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自〇配信 ー死が答え。ー

ー死が答え。ー

「えーと。では今夜、飛び降りたいと思います。」

僕はスマホのカメラで遠目にベランダを撮影しながらちらちらと液晶のコメント欄を眺めた。

だめだよ
死なないで
相談して

そんな言葉が並ぶ中

嘘乙
どうせ釣りだろ
早く飛び降りろ

という言葉も並ぶ。

どの言葉も心地良い。最後の死に舞台としては上出来じゃないか...

数週間前に開設したSNSのアカウント。フォロワーはほとんど0に近い数字であったが、自殺をほのめかしたところ、一気に数千人のフォロワーを獲得した。これはさえない高校生である僕、今谷賢太にとって人生において始めてといっていいほど心からの充足感をもたらした成功体験であった。

死にたいと思ったのは嘘じゃない。僕は学校の成績が悪かった。ついこの前、大学の推薦を決める試験の結果がすこぶる悪くこのままでは志望校に推薦することはできないと保護者面談で担任から通告を受けた。この結果を受けて親の僕に対する当たりはこれまで以上に厳しいものになった。「高い学費を出して私立の高校まで行かせてあげたのに。塾代だってばかにならないのよ。あなたは一体、毎日何を学んでいるの?」「だから言っただろう?賢太には無理なんだって。お前の期待を賢太に押し付けるのはやめろよ」両親はいつも僕の成績のことで喧嘩した。僕のことを思ってじゃない。母親は自分が高卒だったから、コンプレックス解消のため僕を一流大学に入れたがったし、父親は仕事のできないサラリーマンで自分のできなさを子どもの僕にも押し付けようとした。

僕は母が思い込んでいるような優秀な人間ではないし、父と同じほど無能な人間でもない。

2人はありもしない僕についての像(イメージ)を僕に勝手に押し付けてそれを愛していた。僕自身については置き去りにして。

しかし、親がこのような人間であることは以前から気づいていたことだ。実は最近最も僕に死ぬことこそが答えなのではないかと確信させる出来事が有った。失恋である。僕は同級生の女子のことを好きになった。彼女はお世辞にもクラスで上位のかわいい方と言える容姿をしているわけではなかったが、控えめでいつも教室の端の方で本を読んでいる、しかし、周囲の女子の話に巻き込まれた際はにっこりとほほえみながらその他愛もない話に傾聴できる優しさがある女子であった。クラスで地味な僕たちはもしかしてお似合いなんじゃないか?そんな勝手な確信が勉強においてすでに自尊心を無くしていた僕にとって唯一の救いとなる考えだった。ある日、いつも通り教室の片隅で本を読んでいた彼女に勇気を出して話しかけてみた。

「車輪の下、僕も読んだことあるよ。最後川に落ちて死んじゃうんだ。」

ほんとは読んだことがなかったけど。知っている知識を総動員して話した。いつも物静かな彼女だったが、その時だけは目を輝かせて僕の声にこたえた。

「そう。急に死んじゃうのよ。機械工員としてはうまくいってたのに。でもネタバレはだめだよ。私、読み返すの2回目だけど。」

彼女は本で口元を隠しながらにっこりと僕に笑いかけた。この教室に二人だけの世界ができた気がした。その日から僕は勉強もおざなりに読書家になることにした。彼女の好きな本を周囲の女子たちに聞いてリサーチした。女子たちはクスクスと奇妙な動物でも見るかのように笑ったが気にしなかった。

「あの子が好きなのは、星の王子様。コンビニ人間も読んでた。今は村上春樹を読んでる。」

僕のリサーチは完璧だった。ただ、勉強でいつも基礎に力を入れ過ぎて応用問題が解けなかったように、恋愛においても基礎知識だけでは通用しない問題があるということを、まだ経験の浅い僕は気が付かなかった。

「あれ、どこに行ったんだろ?」

リサーチしつくした知識を武器に彼女のもとに出向いたが、いつもいる教室の隅に彼女がいなかったので思わず心の声が出てしまった。その様子を見て周囲の詮索好きな女子達が腹をよじってまたクスクスと笑い出した。その様子を見て僕は彼女らに苛立ったが、冷静を装って独り言を言うふりをした。

