ミドリ

1994 / 病気を治して誰かの光になりたい。

ミドリ

1994 / 病気を治して誰かの光になりたい。

最近の記事

どこに引っ越したい?|日記

かなり前のことを思い起こす。 2020年3月ぶりにライブに行ってきた。 2024.7.11(木) コロナの緊急事態宣言出るまえぶりのライブだった。 コロナが流行り出した当時持ってて泣く泣くさようならしたチケット ・牛田智大くんのコンサート ・Mr.ふぉるて 悲しい。 それまで割と月2-4とかでライブ出掛けてたのだが、コロナと同時期に仕事がいやすぎて耳がボイコットしたのもあいまってイヤホン使わないようにしてたらあっという間に音楽から離れた。 だけど数年前に、もういい加

    • 「お互い90歳になったら残りの10年、1人になった自由を一緒に謳歌しましょう」って言われてちょっとだけ生きるの楽しみになった。 久しぶりに実家に帰省したら電話が来たから、会えるかなって思ったけどただタイミングが良かっただけだった。 この人には本当に90歳まで会えなさそうだ。

      • 7.8月の受診記録|摂食障害治療記録

        気がついたら8月が終わる。 しっかり日記を書くのをサボった。別に誰も読んでないから構わないわけだけど、自分の好きなことさえもサボってしまう怠惰さに嫌気がさす。 過食がどうしても止まらなくて7月、8月と薬を変えてもらった。 ・インチュニブ1mgスタート(新) ・ベンザリン ・トピナ ・ストラテラ ・マイスリー ・ワイパックス インチュニブは前に5mg飲んでいた。 効果が無いな〜 意味ないな〜 と思って、できる限り薬の数を減らしたくて辞めていた。 あまりに過食が凄まじく

        • 5年日記は続かない。|日記

          「おじいちゃんも歳だし、もっと頻繁に実家に帰っておいで」と母に言われ、今月もふらっと帰省した。 近所の洋食屋のオムライスがとても懐かしかった。 昔500円でめちゃくちゃ安いな〜って感じだったけど、未だ750円だった。 「そのうち上がるよ〜」っておじさんニコニコしていた。 このお店の名前うさぎと名のつくのがとても可愛い。 そのあとあまりに暇すぎて昔カフェのあった跡地のブックカフェに行った。 昔のカフェの雰囲気も思い出してなんだか嬉しかった。 奥の席で多分生物の研究をして

        どこに引っ越したい?|日記

        • 「お互い90歳になったら残りの10年、1人になった自由を一緒に謳歌しましょう」って言われてちょっとだけ生きるの楽しみになった。 久しぶりに実家に帰省したら電話が来たから、会えるかなって思ったけどただタイミングが良かっただけだった。 この人には本当に90歳まで会えなさそうだ。

        • 7.8月の受診記録|摂食障害治療記録

        • 5年日記は続かない。|日記

          6月の受診|摂食障害治療記録

          病院のこだわり 予約 いつも大体仕事のない土曜日に予約をする。 時間は9時台。理由はその後いく薬局が一番空いているから。 あと、美容室とかもそうだし、対人援助する仕事の自分もそうなんだけど、人間働き出した最初の時間が一番元気がいいし、やる気があるし、相手の心にも余裕がある時間を狙ってる。 一回だけ平日ど真ん中の夕方行ったらとても病院が混んでいて疲弊した先生に当たったことがある。人間誰しも余裕がなくなるんだなと思ったし、メンクリという環境上そりゃそこらよりさらに疲弊するだろ

          6月の受診|摂食障害治療記録

          お弁当をひとりで食べていた高校時代 |日記

          高校1年生。 私は遠距離通学をはじめた。 ど田舎なので先ず駅に行くのにバス停まで20分歩き、2時間に1本とかのバスに15分揺られ、40分電車に乗り、そこからスクールバスに乗り換え…ってしないといけないので、1日に4時間ぐらいを通学に費やすことになった。 母も同時期に異動になり私も母もクタクタだった。 多分めちゃくちゃ必死だった。毎日私たちは色々言い争ってたと思う。 その一個が通学時間で、母が朝に駅まで送るならば課金してでも7時半の快速電車に乗って欲しい(出発時間が遅いか

