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ラスボスが高人さんで困ってます!31

次の日、高人さんには部屋で休んでもらい、俺は港に仕事に行く。高人さんの学舎も今日はお休みにした。
例によって恨めしそうに俺を見ていたが、俺としてはあのまま家に居てもらった方がありがたい。せっかくたくさん注いだのだから。

俺は幸せにユラユラと尻尾を揺らしながら港へと歩く。

「おはようございます。」
商会の暖簾を潜ると明るい栗色の髪をした犬の獣人の青年がにこにこと俺を見た。
「あ!准太さん!おはようございます!」
「おはよう涼くん。積荷の書き出しするよ。今日の分はある?」
「はい。今回多くて。こっちです。」
案内された倉庫には、木箱が積み上がっている。
これらの中身を検めてリストにするのだが、今回は本当に多い。
俺は手にしていた台帳を背中の帯に挟み、襷を取り出した。まずは積み上がった箱を下ろす所からだ。

「あ、商船はどこの?」
襷で着物を固定しながら聞いてみる。国によって渡すリストの文字が違うのでここは聞いとかなきゃいけない事だ。

「えっと、今回はミストルだけですね。」
「ん、ありがとう。後はやっとくよ。」
俺は後ろを振り向き、にっこり笑った。
「はい!なんかあったら呼んでくださいッス!」
「了解」
俺はまた積荷に向き直りそう言った。
涼くんがパタパタと持ち場に戻ったので、魔力で身体強化する。こうしておけば、重い荷物が積まれていても軽々だ。

商船は瑞穂国の絹織物やガラス細工、生薬や霊薬を買い付けにやってくる。その品々は、ミグラテールという南の国に一度運び込まれ、そこからミグラテール産として人の世界に流通していた。
瑞穂で作った品物は、産地を偽らなければミストルに持ち込めないのだ。
「よっぽどを瑞穂国を悪く見せたいんだな。」
あの狡猾で利己的な国王なのだから仕方がない。
住めば都とはよく言ったものだ。
偽りだらけの国王の下でも、目立たず従順でさえいれば多少辛くとも生きていける。

まぁ……関係ないか。真実だろうが偽りだろうが、決して交わる事の無い種族だ。これから先はこの土地を彼と護っていくのだから。

ガタゴトと荷を並べていると、ひゅぅぅっと風が俺の頬を撫でる。

風の精霊だ。高人さんに懐く彼らはあまり俺に優しくない。でも、高人さんが攫われた時に知らせに来てくれた精霊だけは、その後も俺の周りで気配を感じている。

「おはよう。今日はどうしたの?」
最近覚えた精霊との話し方を実践しする。
「俺と話したい精霊さんは手の平に乗って?」
ひゅぅうっと風が手の上につむじ風を起こす。水の精霊の気配まで寄ってくる。

そろそろ良いかな?と、すぅっと深呼吸をして、言霊を紡ぐ。

――我が手に集いし精霊よ。我が魔力を喰らいて束の間にその姿を我に示せ――

すぅっと姿を現したのは三体の精霊だ。一体は風、鳥のような身体にキレ長の瞳が特徴的な可愛らしい子だ。
あと二体は水。いつも周りを飛び回る子達だろう。
水の子達は容姿が違い、一体は人魚のような身体に、背中の鰭がリボンのように長くユラユラと揺らめいている。もう一体は二本の触覚が可愛らしい青い小さなウミウシだ。

――准太、なにしてる?
――はなせてうれしいね!
――なにかてつだう?

俺は姿を見せてくれた三体を眺めてふふっと笑う。
ウミウシは頭の上で触覚を揺らして、後の二体はヒラヒラと俺の周りを飛んでいる。
「ん――、特に手伝う事は……。あ、あの上にある箱をゆっくり下に下ろしてくれる?」

――ことだま。れんしゅうしろって、タカトが言ってた。

風の精霊はやはり手厳しい。
俺は困ったように笑う。水の精霊達は俺の頭の上で見物中だ。

「これ壊したら大変なんだけど。」
――こわさなきゃいい。

簡単に言ってくれるなぁ。

この子は優しい。じっと俺を見て聴き取ろうとしている。けれど言った事以外はしないのだろう。
さて、どう頼んだらいいのかな。目を閉じて言葉を考えながら紡いでいく。

――鳳の翼に力与えし舞風よ――
精霊を可視化した状態で言霊を使うのは初めてだ。チラリと見ると、精霊の周りにフワリと風が舞う。ソレは下から上へ流れて包む風だ。
――風は方舟、我が意に従い護り浮かし運べ――
意に従えと言うと俺の思考を読むように、下ろしたい荷を風が包み、フワリと浮いて下まで運んでくれたが……。
荷物はドサッと床に落下して木の箱が割れてしまう。
「わぁぁっ!?」
俺は慌てて中身を確認すると、反物の箱だったようで、俺は安堵で大きなため息を漏らした。

――どうおろせばいいか、しじなかった。
ゆったりと足を組み、ツンっとそっぽを向く風の精霊。

降ろすのは“意に従う”には入らないのか?
想像したろ、ゆっくり置くとこ!

