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大企業の「個人として重視されている感覚の薄さ」を分析してみた

前回のnoteで、ぼくは、大企業で働く人々が抱える「閉塞感」とは「1人の人間として重視されている感覚の薄さ」×「自分1人では何も変えられないという無力感」だと書いた。

そしてそれらは、採用、契約、場所、時間、配置・異動、報酬・評価、健康(安全配慮)、コミュニケーション(マネジメント)、育成、退職という、会社の人事労務管理における10要素の「しくみ」のせいであって、決して「だれか」のせいではない、と。

今回はあらためて、日本の会社(特に大企業)に多くみられる「人事労務管理」のしくみがどのようになっているのかを、ぼくが実際に仮説を組み立ててきた過程にそって、分析していきたいと思う。

「閉塞感」の手がかりとなる、人事労務管理の10要素

そもそも、ぼくが明確に「人事労務管理の10要素」を認識するようになったのは、トヨタからサイボウズに転職して1年が経った頃だった。

転職してすぐの頃は、前回書いたような「閉塞感」を感じつつも、それが何によって引き起こされていたのか、しっかりと言語化し、理解できていたわけではなかった。

それもそのはず、ぼくはトヨタで、2年目までは給与計算の実務を、そして3年目から労政(社内コミュニケーション)の仕事をかじっていただけで、それは数多ある人事労務管理のしくみの、ほんの一部にすぎなかった。

つまり「どんな閉塞感を感じているか」は言語化できても、それを生み出している人事労務管理のしくみを回した経験はほとんどなかったのだ。

しかしサイボウズへ転職後、人事機能の規模が小さくなったこともあり、中途採用や契約書の作成、労働時間に関する制度変更、研修の設計など、それまで経験したことのない幅広い仕事を任されるようになった。

また、人事本部内におけるチーム間の壁が低かったこともあり、各チームのスペシャリストと会話する機会も増えていった。

そうやって人事本部内の複数の実務にあたりつつ、それぞれの役割で働くメンバーとも交流を深めていくなか、人事労務管理の全体像を掴みはじめたぼくの頭に、ある日、1つの考えが浮かんだ。

それこそが「人事労務管理の10要素」によって「閉塞感」が生み出されていたのではないか、という仮説だった。

人事労務管理とは、「生産性と幸福を両立させるしくみ」

ここまでに何度か「人事労務管理」という言葉を使ってきたが、そもそも「人事労務管理」という言葉自体、耳慣れない方も多いと思うので、最初にぼくの解釈を示しておきたい。

まず一般的な解釈として「人事労務管理」という言葉は以下のように定義されている。

「企業が企業目的を達成することを終局の目的とし、直接の目的として、ア 企業の経営社会秩序の安定・維持を図り、 イ それと関連して、経営生産に必要な労働力を調達し、その能力育成・開発および活用を図ろうとする、ウ 一連の総合的・民主的・合理主義的な諸施策」──『労務管理の理論と実践(河野順一著)』から抜粋

なんだか難しそうな言葉が並んでいるが、ざっくり言えば「チーム(会社)の理想を達成するために、チームの生産性と個人の幸福(納得感をもって、いきいきと元気に働けること)をバランスさせるしくみ」だとぼくは解釈している。

もっといえば、チーム(会社)にマッチする人たちをあつめ、どんな条件で働いてもらうかを決め、そのなかで最大限のパフォーマンスを発揮しながら働いてもらい、最終的にチームから離れていく、という一連の流れを円滑に進めていくためのサポート機能である。

大きく「あつめる」「条件をきめる」「はたらく」「はなれる」という流れがあって、その中に、採用、契約、場所、時間、配置・異動、報酬・評価、健康(安全配慮)、コミュニケーション(マネジメント)、育成、退職という、10個の要素が含まれている(下図参照)。

人事労務管理の10要素

「カイシャ」をとりまく10個の要素

もちろん厳密にいえば、「人事労務管理」にかかわる要素はこれ以外にも存在している。

しかし、ここでは、ぼくが実際に経験し、会社の「閉塞感」に直接関係があると考えた10要素のみをピックアップし、順番に見ていくことにしたい。

①採用
おそらく「人事」という言葉を耳にしたとき、真っ先に想像するのは「採用」の仕事ではないだろうか。

毎年、卒業前の学生たちが合同説明会等のイベントに参加している姿を目にするが、これらはすべて、企業と学生の双方が、お互いにマッチする相手と出会うために開催されている。

選考にあたって、エントリーシートや履歴書を提出したり、複数回にわたる面接があったりするのも、チーム(会社)と個人(学生)同士が、お互いにマッチするのかどうかを念入りに確かめるためである。

②契約
そして、いざ人を採用するとなると、働くうえでの条件を決めて「契約」を結ぶことになる。

雇用契約の場合、ここで決めるのは主に働く「時間」「場所」「報酬」「配置」だ。

労働者がはたらくうえで最低限の基準を定めた労働基準法でも、会社が労働者に書面で伝えなければならない条件として、「始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無(時間)」「就業の場所(場所)」「賃金の決定・計算・支払いの方法(報酬)」「従事する業務の内容(配置)」が挙げられている。

