超主観的ボカロ史 電脳世界を彩る音楽たち 2010年編

 こちらの記事は同時に投稿した「超主観的ボカロ史 電脳世界を彩る音楽たち 2009年編」の続き記事です。

 前記事を未読の方は先にそちらをご覧になってもよろしいかと存じます。別に読まなくてもいいけど。




超主観的ボカロ史 2010年 編



【オリジナル曲PV】WORLD'S END UMBRELLA【初音ミク】


2010/2/8

 ハチ氏が前々作『clock lock works』でタッグを組んだタスク氏・うつした氏とのコラボ作品
 メルヘンでダークな世界観とハチ氏特有の不協和音を巧みに使用した音作りが人気を呼び、現在も聴く人の心を掴んでいる。
 ちなみに、作品内のアニメーションを担当したタスク氏うつした氏はこの後、同人サークル『南方研究所』を結成しており、ハチ氏も後々そのサークルに加わっている。




初音ミク オリジナル曲 「ローリンガール」


2010/2/14

 ここまで『とおせんぼ』『裏表ラバーズ』などの大ヒット作により人気ボカロPの地位を築きつつあったwowaka氏の人気をより強固で盤石なものとした作品である。
 ピアノの独奏に激しいドラムが加わる特徴的なイントロや、「もう一回、もう一回。」というサビでリフレインされる特徴的な歌詞などがリスナーの心を掴み、瞬く間に大人気作品の一つとなった。
 この作品が無ければ、と考えることすら難しい。それほどこの作品はボカロ史にとって重要なものなのだ。





【初音ミク】 はやぶさ 【オリジナル曲】


2010/3/28

 小惑星「イトカワ」を探査し現地の砂などを地球に持ち帰るという使命を背負い、どれだけボディが壊れようとも決して目的をロストせず帰還した人類が誇るべき英雄探査船「はやぶさ」。この作品はその英雄を讃え、労う作品である。
 探査船「はやぶさ」についての詳しい解説は他サイトにお任せしようと思うが、ここで知っておいてほしいのはこの英雄が目的を達成できたのには少なからず「はやぶさの力になりたい!」というインターネット住民たちの熱い想いがあったという事だ。
 この作品もそんな熱い想いが形を成したうちの一つである事は間違いなく、そして「ボーカロイド」という存在が歌っているからこそより深みが増すのである。




DECO*27 - 弱虫モンブラン feat. GUMI


2010/4/15

 DECO*27氏による作品。
 氏のロックナンバーの方向性がきっちり決定した作品だと思う。氏の得意とする男女の微妙な距離感を歌った「ハイパーもだもだソング」はここで土台が完成したといっても良いのではないだろうか。
 そしてなによりもこれ以降数年間のボカロ恋愛ソングのMVの雰囲気を固めた作品であるとも言える。




【鏡音リン】メランコリック【オリジナルPV付】


2010/4/19

 この作品の素晴らしい点はたくさんあるが、一番は作者・Junky氏の才能を世に轟かせたという点だろう。これ以降のガーリッシュなボカロ作品の源流といっても過言ではないように思う。
 また、学生の恋愛を歌ったガーリッシュな作品が増えるという事はリスナーに学生が増えてきたという事。つまりニコニコ動画でボカロを聴く層が2007年頃と比べて変化してきている事の証左でもあり、度々起こるリスナー層の大転換期が見えるようになったのもこの辺りからだろう。
 この作品にはそういった当時の文化を知る上で重要な情報が思っているより入っているのだ。




初音ミク・巡音ルカ オリジナル曲 「ワールズエンド・ダンスホール」


2010/5/18

 wowaka氏による作品。前作『ローリンガール』に続き、こちらの作品もボカロ文化の発展になくてはならないものである。
 今聴くととても強く感じるのだが、イントロの時点で10年代の邦ロック感、つまりこの時点より少し先の流行があるのだ。もしかすると筆者の耳が腐っているのかもしれないが、もしこの作品を知らないまま生きてきて2021年に聴いたとしても「新しい」や「カッコイイ」」という感情を持つだろう。少なくとも2010年の作品だとは思わないはずだ。
 それとはまた少し別の話になるのだが、氏の作品の中でも特にこの作品からは氏がフロントマンを務めていたロックバンド・ヒトリエの香りがする。もしかするとこ辺りで既にヒトリエの構想はあったのだろうか?





