麻布抹茶

天使の抹茶ラテと悪魔の落書き㉛

【終わりの始まりⅫ】

「見捨てた! 見捨てた! 見捨てた!」
「待ってたじゃない」
「一生怨む一生!」
「アハハ。大丈夫だよ。もうすぐその一生終わるし」

タクローを睨むが、腹の底に沈澱していた恐怖が再び舞い上がる。
「あ、ゴメンゴメン終わるかもしれないしアハハ」
「全然フォローになってませんけどおお」

スピードを落とし、慎重にカーブを曲がる。道は緩やかな下りになっているが、カーブは急で朝日にキラキラ光る海が下に見えた。
ガードレールがあるにはあるが、ひやひやする高さである。
「夢の中みたいだ」
ぼんやりと呟いた。
「あぁ。似てるね」
助手席のタクローも外の風景を見ていた。いやちょっと待て。
「は? 今なんて言いました?」
「ん? なんか言った?」
「似てるねって言いませんでした?」
「言ってないよアハハ」

色々変なものを見たせいで幻聴でも聞こえたのだろうか。はっきりタクローの声を聞いた気がしたのだが、バックミラーを見てそんな疑問も全て吹き飛んでしまった。
「あれ? 追ってきたね」
タクローはそういうと楽しそうに後ろの黒いバンへと手を振る。
「なんなんだよー! なんの用だよー!」
裕也は泣きそうになりながらアクセルを踏み込む。運転に慣れていないとはいえ、かなりのスピードを出しているのだが引き離す事が出来ない。ぴったりと後ろにつけられてしまっていた。
「ゆうちゃんゆうちゃん。なんか言ってるみたいだよ」
タクローが後ろに手を振りながら言う。裕也は無視してカーブを曲がる。
「ば・く・だ・ん? アハハ爆弾だってゆうちゃん」
噂に聞いていたヤクザがこんなに恐ろしいものだとは思わなかった。車を止めないだけで爆弾を投げてくるとは。
「もしかしてその爆弾で僕は吹き飛ぶんじゃ……」
裕也は言いながら戦慄する。というか、それしかない。タクローの本の最後が近づいていると確信した。
「おお、なるほど」とタクロー。
油断していた。タクローの本の呪いによる自分の失言がまだ続いているのだ。
『最後はバッドエンドです。それはもう後味の悪い、スプラッタな感じで爆発してバラバラになったりしておわります』
自分の声が脳裏に再生される。
「あ! 銃撃戦の第二ラウンド来たー!」
嘘でしょ!? と裕也が思った瞬間に車体に堅いモノが当たる音が響いた。アクセルを踏みながらバックミラーを見るとバンの後部座席から男が身を乗り出して拳銃を構えていた。
「うわはははーん」
「あははははは変な悲鳴」

悲鳴をあげる裕也の顔を見てタクローが笑う。
「笑ってる場合じゃないでしょうが!」
裕也は少しでも標準から外れるようにハンドルを蛇行するように切る。
「あ! タイヤが狙われてるみたいだよ」
タクローの声を合図にするように再び車体に金属音が響いた。
冗談じゃない。止まった車に爆弾と一緒に縛られて爆発する自分を想像してしまう。
「タクローさんなんとかして下さい!」
「よし。こっちも撃と」

揺れる車の中で、急にタクローが運転する裕也の方へ倒れ込んだ。
「ちょっと!? タクローさん! 邪魔しないで下さい!」
タクローはピクリとも動かなかった。裕也が運転しながら助手席へと押しのける。ハンドルを握り直したその手に赤黒い液体がべっとりと付いていた。
「うわーーーーー!」
裕也は叫ぶ。勢いでハンドルを切ってしまった。横のガードレールへガリガリと車体が擦れた。
「うわーーーー! 人殺しーーー!」
後ろを振り返り黒いバンへ抗議する。裕也が張ったフィルムに丸い穴が開いていたのが見えた。前を見ると急カーブが迫っていた。自分でもなんと叫んでいるのか解らない声を出しながら、なんとかそのカーブを曲がる。ブレーキに妙な違和感を感じたが、それどころではなかった。タクローが死んでしまった。タクローが死んでしまった。タクローが死んでしまった。タクローが死んだ。タクローが死んだ。飄々としてどんなときでものんきに笑っていたタクローが死んでしまった。
「トキエさん! トキエさーん!」
後部座席で気を失ったように寝ている元トキエに助けを求める。
「気ぃ失ってる場合じゃないんですよ! あははーん!」
半狂乱で運転を続ける。
「うわはははーん」
泣きながら次のカーブを曲がるためにブレーキを踏む。
シュコ。と気の抜けた音がした。踏み応えもほとんどなかった。
シュコ。浮き輪に空気を入れる黄色いポンプよりも。
シュコ。車のスピードは全く落ちる気配がない。
「ウワー!」
泣きながらやけくそでハンドルを急カーブに合わせて切る。
タイヤが聞いたことの無い音を出す。再びガードレールが車体を擦る音が響く。タクローの死体の向こうで火花が散るのが見えた。

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