これらはどれも、働くうえで非常に重要な決めごとであるにもかかわらず、日本の新卒社員は労働条件通知書に書かれた内容を殆ど意識することなく、入社時にもらう大量の書類に埋もれさせている(もちろん、ぼくのことである)。

③時間
数ある条件のなかでも、最も基本的なものとして、働く「時間」がある。つまり、どの日に、何時から何時まで、どのくらい働くのか、ということだ。

人が生きていくうえで、そのうち何パーセントを「はたらく」に充てるのかは、その人がどんな人生を歩みたいかに直結する選択でもある。

④場所
また、働く「場所」というのも、大切な条件の1つだ。勤務する場所が変わるということは、すなわち生活の拠点が変わることを意味する。

リアルに接することができるコミュニティも変わってくるだろうし、家族がいる人にとっては、自分だけじゃなく、家族の生活環境にも大きな影響を及ぼすことになる。

⑤健康(安全配慮)
条件が決まれば、実際に職場で働き始めるわけだが、まず第一に、継続して働き続けるためには心身が「健康」であることが何より大切だ。

会社の立場からしても、企業は従業員に強い立場から仕事をお願い(指揮命令)するので、従業員が安全で健康に働けるように、「安全配慮義務」が課されている。残業時間に制限がかけられていたり、社内で安全に関するルールが定められていたりするのはこのためだ。

⑥コミュニケーション(マネジメント)
また、業務遂行にあたって肝心なのは、情報共有も含めた「コミュニケーション」だ。

メールを打ったり、資料をつくったり、プレゼンテーションをしたり、時には仕事以外での人間関係も必要になってくるかもしれない。また、どのタイミングで、どういったルートで情報を共有するか、あるいは、どんな意思決定をするかも、広義の「コミュニケーション(マネジメント)」にあたる。

⑦育成
さらに、中長期的な観点で従業員一人ひとりのもつ力を最大限発揮してもらうためには「育成」も欠かせないだろう。

上司・先輩が時間をかけて様々なことを教えてくれたり、会社がお金をかけて研修や勉強のチャンスを与えてくれることもある。そうした中で、またワンランク上の難しい仕事にチャレンジできるようになっていく。

⑧報酬・評価
そして、そのような日々のがんばりは、定期的に「評価」という形でフィードバックされる。

その「評価」に応じて、最初の契約時にきめた「報酬」も上がっていくし、「がんばりが報われている」という実感は大きなモチベーションの源泉となり、本人の成長につながっていく。

⑨配置・異動
また、徐々にできることが増えていくと、昇格や昇進も含めた「異動」が発生する。

それまでとは、まったく毛色のちがう仕事や、これまでより難易度の高い仕事に配置転換することで、さらなる本人の成長を期待されることもあるだろう。

⑩退職
そして最終的に、さまざまな事情で会社から離れていく時には「退職」という形をとることになる。

いわば、会社と個人で交わした契約を解消する、というわけだ。


転職から約1年、ここまで見てきた「人事労務管理の10要素」の仕事を観察しているうちに、ぼくはさらにあることに気が付いた。

トヨタとサイボウズ、両者の人事労務管理のしくみは大きく異なっていたのだ。

大企業は「選べない」のが当たり前?

トヨタに代表される日本企業(特に大企業)の人事労務管理のしくみはかなり特徴的だ(下図参照)。

日本型人事労務管理

あらためて、これらを前職時代に感じていた「1人の人間として重視されている感覚の薄さ」にひも付けながら順に見ていきたい。

まず、日本の「採用」は多くの場合「新卒一括採用」という形式をとっている。これは大学を卒業したばかりの職務未経験の学生を、決められた時期に一括で募集する、というものだ。

そしてここでは、基本的に初期配置を選ぶことはできず、職務「無限定」で採用されているため、「配置」において、突然の「強制人事異動」があっても逆らうことはできない。つまり入社後も、とりくむ仕事は選べない。

また、働く「時間」はみな「週5日フルタイム+残業」で働くことが是とされており、「場所」についても「オフィス出社」することが好まれるため、時間や場所も自由に選ぶことは難しい。

「コミュニケーション(マネジメント)」の仕方は、密で丁寧な部分はある反面、情報はクローズで一方通行なものが多く、言い換えれば、自分で取りに行く情報を選べない。

「健康(安全配慮)」についても、健康のためにやるべきことは会社が「一律」に決めるため、個人の事情にあわせて、1人ひとりがどのような取り組みをすべきか、自立的に考える機会はない。

そして「報酬/評価」は「年功序列」的な傾向が強く、「職能資格(等級)」で決まるしくみが採用されており、基本的にはこの評価のされ方以外は選ぶことができない。つまり、誰もが「階段を昇る」ことを強いられる。

