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ポメラ日記81日目 もの書きのお部屋探し

 もの書きのための部屋を探していた。

 執筆のための作業部屋を借りることは、ずいぶん長い間の憧れだったように思う。

 実際には今年の6月から物件探しを本格的にはじめたのだけど、なかなか希望の物件が見つからなくて難航した。

 最初に入ったのは、会社でお世話になっている人に紹介してもらったグループホームの一室だった。

 環境としては決してわるくなかったのだけれど、たまたま隣人の騒音トラブルに遭ってしまい、二週間足らずでグループホームの部屋から退去することになった。

 さいわいグループホームの方のご厚意で、費用はほとんど発生しなかった。

 部屋は小さいながらもワンルームの一室で、テーブルやベッドがあり、「読む、書く、寝る」ができれば、それでよいのだということを確認した。

 7月からは気を取り直して、不動産屋でお部屋探し。

 僕が出した希望条件は、

 ①ワンルームのお部屋(「読むとこ、書くとこ、寝るとこ」があればいい)
 ②家賃3~4万円(それ以上は生活が厳しい)
 ③角部屋(人見知りなので、ここは譲れない)
 ④静かなところ(執筆部屋に必要なのは静音性だと思う)
 ⑤セパレート物件(友人が、風呂とトイレは絶対に別にしろと言うので)

  この5つを目安に探してみた。

 内見で7~8件は回ったと思う。不動産の営業の方に粘り強く部屋を探していただいた。

 僕は在宅ライターというあまり一般的な職業ではないし、ほかの事情もいくらか加味すると、希望の賃貸物件はなかなか審査に通らなかった。

 基本的に大家さんがゴーサインを出してくれるところが少なく、事前に調べていた第一希望、第二希望どころか、想定していなかった第三、第四希望まで全滅だった。

 8月の半ばぐらいになるともう諦めかかっていて、きちんとした収入が得られるまで出直すしかないか、と悩んでいたところ、不動産の方がとてもいい物件を見つけてきてくださった。

 僕はもう何軒も審査に通そうとして落ちていたので、ダメ元で最後に応募してみた。

 すると、最後の物件だけは大家さんと保証会社から「OK」が出て、ようやく引っ越しが現実のものになった。

 いまはテーブルと椅子とマットレスだけがある部屋で、ポメラを置いて書いている。ほとんど何もない部屋にタイプするキーの音が響いて、それが心地よい。

 僕が望んでいた生活がやっとはじまるのだと思った。まだあまり実感がなくて、とりあえず文章を打ちながら暮らしていきたい。

 学生の頃、アパートを借りるのは簡単だった。それは自分の後ろに親がいたからだ。年齢的に若かったというのもある。

 社会人になってからも部屋を借りたけれど、そこは長く続かなくて2年くらいで引き払った。そのときの仕事はネット書店のバックヤードで働いていて、もの書きの仕事ではなかった。

 でも今回は、在宅のライターとして部屋を借りることができたので(めちゃくちゃ難航した)、かろうじてもの書きとして作業部屋を借りられた、と言えるかもしれない。そのことが僕は純粋に嬉しかった。

 あとはこの生活をできるだけ長く維持しながら、文章を書いて生計を立てていく夢を追いかけてみたい。

 作家にはなれなかったけれど、ライターやブロガーとしてなら、それができるかもしれないから。

 10年前、僕は病院の机に座ってものを書いていた。ガラス窓を見つめながら、もう元の街には戻れないし、どこへも行けないのだと思っていた。

 10年後、僕はワンルームのアパートでものを書いて暮らす。扉の鍵は掛かっていなくて、出ようと思えばいつでも街のなかへ出て行ける。

 病院のなかで掴んでいた手すりの感触をいまでも覚えている。消毒用のアルコールの匂い。ぐるぐると回遊魚のように廊下を廻りつづけている患者さん(僕もそのひとりだった)。窓に付いていた格子。テーブルの天板はいつも真っ白で、しみひとつなかった。百均のボールペンと大学ノートを掴んで、僕はその病棟のなかでものを書くことをはじめた。

 ワンルームで一人暮らしなんて十代か二十代のはじめに済ませることかもしれないが、僕にとってはその一歩に、十年の距離があった。他の人のスタート地点が、僕にとってのゴール地点だった。

 僕の望みは叶えられたので、あとは読んで、書いて、暮らしていこう。

新しい暮らしをこの机からはじめる。

 というわけで、10年遅れの新生活をはじめます。できることなら、この日々がずっと続きますように。そして、いつかこの部屋から去る時には、一冊の本が残りますように。

 おまじない。

 2024/09/09 

 kazuma

もの書きのkazumaです。書いた文章を読んでくださり、ありがとうございます。記事を読んで「よかった」「役に立った」「応援したい」と感じたら、珈琲一杯分でいいので、サポートいただけると嬉しいです。執筆を続けるモチベーションになります。いつか作品や記事の形でお返しいたします。