いと うまし
自分がこんなことになるなんて・・・。
一年前、実家にいたころは想像もつかなかった。
地元を離れて大学に入学したあたしは、一人暮らしを始めた。
同じクラスの男の子と仲良くなって、夏休み前には一緒に住むようになった。
初めての相手だったけど、あたしにはこの人しかいない、そんな気がした。
最高の相手。
そんな風に感じたのがこちらだけだと分かったのは、冬休みが始まる前だった。
その子は「好きな人が出来た」と言って、あっさりと出て行った。
あたしはまた、一人暮らしに戻った。
夏休みはずっと一緒に部屋でくっついていたから、その部屋で冬休みをどう過ごしてよいかわからなかった。
「冬はさすがに帰ってきなさいよ」という母からの電話を渡りに船と、学校が再開するまで実家にいることにした。
「痩せたね!」
久しぶりに会った母は、あたしを一目見るなりそう言った。
「あんた、ちゃんと食べてんのかい?」
「あんまり」
「そうでしょう。お母さん、心配だわぁ」
「大丈夫だよ」
「ほんとかい?あんただったら、どうせつくるのが面倒なんでしょう?ウチにいる間に、簡単に出来る料理教えてあげるから」
「うん。助かるよ」
「しっかり覚えるんだよ!」
とにかく歯切れよくポンポンと話す母が、わたしには有難かった。
一緒に住んでいたころは機関銃のようにしゃべるのが鬱陶しいと感じていたのだけど、今はアラレかポップコーンがはじけて顔に当たっているみたいで、爽快ですらある。
「ただいま」
家庭菜園の農作業から、父が帰ってきた。
「久しぶりだね」
笑顔だけど一瞬心配そうな表情をしたのを、あたしは見逃さなかった。
「ほら、トマトを採ってきたよ。あんたに食べさせたげようと思って」
「大きい。スゴイね。こんなのが出来たんだ」
「だんだん野菜を作るのが上手になってきたでしょう?」
「ホントにね」
父はほとんど家では何もやらない人なので、仕事以外で何か出来るなんて、思っていなかった。
父の採って来たトマトは、結局母とあたしで調理することになった。
「そのまんまの味が美味しいよ」
そう言う父の意見を尊重して、サラダを作ることにした。
「それは料理とは言わないよ」
と言う母の意見は、残念ながら不採用として。
「ん」
一口トマトを口に入れて噛んだ時に、思わず声が漏れてしまった。
周りの皮は硬いのだけど、中身は柔らかい。
その柔らかさにもある程度の硬さがあって、冷たくてでもそれが優しくて、塩を振っただけなのだけど、父母の勧めた通りでそれが一番だったんだとわかった。
「美味しい」
「でしょ、でしょ!」
父と母が同時に言って、お互いに顔を見合わせて笑った時に、あたしも自分が笑顔になっていることに気づいた。