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【掌編小説】クリスマス

この作品は、生活に寄り添った物語をとどける文芸誌『文活』2022年1月号に寄稿されています。定期購読マガジンをご購読いただくと、この作品を含め、文活のすべての小説を全文お読みいただけます。

1.ある遠い国で

外から聞こえてくる、おとなたちのうめき声にも似たざわめきで、アイラは目を覚ましました。

石づくりの質素な小屋。木の板でつくられた土間。ひとつのベッドで一緒に寝ている3歳の妹・シーラは、まだ隣で寝息を立てています。まだ朝は来ていないようです。部屋の中央に吊るされた裸電球だけがただ、ぼんやりと点いていました。

「おかあさん……?」

見当たらない家族を呼びながら、アイラはベッドから降りて、外のざわめきを確かめに、トタンの戸をぎぃと開けます。

――まぶしい!

暗い夜がひろがるはずの外にはこうこうとした光で満ちていて。アイラはまぶしさに目をほそめました。やがて、なれてきた目に映ったものは、まるで見たことのない光景でした。

光量を発していたものは、夜空にはしる無数の、光のすじ・・でした。それらは、東の空から西の空へと流れていて、夜空に猫がつけた引っかき傷のように、まっすぐで、力強い。光のすじをよく見ると、先頭がまるい光球のようになっていて、それらは光の尾を後ろに従えながら、ゆっくりと、その国の空を凱旋するのでした。

アイラはそれをみて、きっと、おかあさんが教えてくれた流れ星のことだと思いました。空をまたたくお星さまのうちで、旅をするもの。眠れない夜にママはよくアイラを家の外に連れ出して、夜空を指差しながら星空のことについて教えてくれたのです。

――そうだ、おかあさんは…?

あたりは騒然としていました。どの家も大人たちがそれぞれ家の外に出て、夜空を指差しながら、ざわついています。大人たちは、みんなどこか怖い顔をしていて、こんなにうつくしいものを目にしているはずなのに、アイラはそれがどこか不思議でした。

キョロキョロとあたりを見渡します。すると、家のすぐ近くの路地で、近所のおじさんたちとなにかを話しているおかあさんの姿がありました。

「おかあさん!」

アイラが呼びながら駆け寄ると、おかあさんはすこしくしゃっと顔にしわを寄せ、泣きだしそうな顔をしながら、アイラを抱き上げました。

「アイラ……」

抱き上げられるときの、ぐわん、という浮遊感に、アイラは楽しくなってしまいます。アイラは抱かれながら、おかあさんに向かって

「流れ星!」

と、空を指差して、笑いかけました。おかあさんはいよいよ涙ぐんで、アイラを強く、抱きしめました。親子の頭上を、変わらず流れ星は、通っていきます。

そのとき、西の地平で、ピカッと、つよくて赤い光がはじけました。それは朝のたき火をしているときに、たまに出る火花のようで、それでも比べ物にならないくらい大きい。興奮したアイラが、母の腕の中できゃっきゃと笑いました。

刹那。空気を震わすような大音響が、ずん、と通っていきました。続けて、ごうごうと、地鳴り。それらの音は、重く、大きく。アイラは、一瞬、まわりのざわめきが遠く聞こえて、身体中の肌がつめたいものにふれたような、悪寒がはしりました。大人たちが悲鳴をあげます。アイラはようやく、今夜空を駆ける星たちが、おそろしいものだということを、知ったのでした。

西の空が、赤くびかびかと、連続で光りだします。一拍遅れて、音と地鳴りが重く響いて震えて。流れ星は変わらず瞬いて通り過ぎていきます。西の空からも、光の短い線が何本も何本も連なって、流れ星にむかって飛びはじめました。いくつかの星が、光線とぶつかって、空で燃え尽きます。

非日常的な光景に、アイラは頭がついていかず、これは神さまが遊んでいるんだと、思うようにしました。毎日、膝をついて家族全員でお祈りを捧げている神さま。その遊び方はあまりにも壮大で、自分のことを無視されているようだから、怖くも悲しくもあったけれど、それが神さまなら仕方がないと思いました。

――ああそっか、きょうみたいな日は、神さまもあそびたくなるよね。

アイラはあることに思い至り、それで合点がいったように、母の腕のぬくもりの中でほほえみました。

そういえば、今日はクリスマス、だったのでした。


2.ある遠い国から、遠い国で

氣400系のディーゼル・エンジン音ががらがらと唸り。傅150系が踏み始めたブレーキがきしみます。ふるい蒸気機関車・A700系は冷却水を気化させているようで、蒸発音をさかんに出していました。

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