「あれ。プリント渡し忘れたから。持ってきたんだけどな。」

女子らの一人がついに噴き出してひいひいと笑い声をあげて机に突っ伏してしまった。隣の女子が「やめなさいよ」と小声で背中をさすったが、同じくらい笑いをこらえられずに顔を伏せた。「教えてあげれば?」一人の女子が笑いを隠さずに言った。「あ、あのね」さっき机に突っ伏した女子が口元を必死に隠しながらほとんど僕の目も見ず言った。「あの子放送部でしょ。多分、放送室にいるんじゃないかな。最近、よく行くみたいなの。」

僕は彼女らから早く離れたくて「そう」と言い残すとすぐに放送室に向かうことにした。僕が教室のドアを閉めた瞬間、どっと笑い声が上がったのが聞こえた。何がそんなにおかしいんだ。女子達の笑いというのはいつも不可解でいつも男を見下すためだけの理由のないものと思っていたが、今回ばかりは少し嫌な予感がした。

放送室についた。少しだけのぞいてみよう。もし誰かに見つかったらまた忘れ物の話をでっちあげればいい。

また、好きな本の話をすれば彼女はきっと喜ぶはず。この根拠のない自信を今では死ぬほど呪いたい。

ひっそりと、音を立てず、少しずつ、僕は放送室の扉を開けた。
それはさながら更衣室を覗く変質者のようにも見えたかもしれない。

放送室の部屋の奥、防音材が敷き詰められた小さなブースからかすかに男女の声が聞こえてきてギョッとした。ガチャガチャとベルトをほどく音、ドンという振動と女の喘ぎ声。

そこにいたのはクラスで一番モテる男。そして僕の好きなあの子がいた。二人は放送室でセックスをしていた。

男は聞こえないと高をくくっているのかドンドンと彼女に欲望をぶつけた。女の声。明らかに男のそれを受け入れている。

僕はさらに身を乗り出した。何もかも終わったんだという絶望。僕のすべてが奪い取られた。しかし、僕の絶望に反して僕の体はそれをもっと見ようと自然と乗り出させた。それをもっとよりよく見たいという低俗な欲望。ここまで自尊心を踏みにじられ、人生に裏切られ続けても本能だけが正直に、目の前の出来事を垣間見ようとした。

「誰?」

一瞬彼女と目が遭った気がした。僕はすぐに身を縮めて陰に隠れた。心臓が早鐘のように鳴る。このままここで発作で死ねればいいのに。

「何?誰かいるの?」

カチャカチャとベルトを鳴らして男がズボンを履きなおす。僕は逃げようと思ったが、足がすくんで動けなかった。

「お前。今谷じゃん。何してんだよ。もしかして俺たちこと覗いてたの?マジきっしょ。」

自分たちの行為を悪びれる様子もなく言った。

「いや、僕はただ...」

言い訳の言葉を考えたが、続きが出なかった。何もかも終わった今、取り繕う言葉など無意味だった。僕が放心していると、その様子を軽蔑したような目で見る女がいた。僕がかつて好きだった女子、のような「何か」だった。

「俺たち付き合ってるんだよね。ブスだけど。こいつがしつこいから、さ。」

そういうと女は怒ったようなふりをして見せた。好きな男の前ではこんな侮辱をされても女の顔になるんだなと思った。

「何でここがばれたんだよ。あ、そっか。多分、クラスの女子達だろ。あいつらこの前、ジュースおごってやるって言って俺が約束すっぽかしたから。それの仕返しだな。女って怖え~」

男は独りごちた。

「ここでヤッてること黙っとけよな。」

そういうと男は女の頭を抱えるように片腕で抱きながら、放送室を後にした。すれ違う時女の鋭い一瞥を感じた。

クラスではすでに僕は覗き魔の変態としてひそかに知れ渡っていた。彼女は本を読むのをやめて男と教室で公然といちゃつくようになった。

この時僕はある事実を悟った。結局この世は勝者がすべてを持っていくという真理だ。それが例え男なら誰もが振り向く美人でも、クラスで下から数えたほうが早い可愛さランキング低位の順位の女であってもだ。すべてモテる男が持っていく。モテる男とは見た目がいい男かもしれないし、学歴があって社会的地位のある年収の高い男かもしれない。

そして今わかっているのはそのどちらも今の僕にはないし、今後の将来は今と同じか、それ以上の絶望が待っているだけということだ。

よし。死のう。

その日僕は決めたのだった。

「ただ、僕の死はただの死じゃない。あいつらを見返すために死んでやる。」

今谷賢太はそう心に誓ったのだった。


「飛び降りるって言ってるだろ!」

今谷賢太は一人の部屋で画面越しに叫んだ。親は偶然出かけている夜だった。書き込みの数が相当多くなっている。本気で心配する人、好奇の目で配信を見る人、明確に悪意を持って接してくる人。

