見出し画像

居待月の朝

夜明けが遅くなった。
毎日陽が昇るのを見ようと早起きしていた、というか眼が覚めてしまうのだが、今や6時になってもあたりは夜だ。

私は闇の中で体を起こす。


昨夜も月待ちをしたが雲に隠れて見えず。
あの雲を通り越したら下弦の月に向かう居待月いまちづきが見えるのではないかと思いながら、体が重くてベッドに入ってしまった。
(十六夜の後は立って待つ立待月たちまちづきその後はさらに月の出が遅くなるので座って待つ居待月いまちづき
月待ち↓

レイバーズデイの週末、ビーチで催されたミュージックパーティ。そこで出ていたフードトラックの食べ物で具合が悪くなった。
その食事が悪かったと言い切れるのは、去年もそうだったからである。

油?あるいはスパイシーなソース?
はたまたこの地の人には免疫が出来ているスタマックフルーのウィルスかもしれない。
でもとにかく私の体は受けつけなくて、すっかり体力を消耗してしまった。

夫が亡くなっったあと失った食欲は完全に戻っていたのに、それがまたストンと落ちた。

このベーコンずっと入れっぱなしじゃね?

冷蔵庫を開けた同居人がいう。
病む前に焼いたのを食べ切れずにいたのだ。

病むとともに夫との色々な食事光景が思い出され、それがまた私の食欲を落とした。夫の在宅緩和ケアの時である。

ある朝起きたら夫は朝ご飯を作っていた。車いすのまま歩いて(笑 つまり座ったまま歩くように足を動かして)。
テーブルの上にはベーグルのオープンサンドができあがりつつあった。
たっぷりすぎるクリームチーズの上に夫は震える手で、スライスした赤いベルペッパーとオニオンを乗せていた。そして私の分だよとベーグルの片割れを勧めてくれる。

しかし夫はそのほとんどを食べられず、私はそれを冷蔵庫に戻した。
抗生剤の後は必ずドライヒービングという、実際には戻さないけれど食べられなくなる症状が起こったり、あるいは食べることができても、食べる行為や消化が体のエネルギーを消耗させて、ベーグル半分の量さえ食べ切る力がその頃の夫にはもうなかったのだ。

そのベーグルサンドイッチは、一パック丸ごとを使ったもりもりクリームチーズで、その日の午後、訪問看護師シャノンに話すとおおいにウケた。何においても正確精密にこなしてきた夫が、小学3年生のぶきっちょな男の子のようだった。

悲しみともつかないそんなことが、食べきれないベーコンとその横のクリームチーズのパッケージを見て、じんわり私の体に戻って来るのである。

一週間たってフードトラックの気持ち悪さ(笑)から回復した週末、これが今夏の最後だろうと湖に入った。同じ考えの人がたくさんビーチに繰り出ていて、知り合いに会うと

とっても元気そうね!

と声をかけてくれる。なんせ日焼けしているので、病み上がりにもかかわらずひどく健康に見えるらしい。損な性分である。


そんな風に湖に出て気分も回復したのに、夜明け前の闇は無性に気だるい。


起した体をゆっくり動かして暗がりの中のブランケットを丸めた。
今朝はブランケットを洗おうと思っていたのだ。薄いそれではもう朝方が寒い。夜の7時から朝の7時までは電気料金がピーク時の半額以下になる。だから乾燥までさせるランドリーはその時間帯と決めていた。

その軽いブランケットを持って階下に降りる。
ふとみると、洗濯機のあるライブラリー向こうの窓がやけに明るい。モーションライトが虫に反応して点きっぱなしになっているのだろう。

それを確かめようと、というよりむしろ何かに惹かれるように外に出た。


するとそこには、昨夜見逃した居待月が私を見下ろしていたのである。

座って待ちもせず、ベッドに入った昨夜。
あ、まだそこにいたんだ。
あわててデジカメを取りに行く。

近寄ると・・
居待月は欠け行く側を下に傾いている。

一日前、東に昇る立待月↓

ほほぉ~!月は天空を通ってその傾きを変えている。

そして下方で輝いているあの星は何だろう?お向かいの家の木の上で。
私は夢中でシャッターを切る。


空が濃紺から瑠璃色になるころ
東の湖は太陽の光を映す(ヘッダー写真)
そこに太陽はまだ見えないのに
湖水の濃い灰色がオレンジ色に染まってゆく

見えないけれど
そこにあることが
わかっている

どんなことがあっても
昇ってくることが
わかっている

そんなことが私の気持ちを支えることも
わかっている

人間の力ではどうしようもないこと
その月や太陽や自然の圧倒的な強さを
膚で感じることができるようになった
この地に住んで
やっと

東京で持っていた私の
視界も
心も
考えも
あまりに狭すぎて

夫と出会ってそれがわかるようになった

太陽がひとたび顔を出すと
白い光が瞬く間に広がり
湖畔を朝にする
眩しいさざなみが湖面に伝わってゆく

新しい一日

ブランケットをランドリーに入れ私はキッチンに向かう。
まずは野菜ガーデン採れたてトマトのジュース!
トマトを軽く切って私は
ブレンダーのスイッチを入れた。

日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。