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バッド・トリップ

「いゃー、昨日やり過ぎちゃって」
バッドトリップしちゃったよ。
憔悴が見て取れるくらいに、青白い顔をしたヤツが、聞き取れないほどの小さな声で言った。
「オマエはいつもやり過ぎるのさ。オレみたいに軽いのをほどほどに楽しめばいいんだ」
ガツンと言ってやった。
弱目に祟り目。
「そういうなよ。これしかオレたちにゃ、楽しみがないだろうがよ」
「へへへっ、違いねえや。仕事のあとにゃ、毎晩これだもんな」
オレの豪快に笑った声が頭に響くのか、ヤツは手のひらで、額とこめかみを抑えた。
「さすがにその様子じゃあ、今夜のパーティーにゃ、来られめぇ」
「いや、行くよ」
「ひぇー、正気かよ」
「前から楽しみにしてたんだ、何とか夜までには体調を治すよ」
確かに今日のパーティは、かなり純度が高くて質の良いのが出る、という前評判だった。


「昨日は飲み過ぎました」
二日酔いです。
すぐにそれとわかるような臭いを撒き散らしながら、薄赤い顔でつらそうに、彼が言った。
「君はいつもたくさん飲むよね。私はビールばかりだから残らないけど」
私が課長を務める部署のホープである彼は、課の飲み会では、いつも率先してたくさん飲む。そして、潰れる。
確か、昨日は日本酒をハイペースで飲んでいたはずだ。
「課長、仰ることは分かります。ただ、プロジェクトが終わった後の飲み会ですから」
「まぁな、それが楽しみで頑張ってるというヤツもいるくらいだもんな。例えばお前とか」
軽口を叩いてやったけれど、彼はわずかに顔を歪めただけだった。
「今日はワインの試飲会だったけど、その様子じゃあ・・・」
「いや、行きます」
「大丈夫か?」
「得意先もたくさん来ますし。夜までには、何とか回復します」
確かに今日の試飲会は、多くの業界関係者が集まる機会ではあった。
それだけに、かなり上等なワインが振る舞われるという評判である。
課長は彼を見ながら、いいワインが飲みたいからでは無いよな?と、そら恐ろしい考えをぼんやり浮かべた。
まさか、ね。

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