寧静な海にただよう、海月になりたい。 #旅する日本語
「言っとくけど、なんにもないよ」
たしかに、この町には百貨店や飲食店だけでなく、ふらっと遊べるレジャー施設も存在しない。
夫の地元は、高知県の市街地から3時間ほど離れた場所にある。自宅から移動すると14時間ほどかかるため、帰省は長旅であり、命懸けだった。
この町は星がきれいで空気もおいしい。問題なのは近所のスーパーまで40分、最寄り駅は車で1時間かかることだ。
気づけば海にいて、ふたり仲良く砂浜を歩いていた。話しながら歩くと時間の感覚が早い。夕日が沈んだタイミングで、夫が口を開いた。
「ほんとは、ここで指輪を渡そうと考えてた」
「ロマンチックだね」
「結局、できなかったけど」
「……60歳くらいになったら、こっちに住む?」
「うん。いいと思うよ」
なんにもない町だけれど、星や空気がきれいで、いつまでも寧静な時間が流れるのなら、流行りの移住も悪くない。
きっと、窮屈で穏やかな海が、わたしたちを歓迎してくれるだろう。
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