死を決めた今ではこれらはただ舞台を盛り上げるためだけのオーディエンスに過ぎなかった。

「飛び降りる前に、この配信を録画させてください。運営に消されてしまうかもしれないから。あと、僕の話をもう少しさせてください。これは復讐なんです。最後に話させてください。僕が死ぬことを決めた理由を。」

彼は流暢に話し始めたが、どうも芝居がかって聞こえるらしい。コメ欄が冷やかしの声でざわついていた。

「僕は本当に今日死ぬつもりなんです。自分の人生に絶望したからです。」

あまり時間をかける余裕はなかった。本当にBANされてしまうかもしれない。誰かが通報して警察だって来るかもしれない。彼は同接数を見た。8589人。まだ1万人に達しない。そんなことを冷静に考えていた。

「わかりました。じゃあ、今から死のうと思います。」

彼はカメラを机の上のベランダが良く見える位置に置いた。ベランダを開ける。空気が透き通っていて夜風が涼しかった。今谷賢太はベランダの手すりに上った。体を折り曲げながら手すりにしがみついた。細目にスマホの液晶を眺める。9048人。

脚でしっかりと手すりをはさみこみながら、腕で上体を押し上げて馬乗りのような姿勢になる。9205人。

体がガタガタと震えた。心臓がこのまま止まるんじゃないかと思うくらいどきどきと打った。彼は慎重に脚を持ち上げて手すりの上に足首を乗せた。ゆっくりゆっくりと力を入れて、慎重に慎重に手すりの上に立った。素早く隣の壁をつかんだ。

今谷賢太はまた細目に液晶を眺めた。接続数は9820人だった。

「このままじゃ死ねない!」

今谷賢太は叫んだ。

「1万人!1万人に行くまで死ねません!1万人に行ったら死にます。誰でもいい!できるだけ多くの人に僕の死を見届けてほしいんです!誰か、早く拡散してください!」

その瞬間。スマホの画面がエラーを出して停止した。まさかBANされたか?彼は動揺して壁から手を放してしまった。

ぐらりと足元が揺らいだ。瞬時につかもうとした壁に手がかすった。状態がのけぞってベランダの外に落ちていく。今谷賢太はベランダの外に落下した。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ぐしゃん、がしゃんと何か大きなものが落下する音が聞こえた。しかし、その様子を見届けたものは誰もいなかった。


この世を生き抜いていくためには時に勇気が必要とされることがある。それでは死ぬための勇気というものも存在するのだろうか。

いや、それは勇気といった言葉とは別の名前を与えられるべき決意だ。

死ぬことの先に生き抜いても見出せぬ答えがあるのだろうか。それは自らで死を選んだもののみが見出すことであり、今日を生きるもの達にはわからない。

しかし、死ぬための勇気、その勇気がなかったためにまた今日を生きるはめになった人々のことを誰も笑うことなどできないだろう。

サイレンの音。

まだ23歳の新人警察官、早田祐樹が先輩の警察官と通報があった現場に駆け付けた時、そこで見つけたものは草樹のうっそうと茂る庭の草むらでがくがくと震えている高校生くらいの細身の男の子と2階から開け放たれた窓が見えるベランダだった。

「もしかして君、そこから飛び降りたの?」

先輩の中年の警察官が少年に尋ねた。

少年は返事の代わりにぎゃあぎゃあと泣き叫びはじめた。大人になりかかっていたが、まだまだ子供のように見えた。

「ちょっと相手してやれよ」

先輩に促されて早田祐樹は彼の足元にかがんだ。

「何があったの?まあ、話なら、聞くからさ。」
とりあえずそんな言葉をひねり出した。少年は言葉にならない言葉でただ死にたかったと話した。

そんな少年の様子を見て彼は自分のかつて亡くなった弟を見たような気がした。少年に対して強い哀れみと同情を感じた。そして、その人生に絶望したから死ぬという勇気に対してかすかな羨望のようなもの感じた気がした。

「おーい。とりあえず車に乗せてやれよ。」

先輩警察官が叫んだ。

「はい!」早田は叫んだ。
早田は少年に自分の上着をかけてやり、肩を抱きながらパトカーまで誘導してやった。

死にたいは連鎖する。

ー死が答え。ー 

~完~

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