#30 短編空想怪談「奪う者 乙」

本作は実際の事件をベースにしておりますが、本作はフィクションであり実在の人物、団体とは一切関係ありません。




心理カウンセラー野村裕介の下に、警察が来たのはつい先日の事だ。
警察の要望はある殺人犯のカルテ、及び心理分析の聞き取りだった。

その殺人犯は確かに、野村の下に患者として通っていた。
彼は義務教育を修了し、10代で既に働いていた。

「村田和樹」

彼は過去に苦しみ、未来に絶望する人生に居ながら必死に生きようとしていた。
が、いつしかカウセリングに通わなくなり、野村の助言も虚しく、数日前にある凶行に及んだ。

それは嘗ての友人、いや、彼にとっては彼を虐めた張本人、鈴木孝夫への禍々しいまでの復讐だった。
村田は鈴木の妻を撲殺し、その後、死姦。
そして孝夫の娘を全裸にさせ、内蔵を抉り出し、殺害。
更に、乳幼児だった孝夫の息子をごみ袋に入れ、床に叩き衝けて圧殺、その潰れた死体を焼いて、孝夫の前に出したという。
その凶行の一部始終を、ワザワザ孝夫の眼前で行った。
被害者の鈴木孝夫自身も、手足を縛られ口も効けない状態にされ、村田の凶行をただ眺める事しかできなかったらしい。

そして、最後には鈴木孝夫も、身体中の骨は粉砕され、頭蓋は陥没どころか人の頭部の形を止めないほど、原型が無くなるまで殴打されていたという。
不可解なのは鈴木孝夫の遺体には凶器を使った痕跡が極端に少なかった。
確かに致命傷になったのは、凶器による頭部への殴打なのだが、その後、身体に付いた外傷は、引き裂かれていたり、叩き衝けられていたり、拳の跡や足跡が死体の全身に見受けられた。

驚くべき事に、頭部への殴打以外、全て自らの手足を使って村田は鈴木孝夫の死体を破壊したのだ。

「一体どれほどの腕力があれば、人の死体をここまでズタズタにできるのか。
一体どれほどの恨みが募れば、死んでもなお、ここまでするのか」と警察すらも背筋を凍らせた。

野村は村田のカウセリングの記録や心理分析の結果を警察へ提出した。

村田は常々こう言っていた。
「殺したい」
野村は誰を殺したいのか訪ねたが、それを村田が答える事は無かった。
村田はカウセリングでよく過去を話していた。

過去に囚われていたのだ。

「自分はどこに居ても一人だ。“友達”らと遊んでいても、いつも自分が損をする役回り。
それでも、“友達”がそいつらしか居ないのだから、一人になるよりマシだ。
家に居ても一人だ、母親は宗教の活動で毎晩居なかった。父親は仕事で毎日帰るのは12時過ぎ。」

この事から村田は酷く孤独感に苛まれていたこと、また、その孤独感が自分だけが不幸なんだという、劣等感を煽っていた事が分かる。

野村が村田のカウセリングを始めて半年程経った頃。
彼が子供時代、ショックだった話を聞いたことがある。
「“友達”から、服を脱げと言われました。
内心嫌だったけど、拒んだら『絶交』される。
それが恐くて拒めませんでした。
全裸にされて、性器が小さいとか、これじゃまともにセックスなんか出来ない等とバカにされましたが、それにも笑って付き合っていました。」

また、村田はその“友達”から理科の実験と称して身体を切られた事も語っていた。
野村はその記憶に寄り添いつつ訪ねた「そういった、村田さんをイジメる遊びを拒否はできなかったんですか?」
すると、村田は
「拒める訳ないじゃないですか、当時自分は一人で友達が居なかった。だから『友達だったらいいよな』の一言を言われると拒めなかった。
だから嫌な事でも、笑って一緒にそうやって遊んだほうが良かったんです。」と答えた。

村田は過去を語る事を止めなかった。
「こういう事もありました。
ライターで背中を焼かれた事もありました」とカウセリングで言った。
ターボライターで背中を炙られ、肉が焼ける臭いまでしたらしい。
それを“友達”は「ハンバーグの焼けるいい匂い」だと何度も何度も炙られたらしい。
カウセリングでは、村田は毎回この話しの何れかを話しをしていた。
もちろん、それ以外の事も話す時はあったが、基本的に村田が語るのは子供時代の辛い思い出ばかりであった。
野村はその話しを聴き、過去は過去であり、今とこれからいについて、どうしたら良いかを話そうと試みたが、とうとう村田は野村のカウセリングに来なくなった。
それがおよそ1年前、カウセリングも10年程経った頃だった。