初音ミクオリジナル曲 「初音ミクの激唱(LONG VERSION)」


2010/7/9

 cosMo(暴走P)氏の作品にして、『初音ミクの暴走』『初音ミクの消失-DEAD END-(LONG VERSION)』と並んで氏の代表作と目される作品
 PSP専用リズムゲーム『初音ミク -Project DIVA- 2nd』でのボス曲として実装されたこの作品にアタックを重ね、PSPを物理的に破壊してしまった人も多いのではないだろうか。
 作品自体の内容は『消失』と繋がりがあるような構成になっており、『消失』では自身の存在価値に絶望しDEAD ENDに到達してしまったミクだが、こちらでは概念としての自身の終末を受け入れた上で後輩たちの道標となりマスターに感謝するミクという感じになっている。作品内ではミクからの感謝だが、動画説明文にある通りcosMo(暴走P)氏からミクへの感謝という意味も含まれた作品である。
 「ボーカロイド」という概念と真っ向から向き合い、その結末の一つを描いた氏の一連の作品は今のVTuber全盛の時代にこそ必要なのかもしれない。




DECO*27 - モザイクロール feat. GUMI


2010/7/15

 DECO*27氏による伝説の作品。
 2010年のボカロ作品を代表するものの一つであり、氏が『弱虫モンブラン』で土台を完成させた「ハイパーもだもだソング」を更に発展させた。
 また、ロックなボカロ作品の発展にも間違いなく一役買っている作品であり、今なお人気の高いDECO*27氏のロック作品はここを基点としているのではないかと思う。
 そして何よりMVの完成度が凄まじいハイレベルなバトル系アニメの作画であり、『南方研究所』と共に今あるボカロ界隈のアニメーションMVの基礎を築いた作品でもある。





【初音ミクSoft】 ハロ/ハワユ 【オリジナル】


2010/7/20

 ナノウ氏による作品。
 内容は比較的若い社会人層に刺さるものでありその層からの支持が厚いのだが、実は当時から中高生からの支持も多かった。「学校とは小さな社会である」という言葉もあるように、小さな社会で自らの身にあった事を思いながら学生は聴いていたのだと思う。
 作者であるナノウ氏は、この作品の主人公を「ダメな人」と形容しているが、自らの事を「ダメな人間だ」と思ってしまう人にはとても他人事の歌とは思えないのだ。
 激しめの作品が流行していた当時のボカロ界隈での癒しでもあっただろうし、学生をターゲットとするボカロ作品が勢いを増す中で社会人に向けた作品として一定の地位を獲得し、今でもその経脈は受け継がれている。





【オリジナル曲】リンネ【初音ミク】


2010/7/21

 ハチ氏による作品。数作ぶりに氏の描いたオリジナルイラストが使用されている本作は、2009年のハチ氏を思わせる不気味な雰囲気が洗練され、サスペンス感が成立しており、氏の成長を感じられる作品となっている。
 何処か退廃的な本作は、「歌ってみた」でも人気を博し、かなりの数の「歌ってみた」作品が投稿されている。
 デビューから本作以前のハチ氏と本作以後のハチ氏の微妙な作風の違いのちょうど架け橋にあたる作品ではないかと思う。





【初音ミク】家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。


2010/7/23

 この作品が投稿される約一週間前にYahoo!知恵袋に寄せられた「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」という相談にインスパイアされた結果誕生したほぼ日Pの作品。
 元ネタが存在しているだけに投稿されたカテゴリは「描いてみた」なのだが、上記の知恵袋の内容を上手い事歌詞にまとめ、それ軽快なギターポップに昇華させているのは流石の手腕であろう。
 ボカロ文化や当時のインターネットが影響している作品として、非常に価値が高いのではないだろうか。




【初音ミク】Nyanyanyanyanyanyanya!【オリジナループ】


2010/7/25

 daniwell氏による伝説の作品。
 久しぶりにこういう作品の人気に火がつき、そのあまりにもシンプルなアニメーション楽曲の中毒性から今日に至るまで大量のMAD作品が投稿されている。そのシンプルさから海外でも大人気となり、ワールドワイドなミームとなった作品である。
 ニコニコ動画どころかインターネットの歴史の一ページを創りあげた、ある意味一番伝説の作品である。
 ちなみに、初見では初音ミクが歌っているように聴こえないかもしれないが、よく聴くと歌っている事が分かる。高音で「Nya」と言い続けている為ヴァイオリンの音色みたいになっているのがミクの声である。




