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一人前であることを求められる社会

フリースクール×学校の
ハイブリッド登校をしている小3娘。

学校の日も登校しぶりはあって
3時間めからとか給食からとかが多い。

自分にとってちょうど良い加減で
選べるようになってきた。
すごいことだ。

それが今週は毎日朝から登校。

なせならば、松葉杖生活になったから。

その経緯はこちら。

松葉杖で登校した初日は
とっても不安そうだったけど、

階段の上り下り
給食の支度に片付け
靴の脱ぎ履き
配り物

何にしても友達が手を貸してくれる。
それがとても嬉しいらしいのだ。

最初こそ悪いなぁと思ってた様子だったけど
手助けがないと本当にできないから
もう身を委ねるしかない。

すごくいい経験だ。

それで気が大きくなって
王様気分で何でもやってもらおうと
なってしまってはいけないが、

してもらった経験が
今度は娘から差し出す何かに繋がったらいいな
と思いながら眺めている。


それで思ったのは、
松葉杖の生活になったら

「急にものすごく配慮をしてもらえる」

んだな、ということ。

友達からもそうだし
学校の対応としてもそう。

エレベーターも使えます。
到着したら電話すれば鍵を開けてって職員室のどなたかが動いてくれます。

リュックで通学、
教科書も最小限でOKに。
職員に共有もしておくのでご心配なく、と。

給食、掃除、授業も
できないことは、できないでいい。

当然と言えば当然。

でも、

松葉杖がなくなったら、

「一人前じゃないといけない」

状態になるのか…。

娘はそれがつらいのかもな。
今は一人前じゃなくていいよって
言ってもらえてるようなもんだから、
安心して通えてるのかも。

他の子達はみんな
一人前じゃないといけないって
指導されて…ない??

自分のことは
全部自分でできて当たり前。

助けてもらってたら
まだまだ半人前。

みんな一人前になれ!って。


でも、
松葉杖のようにわかりやすくないだけで、
それぞれ困ってることがある。

本人が困ってなくても
いわゆる「一人前」ではない部分があって、

それがあると「半人前」だからって
そこを強化する指導が入る。

松葉杖なら
「できなくて仕方ないよね」なのに

半人前とみなされると
「できて当然、できるようになれ」になる。


できないことは補い合えばいいじゃないか。

もっと自分にも他者にも甘くていい。
子どもも、大人だって。

できないことは仕方ないよねって、
松葉杖と同じようにさ。

そして、何より、
できることを精一杯やるのがいい!
それで十分だし、それが最高!

そこで自信がつけば
またできることも増えていく。

松葉杖があってもなくても、
その環境を広げていてほしい。

それこそが教育なんじゃないか
って思うのですよね。

できない自分はいけないんだ、って
自己否定を生む環境にだけはしたくない。


娘は学校が求める一人前になろうとしない。
あくまでも「自分」を貫いている。

弟の方も、かなりそうだ。

そこはもっと譲ってしまったほうが楽、
学校に合わせてくれって私も思ってしまうけど、

私には貫けない私の意志を
引き継いでくれちゃってるんだなーって思った。


娘の松葉杖ライフ、
いろんなことに気づかせてもらえてるなぁ。

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