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今月出会えてよかった本 【2022年5月版】

今月出会ってよかった本は、砥上裕將さんの『7.5グラムの奇跡』です。

実はこの本は発売当初、初版で既に購入していたのです。それなのになぜ今月まで読むのを遅らせたのか、それは私の積読癖にあります。

「いつ読んでも面白いだろうから、今読まなくてもいいだろう」
そんな考えが高層に連なる積読ビルを生み出しているわけなのですが、それはそれとして、早く読んでおけば良かったなと思うまでが一連の流れなのかとも思ってしまいます。

見えるという奇跡

この小説の舞台となっているのはとある眼科医院です。主人公はその医院で視能訓練士として働く不器用な青年で、様々なトラブルに四苦八苦し、時には同僚の助けを得ながら立ち向かっていきます。

舞台が眼科医院であるため、トラブルとは視覚に関するものばかりですが、これまで不自由なく見えていたものが見えなくなってしまう恐怖や不安を丁寧に描き、没入感の高い物語に仕上がっています。

「見えない」はとても残酷で、当然のように見えていた人こそ世界のギャップに負けそうになる。そして「見えない」は身体的なものだけでなく、心因性のものも多く存在することが「見えない」への恐怖を色濃くさせます。

そうして「見えない」を詳細に描写するからこそ、「見える」ことが奇跡として表れるのです。

見えなくなってしまった世界をどのように捉えるか。新しい世界をどのように見るのか。

主人公たち医院の人間や周りの人達が皆同じ方向を向いて「見えない」に立ち向かっていくその姿は、読者にそっと寄り添うような優しさに見えました。

丁寧な眼科医院の描写

今作は眼科医院が舞台となっており、とにかく丁寧に描写されているなと感じました。そしてその描写の丁寧さは地の文に限りません

専門的な機材を詳細に描写し、作品背景の解像度が高いことはもちろんのことなのですが、それ以上に惹かれたのは患者と主人公含む医院側の対話です。

目の異常は診断する側が客観的に判断するだけでなく、患者側の主観的な視点がとても重要であるという点が一貫して描かれています。つまり眼科とは、瞳を冷静に観察するだけでなくその奥底にある想いに気づかなければならないとても繊細な職業であることがうかがえます。

私自身、あまり眼科に通った経験はありませんが、その描写の丁寧さに普段自分がどれだけ周りを「見てない」のかを考えさせられます。

まだ自分の瞳が輝いているうちにもっと多くのものを見て、もっと多くの想いに気づけるようになりたい。そう思わせるような作品でした。

終わりに

砥上裕將さんの前作『線は、僕を描く』を読んで、著者の筆致に惹かれてから新作を追いかけるようにして買っていた本作。

前作以上のものはないかもしれないと思いつつ読んだ本作は、より日常に近い舞台だったせいかかなり没頭して読み進められました

専門用語が何度も出てきますが、そのたびに調べて理解を深めることで、よりこの作品が「見えて」いった気がします。

読書も「読む」も、「見える」の一部です。それすらも奇跡と呼べるのではないでしょうか。

著者の3作目が発表された時、次はどのような世界を描き、見せてくれるのか今から楽しみです。

また、この作品も前作同様に30ページほどの小冊子が配信されているので、読み終わった後に軽く読んでみるのもいかかでしょうか。

ひとりでも多くの人が素晴らしい作品と出会い、一つでも多くの作品を「見られ」ますように。

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