「育成」については「職場OJT(On-the-Job Training)」で、実務にあたりながら丁寧に指導してもらえる一方、一律の「階層別研修」が多く、学ぶ内容・タイミングを自分で選ぶことはできない。

会社と距離をとろうにも、「契約」は「一社終身雇用」の考え方がベースにあるため、副業や週3正社員、業務委託といった多様な距離感は選べない。

いざ「退職」しようにも「定年退職」するまでは一社で働き続けることが美徳とされるため、途中で辞める者には厳しく、裏切りとみなされることもある。つまり、辞め時を選ぶのも一苦労だ。

……こうしてあらためて見ていくと、ぼくが感じていた「1人の人間として重視されている感覚の薄さ」を引き起こしていた原因は、「人事労務管理の10要素」のしくみについて「自分で選択できる余地が少ないこと」であることが分かる(下図参照)。

「1人の人間として重視されている感覚の薄さ」を分析してみた

一方、サイボウズの「人事労務管理の10要素」は、すべてにおいて本人に「選択できる」余地がある。

「採用」時点から、新卒でも基本的には本人の希望する職場に配属されることが殆どだし、逆に「自分がどの仕事に適しているか分からないので人事にお任せする」というコースも選ぶことができる。

「配置・異動」も、本人の希望を聞かずに実施することはあり得ず、また、初期配属がうまくマッチしなければ、期中であっても、他チームへの異動を希望できる。

もし完全なチーム異動が難しくても、役割を柔軟に配分することが許されるため、たとえば、3割だけ他の部署で働く、ということも可能だ。実際、サイボウズ社内では兼務も多く、ぼく自身も、現在3つの部署を兼任している。

また「時間」「場所」についても、役割分担や報酬の調整といったトレードオフさえ受け入れられれば、どんな条件でも自由に選択することができる。

「コミュニケーション(マネジメント)」も、基本的にはすべての情報がオープンになっているため、必要な情報は自分から主体的に選ぶことができる。

「健康(安全配慮)」については、1人ひとりが自分の状態に気づくためのしくみづくりや、健康施策にも複数の選択肢を用意するなど、セルフケアのサポートに力を入れている。

そして「報酬・評価」は1人ひとり、社内での貢献度や市場の給与相場を踏まえ、個別に向き合って決定する。

「育成」についても、基本的に一律の階層別研修は存在せず、手挙げ式のものや、社内で学びをシェアし合う場が随時開催される。また、録画されているものも多くあり、好きなコンテンツを自分の好きなタイミングで見ることもできる。

そもそも、経営会議や日々の仕事上のコミュニケーションなどがすべてオープンになっているため、役員クラスが気にする判断軸や観点、成果を出している先輩の仕事の進め方など、あらゆるナレッジがそこら中に転がっている。

もし、サイボウズが合わないと感じたり、外でやりたいことが見つかったら、「契約」について、副業や週1~4正社員、業務委託といった多様な距離感を選ぶことができるし、「退職」したとしても、再雇用を約束するしくみがあるため、いつでも安心して辞めることができる(下図参照)。

サイボウズの人事労務管理

もちろん、サイボウズのしくみも、まだまだ発展途上であり、試行錯誤の最中ではある。

しかし、そもそも根本的な考え方として「人事労務管理の10要素」において、1人ひとりが自立して「選択」でき、多様な個性を重視するようなしくみをつくろうとしている点では、明らかに多くの日本企業が持つしくみとは異なっている。

ここで、また1つの疑問が生まれる。

どうして、多くの日本企業のしくみは、こうなっていないのだろうか?

それまでぼくはずっと「選べないのが当たり前」だと思って生きてきた。それが社会人になるということであり、そうしないと会社がうまく回らなくなる、と教えられてきた。

でも現に、いま目の前に「人事労務管理の10要素」について、1人ひとりが選択できる余地を用意しながら、(少なくともいまのところは)チームの生産性と個人の幸福を両立させる会社が存在している。

企業規模がまだ1000人程度だから?
IT企業だから?
創業社長がいるから?

もし、そうだったとしても、このしくみでなぜ会社が回っているのかを探求していけば、世の大企業にも活かせるヒントがあるんじゃないか? そう考えると、心の底からわくわくした。


ぼくがいま、やるべきこと。それは、日本型の人事労務管理について、もっともっと詳しくなることだった。

いま目の前にあるサイボウズのしくみが、本当に現行の日本型人事労務管理の代替案になるのかを判断するためには、そもそも、これまで日本企業において、日本型人事労務管理が担ってきた役割、すなわち、そのメリットを正しく理解する必要がある。

日本の大企業が、なぜ今のようなしくみになっているのかを理解しなければ、きっと「変えられない」を変えることはできない。

そう考えたぼくは、あらためて、日本の雇用慣行の歴史について書かれた本をいくつか読み直してみた。また、前職の先輩や、転職後に知り合った他社の大企業人事の先輩たちに自分の仮説を話す中で、日本型人事労務管理のしくみがいまもなお存続し続けている理由を探求した。次回はその歴史について詳しくみていきたい。

(第3回へ続く)

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