この辺りは精霊の匙加減なのが精霊術の怖い所で、大して仲良く無い精霊だと言霊でしっかり縛り付けないとこうなるのだ。穴を見つけてはこうして適当な事をする。

頭の上では水の精霊達が腹を抱えて笑っている。

――あっははっ!あはははは!!
――じゅんたぁ!おしかった!くふふっ

「ひどいなぁもう。……あ。一つ引っ掛けてるな……。」
ほつれた反物を見て、ガクリと肩を落として溜息を漏らす。

――あまえはよくない。ちゃんとべんきょうする。じゃないとまたタカトがなく。

…………ごもっともです。
最近水の精霊達に甘えていたからな。
「精進します。今度、飛行の精霊術の練習付き合ってくれない?」
――うん。
風の精霊はあっさりと頷いてくれる。

――じゃあ、ボクたちは准太がしなないようにてつだおう。
――准太うけとめるのたのしみ。みずいっぱいのうみがいいね。

「あはは。……ありがとう。」
死ぬほどの事に……やっぱなるんだな。
身体能力に自信はあるのだが、彼らは気まぐれなので予測が付かないのだ。
俺は乾いた笑いを浮かべる。

精霊達は楽しげに話している。風の精霊も恥ずかしそうにその輪に入っている。大変微笑ましい。

さて、商品に傷をつけてしまった。頭目に報告して、その後は生産者に予備が無いか聞かないといけない。たしか、生産者は隣村なんだよな。隣と言っても一日歩いた先だ。亜人族は飛べる者も多いので距離はあまり関係ないようだが、俺はまだ空は飛べない。

一応……龍なのに。
「はぁ。言霊難しいなぁ……」
まだ二十一年しか生きてないけど、人生でこんなに苦戦した覚えが無いので頭を抱えてしまう。

とりあえず、頭目に反物の破損を報告すると、隣村まで行けばなんとかなるだろうという事だった。

他の積荷は全て自分で降ろし、荷の中身を書き出しては箱に貼り付けて行く。
頭の上で楽しげに話す精霊達の笑い声を聞きながらの仕事も中々良いものだ。

「はぁ。終わった。結構あったな。」
ズラリと並んだ木箱には、それぞれ何が入っているかの紙を貼り付けてある。書き出す台帳に黒鉛を塗った紙を挟み控えを作ってあるため、売り手も買い手も同じ内容のリストが残るようになっていた。
全ての確認が終わった頃には、太陽は西に傾き始め、昼はとうに過ぎていた。気付けば精霊達は消えていた。

さて、後は反物だなぁ。一部がほつれた反物は、枝垂れ桜と牡丹の真っ白な反物だ。花は全て金色がベースになっている。流れる花々が美しい逸品だ。
「高人さんに相談するしか無いかなぁ。」
はぁ。不甲斐ない。だいぶ役に立てるようになったと思ったのに。
その反物を風呂敷に包み背負うように巻き付け結ぶと、商会のお裾分けで頂いた野菜や魚の干物がたんまり入った籠を手に持って帰路へとついた。

夕方、木戸を開いて庭に入ると、高人さんが縁側で俺の帰りを待っていた。
「おかえりチュン太!お、今日はお土産いっぱいだな。」
駆け寄ってくる彼を見ると落ち込んでいた気分も少し浮上する。彼を見つめてニコリと笑う。
「ただいまです。お腹減ったでしょ?すぐ準備しますね。」


その日の夜、俺は夕食を食べながら、今日あった事話した。精霊とのやり取りや、反物の破損、明後日迄に隣村まで行かなければならない事だ。
「高人さん、明日隣村まで連れてってもらえませんか?」
申し訳無さそうに話して高人さんを見つめると、高人さんは味噌汁を啜りながらキョトンとしている。
「いいぞ?寧ろなんでそんな気使うんだ。」
「だって、昨晩もかなり無理させてしまいましたし、俺の我儘ばかり聞いてもらってるようで……。」
へちゃりと狼の耳がしょげて項垂れる。
高人さんは、呆れたように息を吐き、白米を口に運ぶ。
「チュン太は、俺に頼られて面倒だとか思うのか?」
「そんな事思いません!凄く嬉しいに決まってます!」
高人さんに言われて、俺は顔を上げて言い返した。見つめた高人さんの顔はニヤリと笑っている。
「だろ?俺だってお前に頼られて嬉しいんだぞ?」
高人さんはふふっと嬉しげに笑う。
そんな彼を見めて俺も嬉しくて笑う。

「それにしても、風の精霊は本当にお前に手厳しいな。」
高人さんはクスクスと笑いながら言う。
「貴方のためでしょうね。好意的でない精霊を使う時は気を付けなきゃいけないって高人さんからも教えて貰ってたのに、考え甘かったなぁって思いました。」

