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夜明けのジュピター

スマホのスリープモードが解除になった途端テキストメッセージが届いた。

誰?

マリーンだ。
彼女とはウォーキング仲間。
私たちは近くのPharmasaveというドラッグストアが催すウォーキンググループのメンバーである。
それだけでは足りなくて
公園まで歩く?と誘って来て
週一で1時間ほどの距離をふたりで歩いている。

どうしたんだろう?こんなに早く
私はまだベッドの中である。

スライドすると

i'm flying home
帰国するの
弟が亡くなったの

彼女はフィリピンからの移住者である。
いつも元気なシングルマザー。
子供二人を抱えてカナダに移住するという選択に
そもそも私は敬服していた。
おまけに息子が心臓の病で1か月以上の意識不明のあと生還。
波乱の人生、そして強いなあ~彼女。

そんなマリーンの続くメッセージに

つらい.…
いろんな感情が・・
こんな思いで帰国するのは初めて・・。

いつも明るく前向きな彼女から泣き言がこぼれ出ていた。


母が亡くなったという知らせで
帰国する時のフライトを思い出した。

夫ジェイが亡くなってまだ半年もしない頃である。
涙をふく夫の肩さえも隣の座席になくて
私はすべての拠り所を失い
悲しみの底にいた。

そんな時
ひとりの日本人の若者と出会った。
最初トロント・ピアソン空港からバンク―バーへの国内便で見かけた。
なぜ目に留まったかというと、彼の髪がきらきら光るベイビーブルーだったのである。
日本人の感じだからきっとバンクーバーで同じ東京便に乗り継ぐのだろうな。
そう思っていたらやはり私の斜め後方の座席に彼が座っていた。

どんなタイミングだったか覚えていない。
でも確か私が
髪、綺麗な色ねと日本語で話しかけたのだ。

すると若者は堰を切ったように色んなことを話し始めた。

ワーキングホリデーで来ていた事
感染症で、職場だった日本食のお店も閉まり働くところがなくなったこと。
旅行もできなくて何もすることがなく、10か月で切り上げて帰国を決めたこと。
そしてせっかくだからと最後に、日本に居たらできないかもしれない色に髪を染めたこと。

私はもう一度その輝く髪をみて

すごくきれいね

と言った。

若者はとてもうれしそうだった。
異国での生活を体験してきたという今だ覚めやらぬ興奮であふれていた。

ただそれだけのことである。

夫ジェイと母が亡くなったことは
この手で変えることのできない
どうしようもない現実だけれど
この若者の前には、まだいくらでも選ぶ人生が待っているんだなと、

ふっと心が軽くなった。

若者はそんなこと考えもしなかっただろう。
でも
人は時として
自分で気づかないまま
人の助けになっていたりするものである。


悲しいでしょう
でも私はずっとあなたのことを思っているから
いつも思っているからね
どうか安全に

マリーンにそう返信した。


ライラック通りにある家の灯りを消して
ドアを閉じるマリーンの姿が見える気がした。

空港に向かう高速道路で夜が明けていくのだろう

あの時のように。

日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。