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「心理的安全性」という夢物語を追って

昨今、改めて「気兼ねなく意見を述べることができる」組織風土を構築していくことの重要性が注目されている。

今年の4月に品質不正問題が発覚した三菱電機の調査報告書には、「長く続く不正で、発覚すると大変な問題になるため、怖くて言えなかった」「下手につっこむと生産が成り立たないかもしれないため、具体的な内容は確認しなかった」といった言葉が並んでいた。

「気兼ねなく意見を述べることができる」組織体制を作っていくことは、会社のガバナンスを強化するという観点からも必要不可欠になっている。

一方、組織の中で個人が何かを発言するのには勇気がいる。とりわけ、それが組織や上司、同僚にとって耳の痛い話であればなおさらだ。

今回は「心理的安全性」というコンセプトを生み出したハーバード大教授の著書『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』の内容を参考にしつつ、自社での取り組みも踏まえ、どうすれば心理的に安全な組織がつくれるのか考えてみたい。

心理的安全性とは何か

「心理的安全性」という言葉が有名になったのは、2016年2月の『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』に掲載された記事がきっかけである。

その内容は、Googleで実施された「最高のチームをつくる要因は何か」を探求するプロジェクトで、研究の結果、「明確な目標設定」や「相互責任の強化」といった5つの成功因子が見つかったというものだった。

そして、5つの成功因子の中でも、群を抜いて重要とされた因子が「心理的安全性」だ。「心理的安全性」はすべての因子の基盤になるもので、これがないと他の因子もうまく機能しないという。

「心理的安全性」という言葉の生みの親、ハーバード大教授のエドモントン氏は、その定義を「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」としている。

もっと具体的に言えば、チーム内で支援を求めたり、ミスや問題を認めたりして対人関係のリスクを取っても、公式・非公式を問わず制裁(こき下ろされる、冷笑される、ばつの悪い思いをさせられる、馬鹿にされる等)を受けるようなことにならない、と信じられることだという。

「心理的安全性」によくある誤解として、幾つか例があるので紹介しておくと、まず、心理的安全性は「どんな意見にも賛成して感じよく振舞うこと」ではなく、寧ろ、その逆で、反対意見であっても率直に言うことができる環境を指すという。

また「外向性」といった個人の性格の問題でもないとする。つまり、職場で考えを言わないのは性格が内気か、自信がない、あるいは単に人付き合いが嫌いなだけだ、という考えは誤っているというのである。研究によれば、心理的安全性とは職場風土であり、内向性や外向性とは無関係であるという結果が出ているそうだ。

最後に「心理的安全性」とは目標の基準を下げることでもない。心理的安全性がある職場は、高い基準や納期を守る必要が無い「気楽な環境」ではなく、寧ろ、より率直に話し、積極的に協力し合い、結果として高い成果をあげることができる。

こうした「心理的安全性」という概念は、組織としての学習や知識の共有、イノベーション、不正防止等のガバナンスといった観点から、現在、世界中で注目されているという。

どうすれば心理的安全性をつくれるのか

「心理的安全性」のある職場をつくるため、エドモントン氏は、主に職場のリーダーに対し、「①土台をつくる」「②参加を求める」「③生産的に対応する」という3つの行動を提唱している。

①土台をつくる
「心理的安全性」の土台をつくる上で重要なのは、「仕事をフレーミングする」ことと、「目的を際立たせる」ことの2つであるという。

「仕事をフレーミングする」とは、あまり聞きなれない言葉だが、具体的に言えば、チーム内において「そもそも仕事の成功とは不確実なものであり、失敗するのは当たり前、また、チーム内の業務は相互に依存しているため、できるだけ率直に発言し合うことが大切である」という共通認識を持ってもらうことだという。

そのために、たとえば失敗のタイプ(良い失敗例、悪い失敗例)を言語化したり、実際にあった過去の失敗で、学びのあった事例、価値のあった事例をチームメンバーに共有することが有効だとしている。

また、2つ目の「目的を際立たせる」について、この狙いは、自分達が達成しようとしているミッションの意義や、仕事がどんな未来につながっているのかを共有し続けることによって、発言意欲を刺激することだという。

「この仕事は人の命を守ることに繋がっている」等、自分達が今どれほど重要な仕事をしているか、大儀のある仕事をしているのかを理解してもらうことで、対人関係のリスクを回避して何も言わないことよりも、発言し、目的を達成することを選んでもらいやすくする、というわけだ。

②参加を求める
チーム内に「心理的安全性」の土台ができれば、次は実際にメンバーが発言できるよう、議論への参加を求めていく必要がある。

ここでは「(意見を求める側の)謙虚さ」「探求的な問い」「意見を引き出す仕組み」が重要になってくるという。

1つ目の「謙虚さ」について、上司が「自分は何でも知っている」という態度でいる場合、わざわざ対人関係のリスクを冒してまで自分の考えを話そうとする人はいないため、意見をもらいたいのであれば、気さくで話しやすい雰囲気をつくり、自分自身も完璧ではなくミスをする人間であることを認識し、常に謙虚な姿勢を持つことが大切だという。

2つ目の「探求的な問い」について、1つ目の「謙虚さ」にも繋がってくるが、自分が答えを知っていて、質問もイエスかノーの答えを求めるだけ、というのではなく、自分が答えを知らないという前提で、相手が集中して考えを話せるような質問がよいとされている。

