なんてない……」
大丈夫、大丈夫……。
おまじないのように何度も繰り返すうちに、震えが止まるのは分かっている。
指先をギュッと握りしめることで落ち着きを取り戻したラドムは、周囲を見回した。
地下で何をしているか知らないが、アミたちが出て来るまでここで待っていようかと考える。
が、その視線はある一点で止まった。
「何だろ?」
先程アミが開けた扉の向こうに、一見それと分からぬよう草できれいに覆われたもう一つの扉を発見したのだ。
ドキリ。
心音が高鳴るのを覚える。
好奇心を、それは覿面に刺激した。
そこに扉があったなら、開けずにはいられまい、当然。
過度の探究心が我が身を滅ぼすことになりかねないなどと、ラドムは考えもせずその取手を握り締めたのだった。
アミのように楽に、とはいかなかったが、必死になって開けた重い扉の隙間に身体を滑り込ませる。
梯子を降りた先には、狭い通路が伸びていた。
ラドムの背丈ほどの低い天井なので、大人であれば腰を屈めなくては移動できないだろう。
上方の扉が閉まっているため、通路にぽつんと灯されたランプの薄明りが頼りだ。
その直ぐ目の前には、重い鉄製の扉があった。
戸惑いつつもそこを開けると、その向こうにまた同じ扉。更に扉。
疑惑や恐れよりも、反射に近い行動で彼は扉を次々開けていく。
これだけ厳重なのは、何らかの爆破実験を地下で行うための部屋だろうかと推察しながら。
そして彼は五つ目の扉前で、その話し声に気付いたのだった。
シュタイヤーと武器職人の、ドイツ語での不審気なやり取りである。
頼んでいたものができたのかとか、ドイツへ帰るとか、ガリル・ザウァーの情報を土産にとか……。
それは、確実に「聞いてはいけない話」であった。
黒ずくめの男がいつの間に別行動を取っていたのか、ラドムは全く覚えがなかった。
「キナ臭い……」
あるいはそれは野生的な勘だったのだろうか。
ラドムは静かにその場を離れた。
音を立てることを恐れてドアを最後まで閉めず、地上への出口扉も開け放ったまま、すぐにアミとガリル・ザウァーのいる方の地下へ潜る。
「アミっ……」
助けを求めて駆け込んだ筈だが、そこには案の定というべきか、のんびりした空間が広がっていた。
「ほら、そこ。こめかみらへん。ガリル・ザウァー、禿げてきてる!」
「ああっ、本当です。私はまだ三十九歳だというのに」
「さんじゅうきゅう? まだ? もう?」
「くっ、貴女もじきにこの歳になるんですからね」
「わたしはまだまだだ。髪だってフサフサだ」
「くぅっ、失敬な」
撫で付けられた黒髪の、かなり後退しつつあるこめかみの辺りを撫でながら、修行僧のような衣服に身を包んだ武器商人は頻りにぶつくさ言っている。
「うっかりしていました。忙しさにかまけて手入れを怠っていたようです。今が頭皮にとって大切な時期だというのに……」
髪の毛の話であるらしい。アミに禿げを発見されたガリル・ザウァーがショックを受けている構図が見て取れる。
──何をノンキな……。
脱力と絶句を同時に体験し、ラドムは何と声をかけようとしていたか忘れてしまった。
「それよりアミさん、あの子はどうするつもりですか」
あの子が己を指すと瞬間的に悟って、ラドムは声を掛けるタイミングをますます逃してしまう。
「このまま我々と一緒に暮らすというのは危険すぎます。あの子はユダヤ人ですよ。ドイツ兵に見付かったら殺されてしまいます。それを免れたとしても、捕まったら強制居住区(ゲットー)に送られてしまう。ポーランドに大きな収容所が出来るという話も聞きますし……」
イギリスかアメリカに逃がしてやっては……、というガリル・ザウァーの言葉をアミは首を振って制した。
「ダメだ」
その声があまりに強かったものでガリル・ザウァーも、立ち聞く格好になっているラドム本人も戸惑いを隠せない。
「あの子はわたしと一緒だ。両親を偽装船のドイツ兵に殺された。だからあの子は、わたしが守ってやる」
「アーミーさん……」
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