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易しいことは難しい

「天下の破れは蟻の一穴から起こる」
そう頭では分かっていても
何度も失敗を繰り返している。

人間はなんと愚かなことか。

水の中に居て渇を叫ぶが如くに
目の前にあるものから目を背け
「もっと他の何か」を追い求めてしまう。

背筋を伸ばして立つこと
毎日を心穏やかに過ごすさこと
一杯の水を美味しくいただくこと
頭で分かるのではなく、心で気づくこと

易しいことが一番難しい。

無為を為し、無事を事とし、無味を味はふ。小を大とし少を多とし、怨(うらみ)に報ゆるに徳を以てす。難を其の易きに圖(はか)り、大を其の細(さい)に爲(おさ)む。天下の難事は、必ず易きより作(おこ)り、天下の大事は、必ず細より作(おこ)る。是を以て聖人は終(つい)に大を爲さず。故に能く其の大を成す。夫れ軽く諾(だく)するものは必ず信寡(まことすくな)し。易(い)とする多ければ必ず難(かた)きこと多し。是を以て聖人は猶(なお)ほ之を難(かた)しとす。故に終(つい)に難(かた)きこと無し。
『老子』(恩始第六十三)

圖(はか)る:図る
爲(おさ)む:為す

「道」を手本として生きる人は、目立つ事なく「無為」に行い、特別に良い事も悪い事もない「無事」をよしとして、格別の味がない「無味」だからこそ、すべての味が味わえる。
小さく少ないことを大きく多い事として捉えているから、もっともっとと欲する事がない。他人が自分に与える怨みにも、むしろ徳をもって対するから争いにならない。難しい事も易しいうちに対処することだ。大事もまだ小さなうちに潰してしまうのだ。この世の難事は容易いところから起こり、大事は小さな事から起こることを忘れてはならない。
「道」を手本とする人は、だから大事にまで育てないから、大事というものがない。だからこそ大きな仕事ができるのだ。
約束事を軽く承諾してしま者は必ず信頼を少なくしてしまうものだ。全てを易しい事と軽視してしまうから、全てを難しいことにしてしまう。
したがって、「道」に生きる人は、何事も軽視することなく、難しい事として扱っていく。だからこそ難しく困ってしまう事は起きない。
『老子道徳経講義』田口佳史 抜粋

「天下の難事は、必ず易きより作り、天下の大事は、必ず細より作る」という一文に全てが集約されている章である。
言い方を変えれば「易しいことは難しい」という逆説的真理を言い射ている。

なぜ、易しいことは難しいのか。それは「頭の理解」と「心の気づき」の違いにあるのではないだろうか。
頭で分かっていても、心で気づかないと動かない、というのが人間の弱さである。

私の好きな禅の教えに、『白隠禅師坐禅和讃』。がある。
白隠は臨済宗中興の祖と称される江戸中期の高僧で、ユーモラスな禅画を数多く描いたことでも知られている。

坐禅和賛に「水の中に居て喝を叫ぶが如くなり」という一文がある。

この世に生きている誰もが仏になれる、悟りを開くきっかけは、日々の暮らしの中にあるのに、多くの人は無い物ねだりに明け暮れている、まるで水の中にいながら、のどが渇いたと訴えているようなものだと揶揄している。

目の前にあるものの価値を噛みしめることなく「もっと他の何か」を求めてしまうのが人間の性なのかもしれない。

易しいことが一番難しい。
かく言う私も、そのことに気づいた頃には、人生終盤戦に入っている。
生きるということは、誠に難しいものである。
 

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