具体的には「私たちは何か見落としていないか?」「ほかにどんなアイディアが考えられるだろう?」「誰か見解の違う人は?」「なぜそのように考えるようになったのか?」「例を挙げてくれないか?」といった質問だ。

そして最後の「意見を引き出す仕組み」だが、具体例として、ある特定の問題にフォーカスした委員会や、部門横断のチームをつくることが挙げられる。フォーカス・グループでは、絞ったテーマについて意見を述べることを明確に求められるため、考えを言わずに黙ったままでいる居心地の悪さが、発言リスクへの警戒を軽減する効果があるそうだ。

また、メンバー同士で深く尋ね合ったり、知識を共有する場を敢えてつくることによって、知識・スキルの向上とセットで心理的安全性を高めていくような施策も有効だとしている。

③生産的に対応する
「心理的安全性」の土台がつくられ、さらにメンバーが発言の場に参加してくれるようになったとしても、実際に発言があった時にどう反応するかが、「心理的安全性」が持続されるか否かの重要な岐路になるという。

ここでポイントになってくるのは、「感謝を表す」「失敗を恥ずかしいものではないとする」「明確な違反は処罰する」の3つとされている。

まずは、発言をしてくれたことに「感謝」を示す態度が必要とされる。発言には勇気を必要とする。まずは発言してくれたことそのものを称賛することで、また次に発言したくなるような雰囲気をつくることができる。

そして次に、共有してくれた失敗や問題について、気づいたことや疑問、懸念をみんなで出しあい、その問題や失敗から学びを得たり、問題解決に向けた支援をしていくことで、失敗や問題を共有することは恥ずべきことではなく、寧ろ、組織の学習につながるものであることをはっきりと示していく必要がある。

またその一方で、組織で事前に決めていた約束事やプロセスを何度も破る行為を繰り返す者がいる時には、速やかに制裁措置を取ることも必要だ。そうすることによって、組織が重視する価値観を明確に伝えることになり、心理的安全性が強固になるケースもあるという。

心理的安全性をつくるための試行錯誤

果たして、ぼくの所属しているサイボウズでは、安心して何でも話し合える環境があるだろうか。 答えはノーだとぼくは思っている。

実際、特に最近入社したばかりの人だと、まだまだ意見を言いづらい、という声を聞くこともある。

ただ、そうした状況に何もしていないわけではない。上記で見てきた「心理的安全性」をつくる3つの行動のうち、「①土台をつくる」「②参加を求める」について、自社の取組みを少しだけ紹介したい。

①土台をつくる
土台をつくるというステップには、大きく分けて、「仕事をフレーミングする」ことと、「目的を際立たせる」ことがあった。

「仕事をフレーミングする」という意味では、社長の青野が「アホはいいけど、ウソはダメ」という言葉を繰り返し発信していることは、失敗をすることは悪いことではないという共通認識を持つ効果を発揮しているかもしれない。また、部門レベルでも失敗を共有する場が開催されているため、そうした取組みも似たような効果を持っている可能性はある。

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②参加を求める
次に「参加を求める」だが、ここでは幾つかあった要素のうち、「意見を引き出す仕組み」を1つ紹介したい。

サイボウズでは毎月、部門を横断して新しく入社したメンバーに集まってもらい、「もやもや共有ワーク」という研修兼対話の場を開催している。

入社2か月後くらいのタイミングで、サイボウズに入社してからもやもやしていることについて、指定のフォーマットに沿ってアプリケーションに登録してもらい、社内の議論のフレームワークに従って、お互いにその背景や理想を深堀りしていく、というものである。

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アプリの公開範囲も任意で設定することができ(ただしその殆どが全社公開になっている)、毎月実施しているため、既に300件以上のもやもやが登録されている。

実際、ここに登録されたもやもやから人事施策に反映することも多く、ある意味、組織改善という意味では宝箱のようなアプリになっている。

夢物語かもしれないが

ここまで「心理的安全性」をつくるための試行錯誤を幾つか紹介してきた。繰り返しになるが、サイボウズも「完全に心理的安全性の担保された組織です」などと言える状況ではまったくない。

そもそも、エドモントン氏も言及しているとおり、「心理的安全性」という言葉は、あくまで「対人関係」に限られている。

心理的安全性があるからといって、結果を問われないわけではないし、失敗が続くことで期待に応えていないという業績評価を受けることもある。業界の環境変化や、役割を果たす能力がないと判断されることで、職を失う可能性もゼロではない。

「心理的安全性」は、そういった組織につきものの「恐れ」すべてを取り除く万能な概念ではないのである。

もちろん、組織に多様な距離感が認められ、1つの組織だけではなく、複数の組織に居場所をつくれるような人が増えていけば、多少は対人関係以外の恐れも緩和されるかもしれないが、そもそも会社が「限られたリソースの中で目的を達成するために集まった集団」である以上、完全に恐れのない組織をつくるのは不可能に近いのかもしれない。

しかし、たとえ、人が組織の中で一切何の恐れもなく発言できるような世界をつくることが夢物語だったとしても、少なくとも、そうした世界に近づけようとする試みは無駄ではない、とぼくは思う。

まずは身近な職場から、できそうなことを1つずつ試していきたい。


参考文献:
エイミー・C・エドモンドソン『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』

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