【初音ミク(40㍍)】 トリノコシティ 【オリジナル】


2010/7/29

 40mP氏による作品。
 氏の人気が一気に知られる事となったきっかけとなる作品。
 なんとなくこの辺りから40mPの作風と2011年以降のボカロの流行が見え始めたのではないだろうか。
 また、この作品が人気になった理由として「シリアスな内容なのにオシャレなポップスとしてまとめ上げられている」事と「それにより質問を投げかけるような歌詞に対してボケたコメントがあっても邪魔になりにくい」というものがあるのではないかと考える。一種のコミュニティが単一の作品内で形成されているという感じである。




【オリジナル曲PV】マトリョシカ【初音ミク・GUMI】


2010/8/19

 ハチ氏による伝説の作品
 動画説明文に「馬鹿っぽくて、どんちゃんしたのを作りました。」とあるように、今までの氏の作品と違い特に歌詞に脈絡が無い意味不明な内容となっている。
 しかし、その意味不明な歌詞たちの凄まじい語感の良さと妙にクセになるメロディーにより爆発的な人気を博し、氏初の1000万回再生を記録している。
 『リンネ』の項で説明したようにこの作品以後はこういったどこかブッ飛んだ作風がハチ氏の代名詞となっていく。
 この作品に衝撃を受けたリスナー、ユーザーは数多い。





【初音ミク】 深海少女 【オリジナル】


2010/9/1

 当時のボカロ界隈の流行を感じられるゆうゆ氏の作品。
 2010年のボカロを語る上で欠かせない作品である事は間違いない。
 この年以降のボカロで流行する音色の基礎を作った作品の一つではないかと思う。




【初音ミク】般若心経ポップ【PVつき】


2010/9/3

 突如現れ、世間の注目をかっさらっていた伝説の作品。
 初見だと「こんな事許されるのか!?」というリアクションをする人も少なくないだろうが、これも許されるのである。御仏の心は海より深く空より広いのだ。なんなら現役の僧侶の方々が演奏している動画などもあるのでセーフなのだろう。まあそもそも仏教自体の教えは派生が大量にある上、過激な行為により信者を集める集団も存在しているので「ポップなメロディーに般若心経を乗せてボーカロイドに歌わせる」というあまりにも平和的な布教は寧ろ歓迎、といった感じなのかもしれない。
 少し違うが、「琵琶法師」と呼ばれる歌って歴史を語り継ぐタイプの僧も実際にいたのでこれもアリなのだろう。




【初音ミク(1640㍍)】 タイムマシン 【オリジナル】


2010/9/13

 ボカロPである40mP氏と164氏の両名のコラボが実現した作品
 大人気作家同士のコラボ作品という事もあり、投稿当時からかなりの人気を集めていた本作はコンピレーションアルバム『EXIT TUNES PRESENTS Vocaloanthems』の為に書き下ろされたもので、投稿からわずか2日ほどで殿堂入りを果たした。
 電車をタイムマシンと見做し、遠近法により小さくなっていく街と一人旅立つ様を描いた本作は、上京など故郷を離れていた経験のある人たちの心を掴み泣ける歌としても人気を集めた。




【初音ミク】ネトゲ廃人シュプレヒコール【ボトラー】


2010/10/15

 以前からネットを中心に活躍していた作家・DJであるさつき が てんこもり氏の作品。
 当時ボカロ界隈で流行していたロックやポップスなどとは違い、ネトゲをテーマにした閉鎖的で孤独感のあるEDM作品であり、これ以降のボカロ界隈に多大な影響を与えている事は間違いない。
 作者がこの時点で作家としての経歴をしっかり持っているだけあってその洗練された音楽に魅了された人も数知れずである。
 この作品の内容は「ネトゲばっかしてて外の世界に出られなくなってしまった人」であり、反面教師的に受け止めればネトゲにのめりこみそうになるのを留まれるのだが、筆者の知っている人でこの作品からネトゲにドハマりした人を知っているので受け止め方は多種多様だろう。





ハッピーシンセサイザ【EasyPop/巡音ルカ GUMI】


2010/11/22

 EasyPop氏による作品。
 ピコピコした電子音と応援歌とも受け取れるラブソングな歌詞が合わさり、性別や年齢問わず数多くのリスナーの心を掴んだ。
また巡音ルカとGUMI(メグッポイド)のデュエットソングとしても広く知られている事もあり、「ボカロのデュエットソングと言えば?」という問いにこの作品を挙げる人も多いだろう。実際、カラオケ人気も高い為、カラオケに行った時にこの楽曲をデュエットしている人たちを何度か見かけた事がある。デュエット楽曲にありがちな「ハモリ」というまあまあ難しめの技術もこの作品にはなく、声が重なる部分も主旋律を複数人で歌う「ユニゾン」で綺麗に聴こえる為歌う時のハードルが低い事も愛されている要因だと思う。




