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#24 短編空想怪談 「傘泥棒」

コンビニへ、立ち寄った時の話だ。
少し小腹が空いたので、ちょっとしたオヤツを買いに近所のコンビニへ来ていた俺は、買い物を済ませた後、コンビニの出入り口で途方に暮れていた。
雨だ。
それも土砂降りの雨。近所とはいえ、この雨の中を走って帰るのは気が引けてしまっていた。

コンビニの店員はいそいそと、傘を店の奥から取り出して、これ見よがしに販売用の傘を店頭にならべた後、来客用に傘立てを設置していた。

さて、俺の選択肢は幾つかある。
この店頭に並んだ傘を買うか、走って濡れながら帰るか、はたまた雨宿りの為に少々コンビニで時間を潰すか。

こういう時、店頭に並んだ傘は妙に値段が高く感じる。
一本500円〜1000円。
たかだか近所のコンビニから帰るだけの為に、傘を買う気にはならなかった。
かと言って、走って帰ってずぶ濡れになるのも、後々身体を拭いたり、シャワー浴びたり、とにかく帰った後の面倒事を想像すると、濡れながら帰る気にもならなかった。
以上の考えから、俺はコンビニで雑誌を立ち読みして、雨が上がるまで待つことにした。
幸い、雨は俗に言うゲリラ豪雨の様な土砂降りで、直ぐに止むかと思われた。
しかしその予想は大ハズレ、5分経っても10分経っても雨が止むことは無い。
何十分時間は経っただろうか?
一向に止む気配の無い忌々しい雨を見に俺は出入り口に向かった。

すると、コンビニの玄関にある来客用の傘立てが目に入った。
ビニール傘が一本立て掛けてある。
コンビニの中に客は俺一人。
この傘は誰の傘なんだろう?
店員の傘なら、店のバックヤードにあるだろうけど、そもそも今日は雨が降ってくる予報ではなかったのだから、店員が傘を持ってきているとも思えなかった。
少々思考を巡らせてから、俺は行動に移した。

その傘を何食わぬ顔で、あたかも自分の傘であるかのように開いて、あたかも初めからその傘を使ってコンビニに来た客を装って、そのコンビニを後にした。

コンビニから歩いて5分程で自宅が見えてきた。
俺の家はアパートの二階の部屋で、申し訳程度にベランダがあり、いつもそこに洗濯物を干すのだが、そのベランダには屋根がない。
登るとガンガンうるさい階段を登り、自分の部屋に着いても、この忌々しい土砂降りの雨は振り続けた。
おかげてベランダに干しっぱなしの洗濯物は全滅、見事ビチョビチョに濡れていた。
「あーあ、また洗い直しか」
と、結局面倒な事になり、「やっぱり多少濡れても早めに帰るべきだった。」と思いながら、洗濯物を取り込み、その足でそのまま洗濯機の中に乱暴に濡れた洗濯物を放り込んだ。
そして、オヤツに買ったポテトチップスを取り出し、袋を開けつつ、スマホでYou Tubeを見ながらポテチをつまんだ。

フニャという不快な感覚が口の中に広がり、「うっ」という感覚が走る。
思わずそのまま吐き出すと、ポテチはしなしなに湿気っていた。
自分の唾液によるものじゃない。
初めからポテチ特有のサクサク感はなかったのだ。
袋の中を見ると、他のポテチもしおしおに萎びて、平たくなっていた。
そのポテチを見て、だんだん腹が立ってきた俺は、ポテチの袋を思いっきり叩き潰した後、グシャグシャに丸めてゴミ箱へ叩き込んだ。
結局、小腹は空いたまま、洗濯物はずぶ濡れ、挙げ句にポテチ代の150円まで損をした。

明くる日、昨日から続いている土砂降りの雨は未だに降り続いている。
仕事に行く前に見たテレビの天気予報曰く、発達した雨雲が停滞。
それが原因でこの雨は昨日からずっと続いていると言うのだ。
雨にイライラしながら、テレビを消して、俺は出社のため外に出ると、やはり外は土砂降りの雨。
仕方なく、昨日の傘を使って仕事に行くことにした。

階段を降りて、アパートの屋根の際まで行き、傘を開こうと、柄の近くのピンを押すと、手のひらに痛みが走った。
「痛てっ」
開いた傘を思わず落として、自分の手のひらを見ると人差し指の下の生命線辺りから横に向かって、小指の下の先までの約6センチ程がパックリ裂けていた。
「なんでだ?!」
しかも出血の量が尋常じゃない。握ると人差し指から小指までの指が傷口に当たって痛い。
かと言って、開いていても出血は止まらない。
もう片方の手で抑えながら一旦自室に戻り直ぐに応急手当でタオルを手に巻いた。
その後、救急車を呼び、このまま静かに待つ事にした。

幸い救急車は10分程で到着し、そのまま病院に行くことになった。
医者に診てもらうと、酷い裂傷で外側の皮は勿論、傷は骨まで届いていた傷だったらしく、直ぐに12針縫う事になった。
この状態で様子を見て、一週間後にもう一度病院に来るようにと医者に言われて帰宅。

既に時間は昼頃になっていて、会社に連絡をしようとスマホを見ると、会社からの着信が20件以上入っていた。
まずいと思って直ぐに自分のデスクに連絡を入れると同僚が出て、「はい、〇〇です」と素っ気ない挨拶が来た。
「あ、お疲れ、俺だけど」と返すと、ああと返ってきた後、どうして会社に来てないのか尋ねられた。
事情を説明しようとしたら、その同僚に気づいたらしく強引に電話口の相手が上司に変わった。
そして、電話口から上司の鬼のような怒声が響いた。