          お弁当をひとりで食べていた高校時代 |日記

          わたしは富江になりたい |伊藤潤二展|日記

          2024.5.21 伊藤潤二展に出掛けてきた。 いつ知ったかは覚えてないけど、20代前半から「富江になりたい」って思っていた。 見た目の美しさは当たり前なんだけど、相手をめちゃくちゃに振り回すのに殺意を抑えられなくなるくらい魅力的であるという設定が、自分になさすぎる性格すぎて心に宿したい存在だった。 富江目指してひたすらに髪を伸ばしては切り、伸ばしては切り、とうとう母に「もう若くないのだから、髪飾りも何もしないのにただ長い髪はおばけみたい。切った方が可愛い。」と言われた

          わたしは富江になりたい |伊藤潤二展|日記

          スイセンの記憶|日記

          gwのことのつづき。 最近久しぶりに仕事で花に触れる機会か多いことを知った母が花がたくさん咲くワイナリーや、バラ園に連れて行ってくれた。 母曰くこのワイナリーには幼少の頃にも行ったことがあるらしい。母の同僚とそういう場所には言ってたのだけど、その人の息子は同い年で、子どもの頃の自分の目から見ても彼はいわゆる「育ちのいい子」だった。場所の記憶はなくても、なぜだかそういう所作が綺麗な人の記憶だけはずっと記憶に残り続けている。 クリスマスローズが可愛くて、どうして春に咲いてる

          スイセンの記憶|日記

          「痩せないと」の呪いに囚われて|摂食障害治療記録

          人として大好きなひとに「ダイエットのために一駅歩いたりするとすぐ熱を出す」って話をしたら 「やめときなよ。あなた今が適正体重でしょ。」 って言われたのだった。 そうか、私は適正体重なんだ。 無理して歩いたり食事を減らす必要もないんだ。 って今までどんなことしたってぎちぎちに縛り上げてた心の縄解かれたみたいな気持ちになった。 15年前からずっと待ってた言葉だったんだと思う。 そのままでいいんじゃないかって言葉。 自分が素敵だなあと思う異性にはいつも太ってるとかブスだ

          「痩せないと」の呪いに囚われて|摂食障害治療記録

          2020年の自分を救済してきた|日記

          2020年 豪雨で地元の橋は落ちて、川は氾濫して、大きめの災害になりました。 そんな出来事の後、みんなが浮かれてる時期になぜか落ちた橋を見に行ったんです。 「この日のこと忘れないでいようね」 そういった日のこと私はたぶん忘れないんだと思う。 その後に道の駅に行って、利用者ノートを書いて、「来年もまた会おうね」「来年も見にこようね」って約束したんです。 「私たち1年に1回しか会わないなんて織姫様と彦星様だね」って。 でもその約束が果たされることはありませんでした。

          2020年の自分を救済してきた|日記

          「私か母のどちらかが死ななければ終わらなかった」|読書記録

          「母という呪縛 娘という牢獄」齊藤彩 積読本を読了。 受刑者である髙崎あかり氏と齊藤彩氏の合作本 事件加害者の本を読むのは、批判多数で読むことすら事件への加担とされた「絶歌」ぶりです(同列に挙げることが果たして正解かは分からない)。 出版当時SNSで知り、事件概要を調べました。「医学部9浪殺人事件」「滋賀医科大学生母親殺人事件」の事件概要をWikipediaで読むだけで、かなり重めな情報量で本を読むに至るまでだいぶ時間がかかりました。 あかり氏は「医師を目指すと言い出

          「私か母のどちらかが死ななければ終わらなかった」|読書記録