【GUMI】ポーカーフェイス【オリジナル曲PV付】


2010/11/29

 この年の暮れに投稿された邦ロックな作品。
 2010年の流行のみならず翌年以降のロック作品の基準になった作品であるようにも思う。
 この作品の作者・ゆちゃP氏は間違いなくDECO*27氏と並んでこの時代のボカロックの基盤を築いた人物である。




【2010年評】


 前年に頭角を現し始めたクリエイターたちの才覚に磨きがかかりボカロ文化の更なる発展を期待させた2010年。

 そして突出した才覚を持つクリエイターたちが現れると起こる事がある。それが「誰がこの作品を創ったのか」というものだ。極端に言うと「作品の内容の良し悪し」ではなく「作者のネームバリュー」という部分が今まで以上に重要視され始めたのだ。

 特にこの年辺りからボカロ作品は若い世代にウケるという「商業的価値」が音楽・エンタメ業界に認識され始め、実際にボカロ作品を複数収録したコンピレーションアルバムも多数発売された。

 それは別に悪い事ではない。ここの考えを勘違いして受け止められたくないから念のためもう一度言うが「悪い事ではない」のだ。もちろん明らかに金銭を大量に獲得するのが目的でわざと小狡い事をするのはアウトだと思うが、新しい革新的なエンタメが広く世に広まり、それによりクリエイターたち自身が更に良い環境で良い作品を制作出来るようになるならば何も悪い事はない。

 だが、「作者のネームバリュー」があまりにも重要視されすぎると「フラットな評価を下しにくくなる」という事象が発生する。

 ちょっと絵画芸術で考えてみてほしいのだが、例えばヴィンセント・ヴァン・ゴッホが全然やる気出ない時に適当に描いた「見てくれだけは整った駄作」無名だが才能はゴッホに劣らずの画家が心血を注いで描いた「荒々しいが物凄い気迫の良作」があるとする。その2作品を適当な街の一般人の目に良くつく画廊なんかで販売するとすると、どっちが高額で買い取られるか。ほぼ間違いなくゴッホのが高値で売れるし芸術に対する造詣が浅い人間が買っていくだろう。かなり極端で偏見があるような例だが、「作者のネームバリュー」の過剰な重要視は往々にしてそういう結果を招きかねない。

 この例をボカロ作品に置き換えて考えてみる。超有名ボカロPが手持無沙汰で「なんとなく手掛けた作品」凄い才能を持っている無名のボカロPが「心血注いで創りあげた作品」、どちらが瞬発力高いかと言われればそもそもの固定ファン層が多い超有名ボカロPの「なんとなく手掛けた作品」であろう。例えその作品の歌詞がツギハギな意味を成さない単語の羅列でも「この人の作品だから何か意味があるはずだ!」とバイアスのかかったリスナーにより無い意味が作り出される。そういう事が起こるのだ。そして無名の側はそこそこの評価を受けるに留まり、それより上に行くのが難しくなる。

 まあ画家の例もこの例もそうだが、無名な側がめちゃくちゃ運が良ければ著名な人物に取り上げられ、一気に注目を浴び一躍人気者に!という事もある。だが、宝くじ一等に連続で当選するみたいなものなのでそこに期待するのは止めた方がいい。

 かなり話がそれてしまったが、要は2010年以降のボカロ界隈は「○○さんの曲だから聴くがそれ以外の人の曲はあんまり聴かない」というリスナーが増えていったという事だ。そしてその変化というのはリスナーだけでなくクリエイターの意識にも理由があったのではないかと個人的に思っている。

 別にこれは誰かを批判している訳ではないという事をご理解いただきたいのだが、2007~2009年頃のボカロ作品あくまで歌っているボーカロイドと楽曲が主体でクリエイター毎の個性の違いはあったものの、その人物自身が表立って濃く出てくる事は少なかった様に思う。だが、2010年頃以降のボカロ作品クリエイター自身がアーティスト化してきており、ボーカロイドとの関係性も「専業作家とアイドル」というものではなく「アーティストと楽曲提供先の歌手」みたいなものに変化してきた様に思う。

 もう一度言うがこれは批判ではない。あくまでそういう変化があったのではないか?という考察である。そこを勘違いしないように。

 ここまで長く書いたが、ともかくこの2010年はボカロ界隈にとって非常に重要な時期だという事を覚えておいてほしい。これ以降数年の潮流はこの時期に発生している。

 間違いなく、ここから数年が第一次ボカロ全盛期である。


では、また次回「超主観的ボカロ史 2011年編」にて、お会いしましょう。

おつがお~!


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