俺は食事が終わり食器を片付ける。
「そうか。でも、チュン太を傷付けるような事はしないようにな?」
高人さんは食卓に肘をつき何もない場所を眺めて言う。俺から高人さんの顔は見えないが、シンッと緊張する気配を感じた。
「高人さん、精霊さんは貴方のためにと思ってやっているんでしょう?虐めないであげて下さい。」
茶碗を洗いながら言うが、高人さんは悪びれた様子はない。
「そうだとしてもやり過ぎは良くない。こうして駄目な事は駄目、嫌な事は嫌だと伝えるのも隣人との距離の取り方だ。あ、そうだ。チュン太に教えてなかったな。」

俺は茶碗を洗い終わり、手を拭きながら高人さんのもとへ行く。
「また何か新しい事教えてくれるんですか?」
「魅了って分かるか?」
高人さんは相変わらず食卓についた肘にだらし無く頭を預けて、対面に座る俺を見つめる。
「魅了ですか?俺は高人さんに魅了されてますね。」
俺はふふっと笑って彼を見つめる。すると高人さんは顔を赤くして俺から目を逸らす。
「まぁ、うん。それはまぁ……天然の魅了……?いや、そうじゃなくてだなッ」
慌てる高人さんが可愛くて、彼を見つめてにこにこと笑う。
「魅了ってのは、龍の性なんだ。力量にもよるんだが、お前、俺の目綺麗だなって思わなかったか?」

俺はその言い回しになんだか身に覚えがあり、身構える。
「高人さんの目は綺麗ですよ?……また本能がどうとか言うんじゃないでしょうね?怒りますよ。」

彼はそんな俺を見つめて困ったように笑う。

「龍同士で魅了はできない。ただ綺麗だと思うだけだ。龍は宝石やキラキラと輝くモノを好むからな。特に魔力の籠る光り物が好きなんだ。龍の目は魔力を溜め込んだ宝石だからな。瞳ってのは龍にとっては色恋のアピールポイントでもあるんだぞ?」

確かに、俺も宝石類は嫌いじゃない。いや、宝石と言うより鉱物だろうか。磨いたものより原石を好んで集めている気がする。素材としても使える魔石なら沢山持っている。そういうモノを集めていたのは龍の特性もあったのだろうか。高人さんに会った時もまず目に留まったのはその美しいサファイアのような瞳だった。
「…………。」
黙って考えていると、高人さんがクスリと笑う。
「身に覚えがあるみたいだな。」
「確かに、魔石とか鉱物は好きだなって。でも、それと魅了は何の関係があるんですか?」

「魔力が宿るな宝石はどんな種族も魅了する。それと同じかそれ以上の効果が、龍の目にはあるんだ。隣人である精霊は特にその効果が顕著に出る。精霊は龍の目が大好きなんだ。だからジッと目を見て願ってみろ。コイツらは魔力の満ちた宝石の目には逆らえない。魅了ってのはそう言う事だ。精霊達も馬鹿ではないから、お前が嫌いならこちらを向かない。そんな場合には言霊でしっかり縛らないといけない。」 

そうか、風の精霊とは目は合わせなかったな。ジッとこちらを見ていたのは言葉に耳を傾けていたのだと思っていた。視線を合わせなければいけなかったのか。

「まず、可視化できない俺は中々目を合わせるのが難しいですね。ああでも、可視化させてくれる子は魅了もできるのか。」

ぶつぶつと独り言を言う俺を、高人さんは嬉しげに見つめている。
「お前は教え甲斐があるよ。ほんと。」
そう言うと高人さんは、よいしょ……っと立ち上がる。
「高人さん?」
「そろそろ寝るよ。まだ身体がだるいんだ。今夜はどっちの部屋で寝る?」
高人さんは、幸せそうに笑い俺を見下ろした。そのうっとりするような瞳に釘付けになる。
「じゃあ、俺の部屋に。」
俺がそう言うと彼はコクリと頷き欠伸を噛みしめる。
「分かった。先に寝てるからな。」
「はい。おやすみなさい。」
「ん、おやすみ。」
高人さんは、そう言うと床の間へと行ってしまった。

ここのところ、高人さんはとても色っぽく見える。
孕めるようになった身体が安定してきた事で、中性的な魅力に拍車がかかったというか。
発情期でも無いのに彼の視線の揺らめきにすらゾクリとしてしまう事がある。これが俺にだけの効果なら良いが、まぁそんな事は無いだろう。

亜人種には発情期がある。どの種にも時期は違えど発情期があった。大体の種族が年明けから暖かくなるまでに発情期を迎え、恋の季節となる。人の姿をしている以上、性行為自体は異種族でもできるだろうし……。長を襲う不届きものは居ないだろうが、そんな目で見られるのも許せない。

「春はあまり外に出したく無いな……。」
俺はボソリと呟きため息を吐いた。

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