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シングルモルト

 照明を落とし、暗くなった店内。微かに揺れるエジソン電球がその空間に風情をもたらしてくれる。

ウイスキーを注いだグラスを優しく重ねると、程よく高く心地良い音が響く。

 最近、嬉しいことが2つあった。
1つ目は、大好きで格好良い人生の先輩(友人と呼んでも絶対に怒られないくらいには仲良し)にいいことがあった事。2つ目は、少し遠くに引っ越してしまう友人が「ふらっと来れる最後の週末だから」と、会いに来てくれた事。

 まずは1つ目のお話。
「今月の25日は店にいる?必ず行くから居てくれたら嬉しいなぁ」。彼は今月初めにこんな事を言っていた。元々話は聞いていたのだが、とても大事な日の締めくくりとして、予め来店する予定を立ててくれていた。そして有言実行、彼はお店にやって来た。

入り口をくぐり言葉を交わす頃には、「良い1日だったこと」が分かった。こちらも、「あぁ、良かった」とホッとして、「じゃあ祝杯だね」と2人で乾杯をした。客席側とバーの中…お互いが少し腕を伸ばしグラスを重ねる瞬間、いつにも増してそこには何ひとつ境界がないように見える。彼と自分、お互いのお互いに対する想い…グラスが奏でる音だけでそれは伝わった。

この日のスプリングバンク15年はいつもより美味しかった。

 2つ目はほんの数日前の出来事。
いつものように少し遅めの時間にやって来た彼は、いつものようにMonkey 47のジントニックを注文した。自分も大好きなお酒だ。

しばらくすると、「今日はどうしても来たくて…これがふらっと来れる最後の週末だから」と彼は言った。「そうか、数日後には家族で引越しだ」と思うと同時に、「どうしても来たくて」という言葉の大部分が、自分に向けられていることも分かった。

誰にでもやって来る普通の週末。でもその日の彼にとっては少し…いや結構特別な週末だった。

1時間ほどが過ぎ、僕は彼に「今日は終わった後、少し飲もう!」と言い、彼は僕に、その言葉待ってました!とばかりに「ぜひ!」と言った。

閉店後、深夜2時過ぎまでウイスキーを飲んだ。この日の夜もとても美しい時間だった。

 センチメンタルな夜。
そんな夜、自分や周りの男たちはよくストレートでウイスキーを飲む。

まるでウイスキーの味と香りにその時の感情を重ねて記憶するかのように。
何も足さない何も引かない…そんな風に飲むウイスキーがその時間をより高尚なものにしてくれると信じているかのように。

もしかしたらそれらは錯覚かも知れない。
もしかしたらそれらは自己満かも知れない。
…でもそれでいい。

あの夜に飲んだウイスキーの味と香りは、あの夜過ごした時間と共に、僕たちの心に刻まれているのだから。

心に残るシングルモルト。
次は誰と飲むのだろう…

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