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【1000字小説】モンスター

たった3年くらい前まで、わたしのお腹のなかにはモンスターがいた。
その時までは、モンスターはいつも、おなかのあたりで、ぎゅるぎゅると喉をならしていた。

モンスターは、わたしが中学生のときに生まれた。
そして、なんてことない、友達からの「ブス」呼ばわりの言葉を食べてくれた。

「おれが食べてやるよ」

そう言いながら。

それ以来、わたしとモンスターは共犯関係をきずいて、うまく付き合ってきた。暴言、暴力、いじめ、恋人の浮気。ひどい言葉のほかにも、悪意や不運や不幸のようなものすべてを、モンスターは食べてくれるらしかった。

「あなたはなにが食べられるの?」
わたしはモンスターに聞いたことがある。
モンスターは、
「おおよそ、この世界からきみが無くなってほしいと思うものさ」
と答えた。

そうして厄介なものを受け入れてくれるモンスターは、わたしにとってはおおむね歓迎すべき存在だったが、ひとつだけ、わたしが嫌に思っていることがあった。
それは、モンスターのげっぷのことだった。

モンスターは、悪意や暴言を食べたあとに、必ずひとつ、おおきなげっぷをする。
モンスターのげっぷは、わたしのからだの中を充満するようにしてめぐり、それは臭くて、そしてやけどしそうに熱くて、不快なものだった。
そしてなにより厄介なのは、モンスターのげっぷがわたしに充満するとわたしはうわーっと叫び出したいような衝動に駆られ、なにかを破壊したいような欲求が生まれてくるのだった。

それらの悪い欲をわたしの意思で抑えこむのは大変なことだったし、欲を抱く自分に幻滅してしまったり、自分を否定してしまったりもした。

そして、
「げっぷ、やめられないの」
と文句を言っても、モンスターは
「ああ。食ったら、出ちまうんだ」
と飄々と開き直るのだった。

そんなモンスターと決別したのは、3年前、上司にひどい暴言を吐かれて怒られた時のことだった。
ふと突然、モンスターはその暴言を食べてくれず、行き場のなくなった悪い感情はそのまま上司へと向かった。

つまり、わたしは上司を殴ったのだ。

わたしは、仕事を辞めさせられてしまった。

それでも、不思議な高揚感と、これでよかったのだという自己肯定感を感じた。しかしそういう気持ちにはなったものの、その気持ちを隠してモンスターのことを怒ってみた。

「なんで、食べてくれなかったのさ」
「きみが、嫌なことと戦えるように成長したからさ。いまの暴言にしたって、この世界からなくなってほしいと、こころの底から願わなかった」

「ふーん、そう」
なんとなく、わたしは納得をしてしまった。モンスターは話をつづける。
「きみがおれを宿らせたのは、きみが、嫌なことを自分のなかに充満させて、自分を憎むようにするためだ。でも、ほんとうは、それじゃだめなんだ。嫌なことがあったら、自分のなかに入れてはいけないんだ。勇気を持って、世界に、突き返さなきゃいけない」

わたしは、うれしい気持ちになった。
「ありがとう」
モンスターは、すこしだけ黙って、
「そう、きみは、強くなった」
とだけいい残して、わたしの中から消えた。

それ以来、モンスターはもう現れなかった。

読んでくださる方がまいにち増えていて、作者として、とてもしあわせです。 サポートされたお金は、書籍代に充てたいと思います。