カウセリングに来なくなる数ヶ月前から、村田は過去の話しと未来の話しが混同するようになっていた。
その未来とは、

「“あいつ”らを殺したい」

と。
野村は「辛い気持ちはわかります。復讐をしたくなる気持ちも分かります、しかし、未来とは過去にそうやって縛られる事じゃなくて…」

「先生に何が分かるんですか。
自分は今でも、一日一秒たりとも“あいつ”らの顔を忘れた事がありません。
絶対に殺します。」

それが村田の最後のカウセリングだった。

警察が村田の家を家宅捜索すると、殺人の計画書が山程出てきた。
友達…つまり鈴木孝夫の殺害計画。
村田は義務教育終了後、逃げるように上京。
しかし、鈴木孝夫も大学進学の為上京。
おそらくどこかで村田は鈴木孝夫を目撃したのだろう。
計画書の一部は日記の様になっており、鈴木孝夫を発見した事、鈴木孝夫が結婚した事、鈴木孝夫に子供が生まれた事。
つぶさに記録され、それと同時に村田は鈴木孝夫への憎悪を募らせていったようだった。

『俺はお前のせいで、こんなに惨めなのに、なんでコイツだけが』

計画書には、この一文が散見された。

殺害計画は鈴木孝夫を発見して間もなく企てたが、それを実行に移す事はなかった。
しかし、理性と殺害衝動の間で揺れながらなんとか自分を律し、自身の殺害衝動を消す為に、カウセリングを受けていた。

鈴木孝夫の殺害を実行出来ないまま、数年が経ったが、だからといって殺害衝動が消えることもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

殺害計画書
最後の一文

『鈴木孝夫から全部奪い返す』

この一文がいつ書かれたかは分からないが、推測するに程なく村田は前述の凶行に及んだのだろう。

「村田は今どうしてるんですか?」
野村が警察に聞いた。
「未だに村田は逃亡中なんですが、不可解なほど足取りが掴めないんです。」

行方不明。

警察の話しによると、鈴木孝夫一家殺害後、村田は一晩その家で過ごし、早朝、鈴木孝夫宅を後にした。
その後、街中の監視カメラにも映ることもなく、電車やバスなど交通機関を使った形跡も無く、目撃情報すら無い。
鈴木孝夫宅から物が盗まれた形跡も無く、只々鈴木孝夫一家を惨殺。

通報したのは近所の住人。
殺害があった数時間後だった。
「魚の死体が腐ったような、酷く生臭い悪臭がする」
という通報だった。
初めはネコやカラスが車に轢かれたのだろうと思われた為、自治体の清掃員が向かったが何も見つからないのに、臭いはする。
その臭いを辿ると、もはや人間の形を止めていない死体を3体、強姦された死体1体を発見、警察の管轄に移り現在に至っている。


村田和樹は明確な憎悪と悪意の痕跡だけを残し、忽然と姿をくらました。

もしかしたら、あなたの所に来てるかと思い、それで伺ったんですが…と警察は言ったが、やはり村田は野村の下にも来ていない。
それより、野村には気がかりな事があった。
「村田のターゲットはもしかしたら一人じゃないかも知れません。」
「どういう事ですか?」
「今回はたまたま鈴木孝夫氏を見付けたから、そこに行ったかもしれませんが、村田は度々、“友達たち”とか“あいつら”と複数形で言っていたんです。
今すぐ、村田の過去の人間関係を調べて保護した方がいいかも知れません。」
「分かりました御助言感謝します。」

聞き取りが終わり、帰り際、一人の若い警官が言った
「一体、どうしたらこんな凶行ができるんでしょう」

「人の精神は簡単に壊れます、あなたも知らず知らずに、誰かを壊してるかもしれませんよ。」

「………。」

「しかし、それが人間です。
ただ、村田は人より不運が幾重にも重なり、人より人生を多く奪われてしまったんだと思います。」

「何れにせよ、そういう人は世の中に沢山居ます。
それでも社会が回ってるのは、皆さんがまともな道徳感を持って、自らを律する事が出来てるからですが、世の中には不運にも、その自身を律する力を奪われた人もいる。」

重い沈黙の中、警察は去った。



あの聞き取りから、数ヶ月。
鈴木孝夫氏を殺した村田和樹容疑者は、まだ新しい事件は起こしていないものの、以前として行方不明との事だ。


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