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ハンターへ

おおお!これは素晴らしい!
One, two three…….ファイブーポインターですね!

ロンがリーディングラスをかけたり外したりしながら私のスマホの写真を見ている。

近くの図書館でのことである。
昨秋、ローカルアーティストの展示会があって私は
ウッドバーニングの作り手と出会った。
木の板をバーナーで焼きながら絵を描く人である。

ロンと出会ったいきさつ。

私はこの人こそ、夫ジェイが捕った牡鹿チョコレートを描いてくれる人だと思った。彼は野生の生き物を描いていて、それはどれも生き生きと今そこに居るかのような存在感があった。

そしてそのロンに頼んだ作品がついに出来上がって私の手元にやって来たのである。

実物・・というか・・
ロンに見せた写真

この絵を頼んだ時、ロンへの注文はひとつ

こちらを見ている目を描いてほしいの
この優しい目がとても好きだから

ロンにはもちろんこの牡鹿が、亡くなった夫ジェイが捕ったものだと伝えていた。ジェイがいなくなった後も変わらず湖畔の家で私を見下ろしているということも。

そして今宵はスーパームーン
そういうことかと思ったあなたは
ディアハンターですね。

7月の満月はBuck Moonとよばれるらしい。
buckとは牡鹿である。牡鹿がちょうどその年の角を伸ばし終える時期。
だからこの枝分かれから牡鹿の年齢を推測することができるのだ。

ボクの名はチョコレート
5ポイント、つまり片側5つの枝分かれした角をもってるのさ
美しい角だろ?
なんせオンタリオのハンター雑誌にも載ったんだから

私のもとにやって来た彼は
木板に焼き付けられた目で
こちらをじっと見つめている
その目はまるで生きているかのように
私をじっと見つめている

何か話しかけたそうで
私の心をしんとさせる


一陣の風が湖側の開け放たれた窓からやって来た
私の髪をゆらして
チョコレートのはく製を超えて
ライブラリーの窓へ通り抜けてゆく

優しいウィンドチャイムの音が残っている

僕はまだホームランを打っていない

亡くなる前の年、在宅緩和ケアに入っていた夫ジェイが言った。
10歳で自分のライフルをもって以来、生涯を通じてのハンターだった。

いったい何頭捕ったの?今までに

わからない・・

なんせこの湖畔の家に残されている見栄えがよさそうな物だけでもこれだけあるのだから

生涯にわたっての数なんてとても数えられないだろう。

車いすになったときのジェイの言葉が今も耳元に残っている。

もうハンティングができない

ハンティングどころではない。
命だって明日あるいは来週あるいは来月そしてよく持って1年かもしれなかったのに。

だから実際のところ、ジェイが今はこの湖畔の家の間借り人となっているEを呼んで、自分のすべてのライフルやクロスボーを譲り渡したことの意味を分かっていなかったのだ、そのときの私には

生涯のハンター
ライフルとともに生きて

だからこのオンタリオのハンター雑誌で表彰されたチョコレートはジェイにとって輝かしいホームランだと私は思うのだ。

ハンターのホームランボールを私の手元に置きたい。
私がもし日本に戻ったとしても。

だから作品はスーツケースにピッタリ入るサイズにしてもらったのである。


今宵はFull Buck Moon
かつてチョコレートは五つに枝分かれし立派になった角を携えてジョージタウンの林を歩いていたのだろう、バックムーン満月の夜に。

一番星みっけ
寝室の窓から

ベッドに入って見る月が好きである。

ひとりで眠る私を朝まで見守ってくれるから
ゆっくりと南に回りながら
そっと

だから今宵は
Buck Moonの気配を感じながら

眠りに落ちる
そっと

日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。