【掌編小説】言の葉ぬれて
雨にぬれたページがぐじゅぐじゅと湿っていく。
紙が濡れて、裏に書かれた言葉が透けて浮き出てくる。
本はしんなりと萎えて、枯れていく。
それでも、まだ読めるから。
女は、懸命にページを繰り続ける。
***
昨日は晴れていた。
乾いた日でもあった。
そんな日に限って、男は、女に別れを切り出した。
「おまえは悪くないよ。これからも幸せを願ってる」
そんなことを言いながら。
その日の言葉は、晴れて乾いて、残酷にもまっすぐに女にとどいた。
***
今朝起きたとき、空は曇天だった。
朝の憂鬱とともに、女は、乾いた言葉を思い出す。
なんども、なんども思い出す。
もう、一人なのだ。
孤独の悲しみは、不可視の心から出たはずなのに、実感のくるしみとなって女の体を蝕んでいく。
頭痛がして、すこしめまいがする。手先がしびれる。
女はたまらなくなって、古い文庫本だけを持って外に出る。
***
女はある公園のベンチに座ると、ひとつ無理やりあくびをして、これはなんてことないんだ、なんて自分に言い聞かせて、文庫本をひらいた。
女は言葉の世界に逃げたかったのだ。
すると、そうはいかないよ。と世界が言ったかのように、ぽつり。雨が降ってくる。
雨にぬれたページがぐじゅぐじゅと湿っていく。
それでも、まだ読めるから。
女は、懸命にページを繰り続ける。
やがて、女がさめざめ泣き出して、本がひとつぶ、ふたつぶと濡れだしても。
それでも、まだ読めるから。
女は、懸命に、ページを繰り続ける。
読んでくださる方がまいにち増えていて、作者として、とてもしあわせです。 サポートされたお金は、書籍代に充てたいと思います。