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第5合『添加の日本酒さま』:酒役〜しゅやく〜

 俺たち日本酒サークルが事務所として利用している、日本酒バーでは、30種類以上の日本酒が常備されている。

「ところで、修三は、『純米酒系』しか飲まないの?」
 あいかわらず馴れ馴れしい男前マスターの質問に、俺は口ごもった。質問の意味が分からなかったのだ。
 そんなとき助け船を出してくれるのが、さすがに日本酒サークル代表のソニアだった。
「日本酒は、水と、お米と、米こうじから、できていますよね」
「うん。なんとなくは、分かる」
「坂倉くんが、この物語の、第4合(前回)までに飲んでいたお酒は、いずれも、純米酒系なのです」
 ……この物語? なんのことだ。

「あっ、修三は、この物語では、本醸造酒系は飲んでいない設定なのか」
 ……だから物語って……設定って、なんだ。

「水と、お米と、米こうじに、一定量の、じょうぞうアルコールを、てんかしたものが、『ほんじょうぞう酒系』と言います」
「なんのために、そんなものを添加するの?」
「主に、香味を引き出したり、くさりにくくしたりする、目的があります」
「じゃあ、全部の日本酒に、その醸造アルコールってやつを添加したらいいんじゃないの? おいしくなって腐りにくいんなら、最高やん」

「お米、本来の香味が、日本酒の魅力だと言う人がいるんだけど、修三はどう思う?」
「たしかに、そうか。水と米と米麹から造られるのが日本酒だから、そこにアルコールを加えるってことは、ドーピングみたいなものか」

「それは違います!」
 ソニアが、すごい剣幕で俺の言葉を制した。俺は、なにか間違ったことを言ってしまったのか。
 すると、男前のマスターが、さっと俺たちの前にワイングラスを並べた。
「こちらが、『射美 吟撰』です。醸造アルコールを添加しているお酒だよ」

 俺は、一口飲んだ瞬間、その『飲みやすさ』に驚いた。
「おいしい。おいしいです」
 ソニアの口角が少し上がる。
「これも、りっぱな、日本酒なのです」
「でも、こんなにおいしいってことは、やっぱドーピングじゃない?」
 言葉を言い終わるか、言い終わらないかのタイミングで、ソニアの右の手の平が俺の頬に飛んできた。俺の左頬が、どうなったのかは、ご想像にお任せする。
「アルコールてんかは、かさ増しでも、ドーピングでもなくて、おいしいお酒を造ろうという、蔵人さんの思いと、技術がなせる技です。手間も、コストも、惜しまず、おいしいお酒を造るために、努力された、たまものです」
 まるで『射美』がスッと喉を通っていったように、ソニアの言葉がスッと心に届いた。
 純米酒系が素晴らしい日本酒ならば、本醸造系もまた素晴らしい日本酒だ。
 これからも、たくさんの日本酒と出合いたい。俺は、そっとアイシングの氷を、左頬から離した。

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