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コミュニケーションが苦手な僕は文章を書く。

僕はコミュニケーションが苦手だ。

人が口から声を出す時、脳から信号を発して喉を通して口から言葉を放つ。

つまり人間はなかなか負担のデカいことを常日頃からやっているわけで僕はこの作業が普通の人よりもずいぶん遅い。

そして喉から飛び出た言葉は声として、音として、空間に響く。その瞬間相手の耳に届く。相手の耳に届いた時点で言葉を削除することは出来ない。だから対人コミュニケーションはとんでもなく難しいと思っている。

ちなみに、コミュニケーションは言語コミュニケーションと非言語コミュニケーションに分けられる。非言語コミュニケーションとは表情や身振り手振りで、感情を表現することだ。ということを何かの本で読んだ。

コミュニケーションが本当に得意な人は、この言語コミュニケーションと非言語コミュニケーションを混ぜ込んで、コミュニケーションが出来る人らしい。

人と会話する時、声の速度が遅ければ遅いほど相手を待たせてしまう。

待たせるのはよくないと思い、焦って絞り出して発した言葉が時に相手を傷つけてしまうこともある。

発した言葉の選択を誤った時、「しくったー!」と叫ぶ。心の中で。

僕は対人コミュニケーションが下手な分、なんとなく自分で向いていることかも?と思える言葉の使い方が【文章を書く】ことだった。

だからこうしてnoteで自分の心を文章に変換して書くようになった。

身近にいる家族や友人に自分の気持ちを伝えること、感情表現をすることが恥ずかしくてろくに上手く出来ない。だからこそ誰かに何かを届けたい。
そう思った時、気が付けば僕はツラツラと文章を書いている。

しかし未だに自分の文章を人に読まれることは照れくさい。

でも人に読んでもらいたい。

誰にも聞かれたくないけど世界中に叫びたい、という矛盾した心の感覚だ。


そんでもって、文章は待ってくれる。

マイペースにダラダラと書いていても、誰を待たせてるわけでもないので大丈夫。

そして書いた文章はいくらでも書き直せる。

間違えた言葉は削除して書き直す。書き直しを何度も繰り返して、ようやく読んでもらえる記事が出来上がって、公開する。

ここまでコミュニケーションが下手なことを伝えておきながら、人と話すことが大前提の対人援助の仕事をしている。

全くもって矛盾しているが、それはやっぱり人と話して、つながりが形成されるのが好きだからだ。

苦手であっても、好きなものは好きだ。

コミュニケーションとは「共有」だ。

誰かと一つのことを共有することは自分1人では成り立たない行為だ。だがら一緒に共有してくれる相手のことを大切に思いやらなくてはいけない。

人と話すことも文章を書くことも、言葉では言い表せないほどに楽しい。

 



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