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苦しかったのは「自分らしさ」とのギャップ

昨日は、教員を退職したのは
仕事と育児の両立が難しかったから・・・
という切り口で書きました。

だけど、根本的にはそこじゃなくて、
仕事でも家庭でも役割が増え
時間的・精神的に余裕がなくなり、

自分らしくいる
自分が自分でいる

ということができないことがいろんなところに支障をきたしているんだということも書きました。

特に私は、若手のうちはまだいいにしても
中堅と言われるようになってからは、

ちゃんとした教員でいよう
できる教員でいよう
あの先輩みたいに威厳があって
ビシッと話ができて
子どもたちをガシっとまとめれて
さらに信頼を落とさぬよう抜けがないようにして
教員としての専門性を高めて
・・・

とにかく自分にたくさんの課題を与えて
グッと力を入れて仕事をしていました。

そうしようと意識していたわけではないけど
そうあるべきだと無意識に思い込んでいて
今冷静に振り返ると、そうだった、という感じです。


中身はスカスカなのに、外から見ると芯があるふうにして
威厳とやらを保とうとしていたけど

(本来の私はこんなんだから威厳なんてなかったんだろうけど)

そんな上っ面は長く続くわけもなく
実はものすごく消耗していて
エネルギー切れになり休職することになりました。


心では

薄っぺらい自分
嘘をついてる自分

をいやでも感じてしまうんですよね。
それもつらかった。

でも「先生としてこうあるべき」に
知らず知らずに縛られていたんです。


力を抜きたかった。
本来の自分のままで生きたかった。


退職理由は、今言葉にすると、そうだったのかなと思います。


それまで、「自分らしく生きる」なんて考えたことがなかったけど
辞めて、自分らしさがだんだん戻ってきて、
そしたらほんっとに無理してたことがわかった。

自分らしくないことを、無理してがんばってやってしまっていた。

本当だったら、
まずは「自分」がいて
その自分の良さが活きるように働くし
その自分が望んでいる生き方をするのが当然。

だけど、

まずが仕事があって、または家事育児があって、
人としてこうあるべきだよね、みたいな像があって、
そこに「自分」を合わせる(時には無理して)
っていうやり方をみんなしてるんですよね。


一昔前、昭和の時代はよかったんですよ、それで。
経済成長のために、みんなが豊かになるために。

だけど、今はそれをしていても豊かに、幸せになれないわけで。


なのに、社会の構造がまだ昔の名残があって、
だから時代の流れと錯誤していて、すごくもどかしいなと思います。



働いていてしんどい、生きていてしんどいってなったときに、
環境を変えればいいかっていうと、それだけじゃない。

自分らしさがわかってなければ、また無理をしちゃうし、
自分を周りに合わせていくやり方をしていれば、また苦しくなるし、

自分らしいってどんなか
自分に合ったものって何か
自分がより活きるのってどこか

そいうことを考えていってほしいのです。


そうしたら、もしかしたら、
環境を変えなくともやれるかもしれないし
もっと自分が輝ける新たな場所が見つかるかもしれない。

前にも書いたけど、私のクライアントさんで、
教員を辞めると決めてきたけど、辞めない決断をした人もいるし、
会社を辞めるなんて全く思ってなかったけど、辞めて開業準備してる人もいます。


自分をちゃんと知ることで、
今より力を抜いて、今より自分を発揮できる可能性が広がります。


安易にやめるのも、諦めて我慢して続けるのも、
どっちももったいないなって思います。

そのあたりのことをこれからメルマガにしたためていくので
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肩の力を抜いて、自分らしく輝ける道が見つかるといいですね!

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