お前は馬鹿か?今日がなんの日か解ってるのか?お前会社ナメてんのか?この社会のクズが、だから今の若いヤツはクズだって言われるんだ。大体お前みたいな奴がウチの会社に居ることが間違いなんだ、死ね。死んで会社に責任取れ。

口汚い罵りと罵声を浴びせられ、とにかく謝るしか出来なかった。
というのも、今日は会社で別会社のお偉いさんの最終契約の日で、この担当が俺だった。
おかげで半年間かけて、調整した契約は全て無かった事にされたらしい。
とにかく謝り倒し、今後についての話しと自分の手の事を話すと、それがまた上司の逆鱗に触れたらしく、また上司の怒声が電話口から自分の耳に容赦なく叩き込まれる。

言い訳する気か?お前の嘘なんか一発で解るからな?そんなんで今日の事が帳消しになると思うなよ?仮に本当だったとしても、手が裂けたくらいで同情を買おうとか、お前本当にとことん社会のゴミだな。
死ね。死んで詫びろ。

俺は聞く事に耐えられなくなり、一方的に電話を切った。

その夜、会社の同僚から電話が来た。
普通にお見舞いの電話で、少々談笑したあと、俺が上司の愚痴を言うと、「いや、そんな事言ってなかったよ?」と言われた。
いや、そんなハズはない。
あれは間違いなく上司の声だったし、あの罵声は忘れようが無い。
しかし、同僚は「何かの間違いじゃないのか?」という。
それもそうだ、よくよく聞くと、同僚がその場で聞いた上司の言葉は自分を気遣う言葉と、契約は破棄になったものの、元々会社の意向とは沿わなかったので、契期を短くする予定だったらしく、俺が急遽居なくなった事でそれを口実に、契約自体を解消、問題は無かったという業務連絡だった。

自分が聞いた内容と余りにも食い違い過ぎる。
狐につままれた様な気持ちで、談笑も程々に、同僚に上司へ話すタイミングの無かった今後の治療についての話し、その伝言を頼んで、電話を終了した。

その晩、手のひらの傷が痛み、なかなか眠る事が出来ずにいた。
暗い部屋の中で、布団でゴロゴロ寝返りを打ちながら何とか眠りに就こうとする。

「傘を返せ」

ハッキリ聞こえた。
どこから途もなく傘を返せという声が。
年老いた男性の声とも、女性の声ともつかない嗄れた声で「傘を返せ」と言っている。
余りにもハッキリ聞こえたせいで驚いて飛び起きるも、そんな第三者が居るはずはなく、相変わらずあの土砂降りの雨音だけが部屋に響いている。

「傘を返せ」

まただ。
ハッキリ聞こえているのに、発生源がまるで分からない。
次第に声の敵意は強くなっていった。


傘を返せ
傘を返せ
傘返せよ
傘返せよ
返せよっ
返せよっ
返せっ!!!
返せっ!!!
返せっ!!!

明らかな敵意の気迫に圧され、自宅から追い出される様に、発生源の分からない声から距離を取ろうと着の身着のまま、自室から飛び出して土砂降りの外に出た。

土砂降りの雨の中、荒くなった呼吸を整えようとすると、またハッキリと「傘を返せ!」と聞こえた。
敵意の勢いは衰える事なく、それ所かその勢いは数を重ねる事に増していき、命の危機を感じた俺は、今度はそのアパートから距離を取ろうと土砂降りの中、裸足でアパートから逃げた。

どれくらい逃げただろう、無我夢中で走ってもう30分以上は逃げている。
足の裏に違和感を感じて、確認してみると犬だかネコだかの糞や、ミミズだか、カエルだかの死体がこびり付いていた上に、雨でフヤケた足の裏の皮が剥がれて、薄くなった所に、小石や小枝が刺さって赤黒い血が滲んでいた。
違和感の正体に気付くと、カラカラに乾いた雑巾を濡らした様なジワリとした、嫌な痛みが足の裏からしてきた。

ここがどこだか分からないが、一旦近くの公園で休み、ベンチに座って足の裏に刺さった小枝や小石を取ろうとしたら、今度は自分の真後ろから声がした。

返せっ!!!

声に突き飛ばさる様に、思わず前に飛び出し、後ろを振り返っても誰もいない。
痛みと疲れで移動する気になれず、そのまま一晩、俺はその公園で過ごそうとした。
だが眠ろうとすると、すかさず「返せっ!!!」と怒鳴られる。
つまり、眠る事が許されていないのだ。
怖い…、というより寝かせてくれない事の方が辛い。
眠りそうに意識が遠のくと、そのタイミングで嫌がらせの様に「返せっ!!!」と耳元で拡声機か何かを使ってるのかと思うような巨大な声で力一杯怒鳴られ、耳がオカシくなりそうだった。

多少明るくなった頃、一睡もできないまま、裸足で土砂降りの中、自宅に帰る事にした。
足の裏からフヤケた皮膚のブニュブニュした不快な感覚と、小石や小枝が刺さって傷になった所の痛みに耐えながら、爪先立ちで歩いて、約一時間掛けて帰宅。
自宅の玄関を見ると、昨日の朝、手のひらをケガした時に開いて落としたはずの傘が、玄関先のドアの横に立て掛けてあった。
傘を見ながら、「返せ返せと言われてもどこに…」
そんな疑問を抱きながら、その傘を持ってアパートを出た。
道路の真ん中に出て、辺りを見回すと向いの一軒家の玄関先に傘立てがあった。
その傘立てに、俺は傘を差して、また向かいの自分のアパートに帰った。



その後、あの嗄れた怒声はしなくなった。
向かいの一軒家はその数日後、空き家になっていて、どこかへ引越した様だった。
あの傘も一緒に。

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