鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記(4)
長い銀色の髪が月の光の下、流星のように鮮やかに舞う。
あまりのスピードに、甲板に溜まったドロリとした赤い液体も彼女の動きに合わせて滴を撒き散らした。
ナイフを弾き飛ばした少女の右手が拳に握り固められ、それは驚く程重い唸りをあげてKの左胸を貫く。
金属の塊が皮膚を穿つ嫌な音が、長く尾を引いて夜空に吸い込まれる。
残響が消える直前、実に無造作な動作で男の胸から自身の腕を引き抜く少女。
汚れを振り払うように軽く手を振る。
風を切る音とともに、血しぶきがラドムの頬を打った。
そこに在ったのは、圧倒的な暴力。
信じられない、という風に少女を見詰めKは絶命の瞬間、こう呟いた。
「オ、オマエは、《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》……?」
その言葉を聞きながら、少年の意識も急速に闇に落ち込もうとしていた。
血煙の中に、鮮血に染まった鋼鉄(メタル)の天使。
視界は血の赤に染まり、彼女の姿も次第に朧になっていく。
砲撃の耳鳴りで聴覚にも鈍い靄がかかっていた。
血反吐の中で咳込み、呼吸すら覚束ない。
腹の傷口が熱くて、心臓の鼓動と共に抗いがたい強烈な痛みを打つ。
手足がスッと冷たくなっていって、自分の身体から血液が失われていくのが感じられる。
「おい、死ぬな!(ネ ムヒーフ パ)」
フランス語で少女が怒鳴っている。
ああ、自分に向けて言ってくれている言葉なんだと悟り、ラドムは声をあげようとした。
しかし言葉は出ない。
喉から溢れ出す血液がゴボゴボと泡となって噴き出るだけ。
「こんな所で、死ぬな(ネ ムヒーフ パ)!」
少女の右手に触れられ、ラドムの身体は反射的にびくりと震えた。
まるで死神のように冷たい手……。
「僕だって、しに……たくな……んっ」
震える唇を、やわらかなものが覆う。
ぼやけた視界いっぱいに少女の顔。
熱いものが口中に侵入するのを少年は抗う術もなく受け入れた。
気道を塞ぐ血痰を何度も吸い出して、少女はその度に悲痛な声で叫ぶ。
「死ぬなと言ってる(ネ ムヒーフ パ)! 生きろ(ヴィーヴル)!」
天使の声にしちゃ随分子供っぽいな……。
そんな事を考えて微かな笑みすら浮かべながら、ラドムはゆっくりと意識を手放していった。
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