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動物病院のカルテ 柴リング

「手術で一番大切なのは麻酔だよ」

初めて麻酔医として柴犬の手術に参加するその日、先輩獣医からかけられた言葉を、羽尾先生は今も覚えています。

手術が成功するか否かは、確かに麻酔の成否と密接な関係があります。
麻酔の目的は、動かないようにするためと、痛く無いようにするための二つです。
麻酔が浅くて動いてしまうと、とても手術がしにくいです。
また、痛いと回復が遅いということも知られています。
しかし、麻酔が深すぎると脳に障害を負ったり、ひどいと亡くなってしまうことさえあり得ます。
だから麻酔医は、慎重に慎重を重ねて、時として術者よりも大きなプレッシャーを抱えて、手術に臨むのです。

手術自体は、健康で若い柴犬の去勢手術ということもあり、すんなりと終わりました。
覚醒もスムーズで、すぐに自発的な呼吸をし始めたし意識も取り戻したので、手術室から入院室へと移動しました。
フレンチブルドッグやパグなどの特殊な犬種でない限り、ここまでくれば麻酔の危険はだいぶ減ります。

入院室で柴犬は横になり、小刻みに震え続けています。
(寒いのかな?痛いのかな?)
先輩獣医に相談したら、状態をチェックするように促されました。
体温を測り、痛みスコアをシートに沿ってつけて行きます。
それを元に判断すると、鎮痛は十分でしたが、体温は36.2度とやや低下していて、それによる震えではないかと考えられました。

「シバリングだね」
先輩獣医がそう言ったとき、羽尾先生は冗談を言われているのかと思いました。

寒い

しばれる
(寒いという方言です)

シバリング

確かにいつもふざけている先輩ではあるのですが。
ちなみにシバリングとは、体温低下時筋肉などを小刻みに動かして熱を発生させる整理現象で、ちゃんとした医学用語です。
ただし、この時点で羽尾先生はシバリングを知りませんでした。

「柴だけに、ですかね?」

そう返したことは、ベテランになった今でも良く覚えている、とても苦い思い出です。

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